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視点、朔
木の箱の底板は既に外れている。俺と陽姫は顔を見合わせ、二人でそっと、箱の蓋を持ち上げた。
箱の中は、意外なほどシンプルだった。宝石のようなきらびやかなものは何も入っていない。入っていたのは、二つのものだけ。
古い色鉛筆のセット(12色)。
実母・葉月の手書きの長い手紙。
俺は震える手で色鉛筆のセットを取り上げた。古い木のケースは、使い込まれて角が丸くなっている。中に入っている色鉛筆は、全て削り尽くされ、残りわずかになっていた。
特に、「オレンジ色」「深い青」「純粋な白」の三色は、芯がほとんど残っていなかった。
その時、背後に立っていた美佐子さんが、小さな声で呟いた。
「…あの時、私たちが分けた、最初で最後の色鉛筆セットだわ…」
ひなは、そっと色鉛筆を箱に戻し、手紙を取り上げた。
「お母さんの字だ」
ひなは深呼吸し、美佐子さんと俺に聞こえるように、ゆっくりと手紙を読み始めた。
「最愛の姉、美佐子へ。そして、私の大切な光と影、朔と陽姫へ。
美佐子姉さん、この箱を開けてくれてありがとう。
そして、朔。あなたが陽の光を信じ、行動を選んでくれたことを、心から感謝します。
美佐子姉さん、あなたは『色が死んでいる』と言った。でも、私はあなたの才能が『色のない永遠の形』を創り出すことだと信じていた。この箱は、あなたと私、二人の夢を完成させるための、最後のパーツなのよ。
美佐子姉さん。あなたが諦めた夢は、『形』そのものじゃない。『形に色をつけること』だった。だから、あなたには、色彩の天才である陽姫がいます。
陽姫へ。あなたは『絵が描けなくても、誰よりも色を知っている子』。
あなたは、私が持っていた、『色の才能』を全て受け継いでいる。あなたが無意識にこだわってきた、料理の彩り、服の組み合わせ…それが、あなたの言語よ。
その色鉛筆を見て。私が愛し、使い尽くした三色。
オレンジ(陽姫の光)、深い青(朔の影)、そして純粋な白(無限の可能性)。
陽姫、あなたにとって『希望の小箱』の真のメッセージは、『色を知る才能を、美佐子姉さんの『形』に与えること』。つまり、あなたと美佐子姉さんが共同で一つの作品を創り上げることよ。それが、あなたの未来の光。
朔へ。あなたが小箱を開ける『時』を決めた今、あなたの役割は終わらない。
あなたは、『影』として、陽姫の光がブレないように、常に『深い青』として支えること。そして、あなたの美術の才能を、陽姫と美佐子姉さんの『形』の技術に繋ぎなさい。
美佐子姉さん。
この鍵は、あなたたちに託します。私の命は尽きるけれど、私の『色』は、陽姫の中で生き続ける。あなたが創る『形』に、陽姫が『色』を与えるとき、あなたの夢も、私の夢も、そして朔と陽姫の未来も、永遠に完成するでしょう。
あなたたち三人で、夢を完成させてね。」
手紙を読み終えた陽姫の瞳から、大粒の涙が溢れた。その涙は、悲しみの色ではなく、感謝と決意の色だった。
美佐子さんは、両手で顔を覆い、しゃくりあげていた。彼女の肩は震えている。
「…葉月は…葉月は、私に償いをさせたかったんじゃないのね。私の夢を…私の夢を、あなたたちと共に完成させろと…」
美佐子さんが顔を上げると、その表情は、深い悲しみと、新しい希望の入り混じった、複雑な色彩を帯びていた。
「朔ちゃん、ひなちゃん…私の夢は、終わっていなかったのね。むしろ、この七年間、あなたたちを愛する中で、あなたたちと共同作業をするための『形』を、私が無意識に作り続けていたのかもしれないわ」
俺は、掌に残された鍵の感触を確かめた。俺の役割は、『深い青』として、陽姫と美佐子さんを支えること。
「陽姫」俺は、決意を込めて言った。
「俺が、美佐子さんの『形』の技術と、お前の『色彩感覚』を繋ぐ。俺が、二人の共同作業を、『未来の色彩』として具現化するための、土台になる」
ひなは、涙を拭い、力強く頷いた。
「うん!美佐子さん。私たち三人で、お母さんと美佐子さんの夢を完成させよう。私がお母さんの『色』を継いで、美佐子さんの『形』に命を吹き込むよ。そして、この家を、永遠に『月と太陽のパレット』にする!」
美佐子さんは、両手を広げた。
「ありがとう…朔ちゃん、陽ちゃん。あなたたちこそ、私にとっての、最高の芸術だわ」
俺たちは、三人が一つになって、温かい抱擁を交わした。秘密の壁は崩れ落ち、美佐子さんと俺たち双子の間に、血縁を遥かに超えた、確かな絆の色が生まれた瞬間だった。