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27 伝染。
梅雨の間も先生は変わらずふらっとやって来た。
雨が降っている時には、ビニール傘を持って。
それでも今年の梅雨はまだ終わらない、って常連のおばぁちゃんが教えてくれた。
そのうち、長袖を着てると少し暑苦しくて
汗がにじみでてくるような日が続く。
空にはもくもくと入道雲が並ぶ。
「やべぇよ、辛い」
手塚さんが狭いカウンターの中で小声で私に呟く。
「マジで、倒れる5秒前…」
言ってることはギリギリだけど、手塚さんの顔には笑みが浮かんでいる。
お客様からしたら、手塚さんがこんなにヘロヘロだなんて分からないくらい。
・
7月の最終日曜日。
今日は、前先生と一緒に帰った時、先生が降りた駅で花火大会があるらしい。
うちの店があるわけじゃないし、隣だし。
そんな混まないでしょ、なんて思っていた私が馬鹿だった。
電車がギューギューになってしまうからみんな、1駅前で降りて、歩いて向かってる。
さらに、そのちょっとした遠足のお供としてコーヒーやジュースを買っていく。
テイクアウトが多いから、店内の席は空いているのに、レジからの行列が止まらない。
花火までまだ時間は十分にあるのに、昼過ぎからお客さんが一方に減らない。
ヘロッヘロになりながらもカウンター席に目を向ける。
そこには、私の大好きなあの人。
あの人を見るだけで頑張れる。
今日、こんなにも頑張れてるのは先生がいるから。
先生が、私のエナジードリンク代わりだから。
先生、今日は花火大会ですよ?
さっきから、カップルがたくさん来てます
心の中で、先生に問いかける。
一緒に、花火を見る相手はいないんですか?
もう1度先生をみると、
体をひねってこっちを見てる先生と目が合った。
「頑張れ」
声は聞こえなかったけど、先生の口がそう言って、微笑んだ。
・
『 アイスラテのトール2つ、お待たせしました。花火、楽しんでくださいね』
浴衣をきてるカップルに、笑顔で渡す。
「あ、○○ちゃん!」
『 はい』
背後から店長の小西さんに話しかけられた。
「ごめんごめん、もう上がっていいよ」
『 え?』
気づくと上がりの時間をもう、20分も過ぎていた。
『 こんな時間だったんだ…はい!では、お疲れ様です』
「うん、ありがとねー。」
小西さんにペコっと頭を下げて、コーヒー豆の紙袋を急いで運んでいる手塚さんに
『 お先に失礼しますー』
「えっー!?俺も帰りたい!」
小西さんが「テツはまだ帰れませーん」って楽しそうに笑う。
この空気がすき。
「もう、俺倒れんだけどー!」
「まぁ、閉店後に飲み行こうな」
「それ残業確定じゃん!俺上がり21時なんだけどー!」
閉店23時なのに。
ご苦労様です。
ワーワーやってる2人を横目にロッカールームで私服に着替えて店内にでる。
先生は…まだいる。
『 お疲れさまです。』
「…お。お疲れー。忙しそうだったな」
『 今も全然忙しいですけどね。先に上がっていいのかな。』
店内を眺めると、ちょっと申し訳ない気持ちになる。
「店に残ってると働けって思われんじゃね?」
『 あ…たしかに、』
「早く帰ったらいいんだよ。こーゆー時は」
ふはっって笑った先生が立ち上がる。
「俺もそろそろ帰ろっかなー」
ふわぁと大きなあくび。
それに釣られて私もあくび。
「んふふ、真似すんなよ」
『 真似って違くて、伝染したって、いうか…』
「伝染、しちゃってんの」
『 はい。…え何ですか?』
「いや、別に。」
片方の口角を上げた先生が、カップを返却口に戻して、出口へ向かう。