テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
#白血病
しらすのお部屋
ーー数日後。
永夢の身体はもうICUではない。
通常病棟だ。
静かな昼。
カーテンの隙間から、柔らかい光が差し込んでいる。
モニターの音だけが、規則的に響いていた。
ピッ……
ピッ……
ベッドの上。
永夢は、まだ眠っている。
頬は少し痩せていた。
呼吸は浅いが、以前より安定している。
その時。
永夢の指が、わずかに動いた。
ぴくり。
モニターが小さく揺れる。
ピッ……
瞼が、ゆっくり震えた。
そして。
ゆっくりと、開く。
ぼやけた視界。
白い天井。
永夢はしばらく瞬きを繰り返す。
「……ここ……」
かすれた声。
体を動かそうとして――
力が入らない。
モニターの音が続く。
ピッ――
ピッ――
その時。
病室のドアが開いた。
看護師が足を止める。
「……!」
すぐに振り返る。
「宝生先生が意識を――」
廊下へ声が飛ぶ。
しばらくすると。
足音が駆け込んできた。
飛彩。
貴利矢。
貴利矢が一番にベッドへ来る。
「永夢……!」
永夢はゆっくり視線を向けた。
まだ焦点が合っていない。
「……きり……や……さん……?」
飛彩がすぐに瞳孔を確認する。
「喋るな」
「意識回復直後だ」
貴利矢は笑った。
でもその目の奥は、不安の眼差し。
「ほんと……心配させんなよ」
永夢はぼんやり天井を見る。
そして、ぽつりと呟いた。
「……パ、ラド……?」
飛彩が眉を動かす。
「どうした」
その時。
永夢の瞳が――
一瞬だけ、赤く光った。
「……っ……」
かすかな違和感。
次の瞬間。
永夢の体から、ふわりと紫色のモヤが溢れ出す。
粒子のように、ゆらゆらと漂う。
空気が、わずかに歪んだ。
ノイズのような音。
永夢のベッドの横。
紫色の光が、集まり始める。
……!
モヤが収束する。
形を持つ。
人影。
そして――
完全に姿を現した。
パラド。
いつもの眼差しで、ベッドを、永夢を見下ろしている。
「やっと起きたか」
永夢の目が少し開く。
パラドが続けた。
「永夢」
その声を聞いた瞬間。
永夢の瞳が、わずかに揺れた。
しばらくパラドを見つめる。
そして。
かすれた声で呟いた。
「……やっぱり」
少し息を吐く。
「お前が……」
胸の奥に残っていた感覚。
昏睡の闇の中で、ずっとそばにあった気配。
永夢は目を閉じる。
そして小さく言った。
「ありがとう、パラド」
病室が静まり返る。
貴利矢が腕を組む。
飛彩は何も言わない。
ただ静かにパラドを見ていた。
パラドは少し眉をひそめる。
「……」
永夢はゆっくり目を開ける。
「僕を支えてくれただろ」
「ずっと」
沈黙。
パラドは一瞬だけ視線を逸らした。
「当たり前だろ」
「俺は、お前だ」
貴利矢が小さく笑う。
「はは……やっぱりそういうことか」
永夢は弱く笑った。
小さく息を吸う。
「助かった」
「本当に」
パラドは腕を組んだまま、ふっと鼻を鳴らす。
「当然だ」
沈黙。
飛彩が一歩前に出る。
「……意識は安定しているな」
貴利矢がほっと息を吐く。
「エム……ほんとによかった」
その時。
ガチャ。
大我が病室に顔を出した。
永夢の視線がそちらへ向く。
大我と目が合う。
ほんの一瞬。
沈黙。
レウコイド戦以来の顔だった。
永夢が小さく言う。
「……大我さん」
大我はドアにもたれ、腕を組んだまま鼻を鳴らす。
「よう」
「生きてやがったか」
ぶっきらぼうな声。
だが視線は、しっかり永夢を捉えている。
永夢が少し笑う。
「患者が勝手に死にかけるのは医者の仕事増やすだけだ」
貴利矢が苦笑する。
「心配してたくせに」
大我が睨む。
「うるせぇ」
そして――
一歩、踏み出す。
ドアから離れ、ゆっくりとベッドへ向かう。
視線は逸らさない。
「お前が言ったんだろ」
足音が、静かな病室に響く。
ベッドの横まで来る。
病室が静まり返る。
永夢が目を少し見開いた。
大我はそのまま、さらに一歩詰める。
至近距離。
視線を逸らさず、低く続ける。
「医者は――」
人差し指が、永夢の胸元へ向けられる。
「生き抜く責任があるってな」
指先が、わずかに近づく。
まるで“そこにある命”を指し示すように。
