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翌日。教室の空気は、昨日までとは違っていた。
ざわつきでも、露骨な嘲笑でもない──それらが“沈殿”して、ただただ重い。
遥が教室に入ると、視線が一斉に走る。
けれど、誰も何も言わない。
声は上げない。ただ、「共有された何か」が空気として教室に貼りついていた。
遥は無表情のまま、自分の席につく。
机の上には、何も置かれていなかった。だが、それがむしろ異様だった。
(昨日まであった、悪意の落書き──それさえ、今はもう“演出”として消されている)
誰かが、作為的に「無」にしている。
「“見えてない加害”のほうが、深く染み込むんだよね」──蓮司の声が思い出される。
遥は、ゆっくりと顔を上げる。
日下部が、教室のドアを開けて入ってくるのが見えた。
いつもと変わらない表情。いつもと変わらない歩調。
──ただ、そのまま、遥の席の隣までまっすぐに歩き、何も言わずに椅子を引いて座った。
その瞬間、ざらりと空気が波打つ。
それは言葉にならない、だが確実に「敵意」に近いものだった。
前の席の生徒がわずかに身をずらす。
斜め後ろのグループが、ヒソヒソ声を隠そうともしない。
「まだ一緒にいるんだ……」
「ガチじゃん」
「怖くね?」
遥は何も反応しない。
けれど、横にいる日下部は、わずかに眉をひそめた。
その表情も、すぐに消えた。
チャイムが鳴り、授業が始まる。
教師は何も言わない。見て見ぬふり。全てが、整然と「機能している」ように見える。
──けれど、その整然さの中で、遥の中だけは暴れていた。
(なんで、そこに座る……
なんで、何も言わずに隣にいる……
そんなことしてたら──おまえも、全部、巻き込まれるのに)
黒板を見ているふりをしながら、遥は唇を噛み締めた。
(もう、誰にも守られる資格なんて──)
と、そのときだった。
日下部が、机の下、見えない位置で、遥の手の上に指先を一瞬だけ重ねた。
ほんの数秒。
だが、それは明らかに“意思”をもった行動だった。
遥は、反射的に手を引きそうになったが、できなかった。
言葉はなかった。
だけど、それは言葉よりも重かった。
“おまえがどれだけ歪んでても、俺は離れない”
──そう言っているようだった。
遥は、目を伏せた。見えない場所で、自分の爪が手のひらに食い込むほど、強く握られていた。
休み時間。
その様子を見ていた数人の生徒が、スマホを手に廊下へ出ていく。
「もうさ、あれ投稿すれば? 昨日のやつ」「あのスクショの加工、やばくね?」
「“本気らしい”って煽ったら、すぐ燃えるよ」
そして、SNSには投稿が始まる。
《“教室の裏側”って知ってる? 最近の“2人組”の噂まとめ【画像つき】》
──歪んだ構図の拡散が、加速していく。