第6話「そこにいるの?」
「……これ、誰の?」
職場のロッカールーム。
同僚が愛美のロッカーの上に置かれた小さなぬいぐるみを手にしていた。
小さな、黒っぽいウサギのぬいぐるみ。
まさに、ウサちゃん。
「それ……わたしの、だと思う」
愛美はそう言ったけど――
心のどこかで、ざわっとした。
だって、ウサちゃんは“家にいる”はずだった。
持ち出した覚えなんて、ない。
「けっこうボロボロじゃん。なにこれ、手縫い?」
「……うん、ずっと昔にね。わたしが作ったの」
――ほんとは、違う。
けど、なんて説明すればいいのかも、もうわからない。
「ちょっと怖いな、目が……見てくる感じしない?」
同僚の言葉に、背筋が冷たくなる。
『……ぼくのこと、知らない人にさわらせないで』
声が、頭の奥でひっそりと響いた。
愛美は、ウサちゃんをすぐに取り戻し、バッグにしまい込む。
布越しでも、なにか熱を帯びているような気がした。
夜。
部屋に帰って、そっと取り出す。
「……ついてきたの?」
『まなみが心細そうだったから、ね』
その声は、いつものように優しい。
けれど――確実に、境界は“こっち側”に寄ってきている。
ぬいぐるみの目が、ふと微かに光ったように見えた。
愛美は笑う。
でもそれは、笑ってるようで、どこか違った。
「……こわくないよ、こわくない、よね」
『もちろん。まなみの味方だよ』