「カーペット専門店で、一番歴史があるお店よ。御方といた頃から誠実な経営だったお店だから安心できると思うわ」
「私たちが奴隷として売られる前にも、少々値段は割高であるけれど、良質な品々が豊富に取り揃えてある店と、聞き及んでおりました」
「海をテーマにデザインしたカーペットを作りたいと、毎日海辺に絵を描きに来ていた人物が確か……この店のお抱えデザイナーだったような記憶がありますわ……」
三人の持つ情報を統合すると、高価だが良質なカーペットを販売してくれる歴史あるお店のようだ。
雪華の手を借りて馬車から降りる。
周囲から何故か歓声が上がった。
過剰反応をするとよろしくない気がして、ベールから僅かに見えるだろう口元に、静かな微笑を浮かべるだけに止めておく。
店の扉が内側から大きく開かれて、中へと誘われる。
後ろから馬車もついてきたのには驚いた。
カーペットの搬入をここからも行うのだろうか。
雪華が馬車とホークアイをきちんと保管しておくように手配をした段階で、白髪を頭頂
にシニョンでまとめ上げた女性が優美に腰を折った。
「ようこそおいでくださいました。御方の奥方様。当店を選んでいただき光栄の極みにございます」
今まで訪れた店での対応から察するに、一流店には情報が回っていると考えるのが無難だろう。
それで僅かながらもトラブルが回避されるというのなら、問題もないのだが……。
「……何点か購入を考えております。いろいろとアドバイスいただければ、有り難いですわ」
「委細承知いたしました。お屋敷がどちらかは把握してございます。奥方様のお好みを申しつけていただきましたならば、何点かお持ちいたしますので、こちらでおくつろぎくださいませ」
どうやらこのお店は、希望の品物をわざわざ持ってきてくれるらしい。
小説や漫画では幾度となく見かけた、お金持ちの買い物風景だ。
「……主様のお部屋には、ベッド下に一つ。お足元に一つ。ドレッサー下に一つ。ティーテーブル下に一つでしょうか。あとは玄関に一つ。サロンに大きめなものを一つ……主様のお部屋に飾り用としてもお考えでございましょうか?」
あぁ、そういう使い方もあるんだった。
自分の部屋には特に必要性を感じなかったが、サロンに一つあるといいかもしれない。
しかし一般的に飾られるであろう美術品は他にも様々な種類がある。
それに花を多く飾りたいと思っているので、他の物は控えるべきかもしれない。
「今はいいです。花を多く飾りたいと思っているの」
「まぁ、今全部決めなくてもいいだろう。主が欲しいものだけを買っていけばいい」
「では、順にお持ちいたしましょう。少々お待ちくださいませ」
恐らく店の店主だろう老婦人が私と丈が同じくらいのスカートの裾を翻しながら、近くに控えていた男性たちに指示を飛ばす。
男たちは四方に散っていった。
私は香りも高く絶妙な熱さの紅茶を口にする。
隣に座っているのは雪華。
背後に侍っているのはローレルとネイ。
できれば一緒に座ってお茶を楽しみたいところだが、こういった場面では止めておくべきだろう。
「ベッドの足元に置くカーペットは、シルク製がいいと思います。他はメーメーの毛を、使ったものがよろしいですね。必ずしも、ではありませんが」
「寒いときは温かく、暑いときはさらっと感じるんですの~。特に夏のさらっとした感じは人魚族の私も大満足ですわ~」
「たぶん希望するカーペットを持ってきてくれるんじゃないかな? あ、来たみたいだね」
「大変お待たせいたしました。まずはこちらを御覧くださいませ」
老婦人が男たちに指示を出す。
なかなか屈強な男たちで、それだけなら夫が酷く嫌がりそうではあったが、職人もしくは商人として鍛え抜かれた気配があった。
こういった男性は損得に聡いか、自分の仕事環境を守ることを第一に考えるので、間違っても客に余計なことは言わないし、しないものだ。
現に夫も同じ判断を下しているのだろう。
彼らは男性ではなく職人なのだと。
珍しい例ではあったが、何も囁かれてはいない。
「ベット下、ティーテーブル下用のカーペットにございます」
その二種類は同じ大きさでいいらしい。
男性は二人で組になり、角までピシッと伸ばした状態でカーペットを広げている。
全部で五枚あった。