永夢の瞳が揺れる。
大我は視線を外さない。
「忘れたとは言わせねぇぞ」
永夢が小さく息を吐く。
「……覚えてます」
視線を天井に向けたまま、静かに続けた。
「だから、まだ死ねませんね」
ふと。
最後の光景が脳裏をよぎる。
砕けていくレウコイド。
そして――
『……終わったと思うな……』
『お前も……道連れだ……』
永夢の表情が曇る。
「……そうだ」
かすれた声。
全員の視線が向く。
「レウコイドは……」
小さく息を吸う。
「どうなったんですか」
貴利矢が苦笑した。
「どうなったも何も」
肩をすくめる。
「完全消滅だよ」
大我も頷く。
「データ反応も確認されてねぇ」
飛彩が補足する。
「少なくとも、本体の再生や復活を示す兆候はない」
永夢は少しだけ肩の力を抜いた。
「そう……ですか」
だが。
安心しきれなかった。
視線が落ちる。
自分の胸元を見る。
「じゃあ……」
ゆっくりと顔を上げる。
「……僕の身体は」
かすれた声。
「治ったんですか……?」
病室が静かになる。
飛彩が視線を向けた。
そして、静かに口を開く。
「お前が眠っている間に、検査を行った」
永夢は息を呑む。
飛彩はカルテを手に取る。
「まず結論から言う」
一拍。
「レウコイド本体は完全に消滅した」
貴利矢が頷く。
「そのおかげで、お前の白血病細胞の異常増殖も止まってる」
永夢の表情がわずかに緩む。
「増殖が……」
「止まった?」
「ああ」
飛彩は頷く。
大我が続ける。
「だからレウコイドを倒した意味はあった」
貴利矢も少し笑う。
「少なくとも、あいつの思い通りにはならなかったってこと」
永夢の表情が少しだけ和らぐ。
だが。
飛彩は言葉を切らなかった。
「しかし」
病室の空気が変わる。
「気になる反応が残っていた」
永夢の顔から笑みが消える。
飛彩は静かに告げた。
「お前の造血幹細胞層から、微弱なゲーム病反応が確認された」
永夢が息を呑む。
「……ゲーム病?」
「本来なら反応しないはずだ」
飛彩はモニターを見つめた。
「お前自身のゲーム病反応は消失している」
パラドが腕を組む。
「つまり、永夢のゲーム病は治ってる」
一拍。
「だが」
大我が低く続ける。
「レウコイドの残骸だけが残ってる」
病室が静まり返る。
永夢の指先がわずかに震えた。
「……残骸」
視線が落ちる。
脳裏に、あの瞬間がよぎった。
腰を貫いた長い針。
体内へ直接流し込まれた異物。
永夢が小さく呟く。
「あの時、直接打ち込まれた……」
飛彩が静かに頷く。
「おそらくな」
「検査の結果から見ても、その可能性が高い」
永夢は息を呑んだ。
レウコイド本体は消えた。
だが、自分の中にはまだ残っている。
飛彩が続ける。
「レウコイドの最後の言葉は、おそらくそれを指していた」
『お前も……道連れだ』
その言葉が、再び永夢の脳裏に響いた。
「じゃあ……」
かすれた声が漏れる。
「僕は……まだ……」
飛彩は首を横に振る。
「すぐに命に関わる状態ではない」
永夢がわずかに顔を上げる。
だが。
飛彩の表情は厳しいままだった。
「だが、放置もできない」
モニターへ視線を向ける。
「レウコイド因子は、今もお前の骨髄の中に潜伏している」
そして――
大我が静かに口を開いた。
「それだけじゃねぇ」
永夢の視線が向く。
大我は腕を組んだまま続ける。
「レウコイドによる白血病細胞の異常増殖は止まった」
一拍。
「だが、白血病そのものが消えたわけじゃねぇ」
病室が静まり返る。
永夢の指先が、わずかに握られた。
大我は淡々と言う。
「つまり」
「お前の身体には、まだ二つの問題が残ってる」
視線が永夢へ向く。
「白血病」
そして。
「レウコイド因子だ」
誰も言葉を発しない。
重い現実だけが、病室に残った。
コメント
1件
うわあ……永夢、目覚めたんですね。よかった……でも、一瞬で胸が締め付けられました。パラドがずっとそばにいたって分かるシーン、すごく好きです。「当たり前だろ、俺はお前だ」って言葉に、二人の絆がぎゅっと詰まってる。大我さんの「生き抜く責任」の指差しも、ああいう距離感の描き方がつばささんらしいなって。でも最後の「二つの問題」……まだ終わってなかったんですね。続きが気になりすぎます。