コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
あれから時間だけが過ぎていった。
彼と俺の関係は付かず離れずの距離を保ったまま。
彼が俺をどう思っているのかは分からない。
ただ、少し前の配信で俺は無意識に名前を呼んでいた。
まさか声をかけられると思っていなかったのか彼は動揺していた。
俺自身も声をかけるつもりはなかったのに。
何故あんな行動に出たのかは分からない。
番の所以たるものなのかもしれない。
「俺の家には、彼の物は無いみたいだ」
おそらく会ったりしていたのは彼の家だったのだろう。
自分の私物が無くなっていないところを見れば、そういう物を渡す必要がないくらいに会っていたと推測できる。
「っ、」
そこまで考えてぞわりと鳥肌がたった。
体が拒絶しているという意味合いと、忘れてしまっているという自分の恐ろしさに。
病気のせいだとしても、最愛と言える人を忘れるなんて俺は最低な人間だ。
運命の番の片方が忘愛症候群になるケースなんてないだろう。
だから、先生もかなり困惑していた。
「…どんな確率だよ」
知る必要はないと思っていた。
でも、離れて冷静になってこのままではいけない、そう思って何度か治療法を調べようとした。
だけど、診断名を聞いた時も退院した時も先生からは絶対に調べたりはしないようにと釘を刺された。
勿論、ぺいんとやしにがみくんにも。
何故、と聞き返した。
皆同じように知らない方がいいからの一点張りだった。
彼にも。
『…あなたは調べる必要は全くありません。でも、きっと治りますよ。…ただ、これだけは守ってください。治癒した後、何があっても変な考えは起こさないことを。ぺいんとやしにがみさんの為にも』
それまで黙っていた彼はそれだけ伝えて早々に去っていった。
自分はそこに含まれていない、そう遠回しに言いながら。
その時の悲痛な顔にこちらも心を抉られるくらいの痛みが一瞬、胸をついた。
当然、胸が痛む理由は分からなかったし、痛みは一瞬だったからすぐに嫌悪感でかき消されてしまっていた。
「……面倒くさいな…」
俺って。
俺と彼は本当に仲が良かったらしい。
運命の番は出会えること自体も稀で、その確率は低いと聞く。
だからこそ、ぺいんとたちは驚きもしていたそうだし、喜んでくれていたらしい。
残念ながら、俺には何の記憶も思い出も残っていない。
ずっと考えても、行き着く結論はいつも同じ。
彼に対する愛情は何一つ残っていない。
それでも、無意識なのだろう庇護しようと自分のフェロモンが彼を包んでいるのを感じていた。
望まれても戻ることができない。
治療法が分からない限りどうすることもできない。
「……よっぽど、彼のことを誰にも渡したくないみたいだな」
番になったαはΩを守るために自分のフェロモンを纏わせる。
他のαから守る為に、とられない為に、自分のモノだと知らしめる為に。
絶対に渡さないと周りを威嚇する為に。
「っっ」
考えるのをやめろと言わんばかりに、言いようのない拒絶反応が起こる。
「…どうにかしてほしいのは、俺もなんだよ」
酷いことを言ってしまいそうで、関わるのも避けている。
彼も理解してるのか、関わろうとはしなかった。
堂々巡りだ。
結局、同じところに考えることは戻ってくる。
「はぁ…」
コーヒーでも飲もうと立ち上がったところで、電話がかかってきた。
「?、…らっだぁさん?」
画面にはその名が映し出されていた。
ドラッグし、電話に出る。
「もしもし?」
『久しぶりー、元気してっか?』
間延びしたような声。
「…体調は全然、大丈夫です」
『参ってる感じだなぁ』
「まぁ…そう、ですね…」
『ノア”も”厄介な病気になっちゃったな』
も、を強調したのが気にはなったが、そういう言い回しもあるとそこまでのことではないとスルーした。
「…特に、困ってはないです」
実際、関わりを持たなければ生活には全く支障がない。
『……ま、ノアが言うなら別にいいけど。…それより俺、トラゾーのことも心配でさ。この前久々に会ったけど随分痩せててさ。ご飯でも食べにって誘ったけど断られちゃって』
「彼の話は、やめてください」
遮るようにして口調を強くした。
『…おっと、それは悪かった。今のノアにとっちゃ禁句みたいなもんだからな』
本意が分からない。
この人は何を伝えようと電話なんてわざわざしてきたのだ。
「何が言いたいんですか」
『いや?…忠告的な?』
「忠告…?」
何を言われるのかと黙る。
『見誤るな。お前の本能を信じろ、絶対に見捨てるな』
真剣なその声に身を固くした。
「は…?」
『それだけー。じゃあなー』
またいつもの口調に戻り通話は向こうから切られた。
「どういう…?」
何を意味しているのか今の俺には全く分からなかった。
暗くなったスマホに映るのは困惑した俺。
「何を、言いたいんだ…?」
なんとなく飾ったままにしていた写真の白と黄色の花を見てそれは、失った感情を理解しろと言われてるように感じた。
白…失われた愛
黄色…望みのない恋