「全てメーメーの毛のみを使い、職人が手織りしたカーペットにございます。右二枚はグラトバッハ産、左三枚はルトリッツ産。グラトバッハは伝統的な紋章をモチーフに、青を基調とした繊細な織りを、ルトリッツは草花をモチーフにした情緒豊かな織りを特徴としております」
驚くほど私好みのカーペットばかりだ。
一体どうやって好みを判断しているのだろう。
どちら産も好みなので、ベッドの足元に置くカーペットをルトリッツ産にして、ベッド下とティーテーブル用にはグラトバッハ産にしようと決める。
「右の二枚をいただきます。ベッドの足元用にはルトリッツ産のシルク製をお願いしたいのですが……」
「こちらで如何でございましょう」
今度も五枚並べられる。
小さな物なので一人一枚を手にしていた。
細かな織りが見たくて体を乗り出せば、失礼しますと、夫には遠く及ばなくても美声には違いない良く響く低音で断った男性が、一歩足を踏み出して間近でカーペットを見せてくれた。
「どうぞお手を触れて御確認くださいませ」
言われるままに手でそっと触れる。
シルクの肌触りは向こうの世界と変わらずに、艶やかに優しいものだった。
「ありがとう。最高の触り心地ね。細やかな世界観も美しいわ。こちらをいただきます」
「ありがとうございます。では続いて、ドレッサー下へ置くカーペットになります。ルトリッツ産でメーメーの毛のみ、シルクのみで織り込んだもの。グラトバッハ産でメーメーの毛のみ、シルクのみで織り込んだものにございます」
今度は四枚提示された。
相変わらず柄はどれも好ましくて頭を悩ませてしまう。
「ドレッサーですと、重みがありますので、シルクよりはメーメーの方が、よろしいかもしれません」
「お部屋ではルームシューズをお履きになりますものねぇ~。触れ心地よりも耐久性を考えた方が主様のお心にかなうのではありませんこと~?」
二人のアドバイスを聞いて、再度迷う。
「ではルトリッツ産のメーメー毛でお願いいたしますわ」
「はい、かしこまりました。奥方様のお部屋のカーペットは、以上でよろしゅうございますでしょうか?」
「ええ。配達で手配をお願いします」
「承りました。玄関とサロン用のお品物も、奥方様がお選びになりますか?」
「いえ。玄関用は雪華が、サロン用はローレルとネイで選んでほしいわ」
「よろしいのですか!」
ネイの目が喜びに輝いている。
任されたのが嬉しいようだ。
ローレルは嬉しいというよりは楽しそうに見える。
老婦人と値段の駆け引きでもしたいのだろうか?
雪華は既にカーペットを持つ男性の近くにより、一つ一つカーペットを凝視しながら真剣に吟味を始めている。
私は新しく注がれた紅茶を飲みながら、三人がお互いの意見を交わし、男性や老婦人の意見を聞きながらカーペットを選びきるのを、まったりと寛ぎながら窺い続けた。
全てのカーペットを選び終えて精算をお願いする。
悪戯心が刺激されてしまい、私としては珍しく指輪からお金を取り出したのだが、老婦人はにこやかな笑みを全く崩さなかった。
素敵な老婦人に対する甘えでもあったのかもしれないと反省しつつ、カーペットは後日配送及び設置までしてくれるとの打診に頷いた。
全員が喜びに浮かれながら老婦人の背後に続く。
私の老婦人を試すような態度で、フラグが立っていたのかもしれない。
馬車が止めてある方向から、何やら女性の甲高い声がする。
命令するのに慣れきった、大仰に不遜な声音だった。
「だから何度申しつければわかりますの? この馬車は妾のものだと申しているであろう!」
「何度でも申し上げます! こちらは、貴女様の馬車ではございません。当店においでいただいた貴女様ではない、他のお客様の所持するものでございます!」
「本当に躾のなっていない店員ですわ! 公爵令嬢である私がそうだと申しつけたなら、 そうに決まっております! さぁ! 早く私の手を取りなさい!」
豪奢かつ愛らしい馬車だ。
この手の難癖は想定していたが、公爵令嬢の目に留まるとは思っていなかった。
公爵といえば、王族に次いで人の目を気にしなければいけない立場だろうに。
老婦人の額に初めて深い皺が寄る。
「……御方の奥方様には、お目を汚しまして大変申し訳ございません。深くお詫び申し上げます」
