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肩にランディーニを乗せたノワールとネルを肩に乗せたセシリアが、夜逃げ寸前とまことしやかに揶揄されているらしい百合の佇まいへ向かうのを、玄関先で見送る。
「では、よろしくお願いしますね」
「はい、主様のお心に叶いますよう、努めてまいります」
「ふおっほ。夕食は奥方の手料理を嗜みたいものじゃのぅ」
「らん、でぃーにぃ?」
フクロウ特有のふかっとした頬を摘まもうとするノワールの手から、すばやく逃げたランディーニが、ふほほほほー! と高笑いをしながら飛んでいく。
先に百合の佇まいへ向かったのかもしれない。
情報入手は早ければ早いほど良い。
人を介すよりも本人が出向く方が確実だと、情報収集に長けたランディーニはよく知っているのだろう。
ノワールはいろいろと諦めた感じで深い溜め息を吐くと、改めて私に深々と頭を下げて、二人に合図をする。
「では、主様。行ってまいります」
「ええ、気をつけていってらっしゃい。どうぞ、後悔のないように……」
「お言葉有り難く……行ってまいります」
こちらもやはり深々と頭を下げてノワールに続いた。
切なさが滲み出ている背中が見えなくなるまで見送る。
「……主はこれから、昨日の続きの買い出しかぇ?」
けだるげな彩絲に話しかけられて、眉根を寄せながら首を傾げる。
「行きたいところだけど……誰と一緒に行ったらいいか、迷うわ」
「ふむ。妾は少々休みたい。雪華は当然行くじゃろ?」
「勿論! ノワールもランディーニもいないとなったら、最低でも私は傍にいないと駄目でしょ。あとは……戦力のバランスを考えるとローレルにお願いしたいわね。私も回復できるけど、どちらかといえば戦闘特化だからさ」
「私でよろしければ、喜んで御一緒させていただきますわ~。それと家具にもネイの目利きは生かせると思いますので、ネイもお連れいただくとよろしいのではないでしょうか?」
サロンへ足を踏み入れ、未だ揃っていない調度品の中、一番豪奢なソファに座らせられる。
ちなみにノワールが、取り敢えず間に合わせで……と、取り出した品々だ。
当然のように全てが高級品で、ソファの座り心地も最高だった。
このままでもいいと思うけれど、それは私以外誰一人として許してくれなそうだ。
夫からも、貴女のセンスで存分に揃えてくださいね? と言われている。
向こうでは、夫のセンスを信用しているのもあって、私が何かを選ぶ機会は本当に少ないのだ。
私を囲むようにして、それぞれも座った。
飲み物を入れようかと腰を上げるネイとネマを掌で制する。
まだ喉も渇いていないし、そこまで時間がかかる打ち合わせでもない。
すぐに出かけるのだ。
外で飲むのも楽しいだろう。
「……それでは、同行者は雪華、ローレル、ネイでいいかしら?」
「はい。私はネマと留守を守りましょう。ドロシア殿と屋敷の防衛などについて打ち合わせをしようかと思案しておりますが、他に何かご指示がございましょうか?」
「是非それでお願いするわ。ドロシアなら屋敷を誰よりも知っているから、その点も本当に有り難いわね」
いつの間にか私を囲む一人となっていたドロシアが、スカートを摘まんでお辞儀をする。
防衛については全員が屋敷にいる状態ならば過剰防衛だが、少なくなれば隙は出てきてしまう。
事前に打ち合わせをしておいた方が、万が一のときにも迅速に動けるのだ。
私は経験上、それをよく理解している。
「妾もしばらくしたら防衛の語らいに参加しよう。アリッサたちが帰宅する頃には書面にて記しておくとしようかの」
身体的な疲れよりも精神的な疲れが激しそうな彩絲は、それでもちゃんと留守を守りつつ防衛についてまとめてくれるようだ。
「じゃあ、私は着替えてくるから、皆も準備をよろしくね」
私はそう告げて席を立つ。
承りました! との声を背中に、自室へと足を運んだ。
うきうきと後ろについてきた雪華が、嬉々として服を選んでくれる。
少々手間がかかる服の着替えも、やはり楽しげな雪華が手際よく手伝ってくれた。
着慣れているだけでなく、着せ慣れてもいるらしい。
私は完璧な装いを姿見に映しながら苦笑を一つ浮かべて、部屋を出る。