「買い物に回っているとき、災難に出会うのは初めてではないわ。貴女が悪いわけではありません。彼女が悪いのです……公爵令嬢というのは本当なのでしょうか?」
華やかな赤毛こそ美しく感じるし、本来であれば優しい印象を持つはずの垂れ目も愛らしい。
だが、悪趣味極まりない格好をしていた。
お金に物をいわせて全身を飾り立てているが、全く似合っていないのだ。
一目見て、これは絶望的な残念御令嬢様だ! そんな呆れた印象を抱かせてしまう。
一種の才能ではないのかとすら思った。
「由緒あるベルゲングリューン公爵家当主様の、ご寵愛深い愛人の一人娘でございます」
「なるほど親の威光を笠に着まくっていると……」
「さようでございます。ご寵愛の方は大変弁えておられるのですが、その娘であるあの方は、高級店街では悪名高き御令嬢でございます」
「あら。なかなか珍しいパターン……」
「多少の悪名であればこそ今まで公爵様が、金銭による納得いく賠償で贖ってこられたようですが……御方の奥方様の持ち物に目をつけたとなっては、放逐処分になるかと推察いたします」
放逐処分か……幽閉よりも死に近そうな処罰だ。
「まぁまぁまぁ! ちょっと、そこの女! 私より豪奢な衣装を着るなんて許されませんのよ? 今この場で服を脱ぎ、高貴な私に捧げなさいませ!」
それならば特に私が動くこともないか……と思っていると、従者が必死に止めるのも聞かず、令嬢が走ってきた。
ドレスの裾を幾度も踏んでいるところから察するに、きちんとした教育を受けていないように見受けられる。
恐らく周囲が必死に教育を施そうとしても、叶わなかった結果なのだろう。
今までどうにか無事だったというのは、寵愛が深い母の存在と、自分より身分が上の者には不敬を働かなかったということなのだろうか。
さすがにあの王妃に喧嘩を売るのは拙いと思えたのかもしれない。
しかし、いきなり服を脱げはないだろう、いくらなんでも。
「ちょっと! 聞こえているのでしょう? 早く服を脱ぎなさいな!」
重ねて言われてしまった。
これでは、幻聴かしら? と聞かなかったことにもできやしない。
「……そこな従者に申す。そなたの主に話は通じなさそうだからな。我が主は時空制御師最愛の称号を持ついと尊き御方。その御方の持ち物を、我がものとするなど決して許されぬ不敬。とくその愚か者を連れて、この場を去るがいい!」
私を庇うように前へ立った雪華が朗々と声を張り上げる。
令嬢は何を言われているのか理解できないものの、自分の望みを否定されたことに更なる奇声を上げたが、従者は雪華の言葉の意味を数秒かけて飲み込んで、顔色を紙のように白くした。
しかし、凜とした雪華が格好良い。
やればできるのじゃよ、と屋敷に残る彩絲が頷いていそうだ。
「あ、主に代わりまして、伏してお詫び申し上げます。主の不敬はベルゲングリューン公爵家当主が処罰することをお許しいただけますでしょうか」
「どうしますか?」
わかりきっているのに雪華はわざわざ私に確認を取る。
なので私もできうる限り大仰な様子で言い放った。
「許す」
頭の中にはお気に入りの乙女ゲームの悪役令嬢が浮かんでいたのは、夫だけが知ることだ。
よく似ていますよ、と夫の囁きも聞こえる。
従者は令嬢の鼻先にハンカチを押しつけた。
合計三人いた従者のうち、二人は令嬢をしっかりと拘束している。
そこまでの強さで捕獲されたことはなかったのだろう。
令嬢はハンカチを押しつけられた状態で、三人の従者を、どうして? という驚愕の眼差しで見つめていた。
意識を失い崩れ落ちた令嬢の頭を床につけ、自分たちも同じように床へ額を押しつける。
「公爵家での処罰をお許しいただき、誠にありがとうございました。迅速に手配いたします。御報告はどちらに伺えばよろしいでしょうか?」
「……冒険者ギルドのギルド長に」
「確かに承りました。それでは御前失礼つかまつりまする」
従者は横抱きに令嬢を持った。
令嬢に対する態度ではないのだが、彼らとて感情はある。
意識がない令嬢の扱いが多少手荒になったとて、誰も咎めはしないだろう。
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