「まぁ、主様! お似合いですわ~!」
サロンでは既に準備を済ませた三人と、留守を守る四人が待っていた。
待っていた人々の中でローレルが真っ先に声を上げる。
他の皆も、異世界では変わった格好になるだろう私の姿を見ても、好意的な目を向けてきた。
ローレルに絶賛された私の服は、雪華が選んだホワイトなゴスロリ。
雪華が着ている由緒正しいブラックなゴスロリと対をなしている。
長袖のタートルネックで足首まで隠れるロング丈。
首にはふわりとリボンが結ばれており、袖にはそれぞれ肘から下に三段のフリルがついている。
ウエストは苦しくない程度に締められたコルセットで飾られており、スカートは五段フリルのフレアタイプ。
中にはパニエも履いている。
純白という色も相俟って、王女や姫と呼ばれる人々が着そうな出で立ちとなったようだ。
「お姫様みたいで、素敵です……」
きらきらと目を輝かせるネイの隣で、ネマも同じ目をして幾度も頷いている。
私としては少々足さばきが難しいので心配だが、露出が少ないのは安心だ。
あとはデザインも生地も豪奢なものなので、下に見られる接客はされない点もポイントが高い。
他の有象無象を引き寄せてしまいそうな嫌な予感は、この際放置しておくにかぎる。
ネイとネマの頭を撫でていれば、雪華がそっとバッグを持たせてきた。
純白の総レースバッグは、小さい。
飾りとしての意味以外はなさそうで不満だが、手で持って帰る買い物ではないのだから、これでもいいのだろう。
実際、私以外はとても満足げなのだから。
鼻先までベールが下がった帽子をかぶらされて、完成らしい。
視界は悪いが、不躾な視線を遮断してくれるのは嬉しかった。
ちなみに靴は、履きやすいショートブーツになっている。
こちらもリボンで結ぶタイプだが、スカートがロング丈のため外からは見えないのが残念だ。
「想像以上に可愛い仕上がりだわ! 満足だけど、御方の声が聞こえてきそうね。移動は馬車になさいって!」
「馬車の納品はされております、御主人様。ノワール殿が幾つか手配されたようです。今回乗るのは四人。ネイの大きさを考えると実質三人でしょうか? 馬車を引く馬は一頭でよろしいと思われます。今回はどちらの馬……幻獣を使われますか?」
フェリシアの言葉にしばし思案する。
本来なら仲の悪そうなユニコーンとバイコーン。
しかし屋敷の庭に放されて、防衛をも担っている二匹の仲は十分に良好なようだ。
どちらを選んでも、特に揉めることもないだろう。
「……今回は微差で人目を引かなそうなホークアイにしようかしら?」
幻獣がそもそも珍しいので人目を引く運命からは逃げられないが、ユニコーンの方が多少ではあるが希少性が劣るのだ。
「うん。良い判断ね。ホークアイは幻影魔法を使えるから、いざとなったらそれで惑わせている間に逃げるって手も使えるしね」
雪華も賛同してくれた。
モリオンの嘶きで他のバイコーンを呼び寄せて威圧を加えるとか、重力魔法で押さえつけている内に逃げる手も考えたが、後腐れがないのはやはり幻影魔法の方だろう。
「では、私が馬車の準備をしてまいります。主様はゆるりと御移動くださいませ」
女騎士の理想的なお辞儀を披露したフェリシアが、粗野に見えない素早さで馬車の手配をしに行く。
「一人で大丈夫かしら?」
心配をする私に、雪華が笑って首を振った。
「フェリシアは想像以上に優秀よ。それにホークアイも他のユニコーンと比べものにならないほど優秀だからね、安心して? 大体ホークアイだけでも馬車装備できるんだから、驚きよね」
楽しそうに笑う雪華の傍で、残された者たちも顔を見合わせて驚きあっている。
この調子ならばきっと、モリオンも同じように他のバイコーンに比べて優秀すぎるのだろう。
「ふふふ。そうなのね? 皆優秀で私は本当に嬉しいわ」
その優秀さを惜しみなく使おうとしてくれるところもひっくるめて、有り難い。
転売されてゆく者とは違い、ここに残った者は等しく優秀で忠誠心も厚いのだ。
改めて良い主であらねばと胸の内で誓いつつ、皆と談笑しながら玄関を出る。
庭に出れば既に馬装を完璧に整えたホークアイが誇らしげにこちらを見る。
傍にはフェリシアとモリオンもいた。
『王都散策では仕方ないので諦めるが……次回は是非奥方に騎乗していただきたい!』
モリオンの訴える瞳は可愛らしい。
角すら凶暴に見えないのだ。
幻獣が怖いのか私の感覚が何か違っているのか。
どちらでも構わないが、どうにかモリオンに騎乗する機会を設けたいとは思った。
「わかったわ。次の機会にはモリオンを使うわね」
ユニコーンもバイコーンも私が保有する幻獣だと広く知れたなら、いっそ様々な問題が解決する気もしてきて、緩く首を振った。
申し訳ないがしばらく、モリオンには庭を闊歩する程度で満足してもらうしかなさそうだ。
モリオンのたてがみを優しく撫でてから、フェリシアの手を借りて馬車に乗り込む。
クッションが敷き詰められた馬車内はゆったりとした作りで、ローレルとネイが感動していた。
「それでは、留守をよろしくお願いするわね」
「うむ、任された」
「はい! 謹んで拝命いたします!」
「足手まといにならないように頑張りますね!」
けだるげな彩絲はゆるゆると手を振って、フェリシアはしっかりと腰を折って、ネマはそんなフェリシアの肩で両手をぶんぶんと振りながら、何度も飛び跳ねて私たちを見送ってくれた。
ホークアイが軽やかに引く馬車が音も静かに王都のメインストリートを進む。
窓からそっと外を窺えば、案の定、人々がホークアイと馬車に注目している。
耳に届く範囲では、何処かの国の王族がお忍びで現れたのだろうという説が、一番有力らしい。
「雪華さん。まずは、何から買いに行く、予定ですか?」
「そうねぇ……カーペットからと考えているけど?」
「それ以外にどんな家具を買われる予定ですの~?」
「えーと? 天蓋付きベッド及び寝具、ドレッサー、ティーテーブル&椅子五脚、照明三個、テラス用インテリアにカーペット。あとは貴女たち用のベッドとチェストかしらね?」
「えぇ~? 私たちのベッドですかぁ~。ベッドもチェストも奴隷どころか、行儀見習いの貴族メイドでも、分不相応な家具を使わせていただきましたわ~?」
ローレルが驚いている横で、ネイも同じ顔で頷いていた。
「あー、ノワールが取り敢えずあり合わせのもので我慢してもらわないと! って言ってたから、グレードを下げた家具を買いに行ってこい! とか、そういう意味じゃ……ないかぁ……」
雪華は自分の思案結果を否定している。
「奴隷に与えられる物といえば、基本廃品利用と言われております。貴族メイドでも、中古品がせいぜいだと。ですがその、ノワールさんは、もしかして。中古品ではなく、新品を買ってくればいいと、そういう判断をされているのでは?」
普通ならあり得ない判断だ。
だが、私の意向を汲むのならばそれが正しい。
だから、それが正解だった。
「そうですね。長く勤めてもらいたいから、新品で良質なものをと、私が考えていたから……」
「主様ぁ~! お優しすぎます~」
「そう? でも皆一緒に暮らす家族みたいなものでしょう? だったら全員で心地良く日々を過ごしたいと思いませんか?」
私と上手く生活してくれる人は稀少だと理解している。
だからこそ、そんな人たちを大切にしたいと思うのだ。
そこに、奴隷とか、守護獣とか、妖精とか、幻獣とか。
世間の括りは関係ない。
「そうだよねー。主がそういう考えだから、必然的に私もノワールもそうなるからねぇ。ローレルにもネイにも慣れてもらうしかないかなぁ」
「姉さんたちと一緒に……頑張り、ます!」
「私は楽観的な思考をするから自重しつつ頑張り続けますけれど、フェリシアには少し難しいかもしれませんわねぇ~」
「あー、確かにねぇ」
ローレルの言葉に雪華が頷くが、私は心配していない。
奴隷の中でも誰より血縁者に恵まれなかっただろうフェリシアだ。
慣れてくれば素で皆を家族のように慈しみ、大切に接するだろう。
「ふふふ。彼女はきっと大丈夫でしょう。そんな気がしますから。あら? 着いたみたいですよ」
馬車が止まったので、雪華がドアを開ける。
入り口を挟んでそれぞれの窓ガラスに、大きなカーペットを貼りつけてある。
そんな店の入り口はとても広かった。
精緻な織りのカーペットからは、技術の高さを連想させる。
また、高価なカーペットを入り口付近に置くことで、防犯の完璧さをアピールしているようにも思われた。