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「これ、あの時の種からだって? よく枯らさず育てられたな」
テラスで紅茶を飲みながらランディリックが見詰める先、数年ぶりに会う友ウィリアムが、自分の腰くらいの高さにある林檎の若木を見て目を細めた。
「うちの庭師は優秀だからな」
「ここを任される直前のお前と船旅をしてからだから……三年ちょいか……」
「ああ、そうだな」
子爵家の三男として生まれたランディリックは、ウィリアム同様王都エスパハレの出身だ。
同い年でもある二人に違う点があるとすれば、ウィリアムは跡取り息子で、ランディリックは違うと言うことだろう。
上に兄が二人いるランディリックは、ライオール家特有のある問題を抱えてこの世に生を受けた。
嫡男でないだけならまだしも、自身が致命的な障害を抱えていることを鑑みたランディリックは、家にいてもさしたる扱いは受けられないと考えた。
それで十八歳の時――パブリックスクールを卒業したのを機に王直属の騎士団へ入団し、家を出ることにしたのだ。
元々座学はもちろんのこと、剣を振るうことに関してもどんな人間より遥かに優れていたランディリックは、めきめきと頭角を現し、三年前、二十二歳の年にマーロケリー国との国境ニンルシーラ領の辺境伯に任命された。
先のニンルシーラ領主が、流行り病で急逝したからだ。
男爵家の跡取り息子ウィリアムとは母親が幼なじみという縁で、幼少の頃から――それこそパブリックスクールへ入学する前から――の付き合いである。
たまたま同年齢だったことも、二人を引き寄せるきっかけになったのだが、王都にいる頃はよくつるんで悪さをしたものだ。
進む道が分かれてからも、何だかんだと付き合いの続いている腐れ縁――。それがウィリアム・リー・ペインとランディリック・グラハム・ライオールの関係だ。
***
王都からここ――ニンルシーラまでは汽車と馬車を乗り継いで丸二日掛かる。
普段は手紙でやり取りをしている二人だが、約三年ぶり。ウィリアムが遠路はるばるランディリックの領地ニンルシーラまで出向いて来たのには理由がある。
何でも現ペイン家の当主であるウィリアムの父ベイジルが、一人息子の誕生日に合わせて男爵位を子へ譲ると宣言したのだとか。
ベイジルが親しくしていた友が病死して以来、父親が何やら思い悩んでいる風だという話をウィリアムから手紙で聞かされていたランディリックは、ベイジルが自分に何かある前に爵位を譲ろうと考えたんだろうなと思った。
家督を継げば、王都を離れることは難しくなる。だからその前に友の顔を見に行くと、ウィリアム自ら父親に願い出たらしい。
ウィリアムよりも早くに生家の子爵家とは別――辺境伯として王より一代限りの侯爵位を賜っていたランディリックが、そう易々と領地を空けられないのは明白だったからだ。
思い起こしてみれば、ランディリックがニンルシーラ領主へ着任する前にもウィリアムと大型客船で旅行をしたのだが、あれにしても『お前が遠くへ行く前にデカイ思い出を作っておこうぜ?』とウィリアムが誘ってくれたのだ。
(あの旅行中に可愛い赤毛の女の子に出会ったんだったな)
今、ウィリアムの傍で青々とした葉を茂らせているおよそ九〇フィール(約九〇センチ)の林檎の木は、あの日の少女――リリアンナにもらった真紅の実にあった種から育てた若木である。
お抱え庭師ジョンの言によると、小ぶりでやや酸味が強めの甘酸っぱい果実を結ぶ、ミチュポムという品種らしい。
ここイスグラン帝国ではほとんど見掛けない珍しいものだが、国境を挟んだすぐ隣の国――マーロケリー国では林檎といえばこのミチュポムが差し出されるくらい主流なんだとか。
果物が食べられない自分に代わってその実を食べてくれたのは、他でもない。目の前のウィリアムだ。
ランディリックが、ウィリアムが食べ終わった後の林檎の芯に残った十ばかりの種子を、いくつか選んで丁寧にハンカチへ包んで持ち帰ったのは、何となくリリアンナという少女のことを忘れたくないと思ったからに他ならない。
リリアンナはランディリックにとって、とても心地よい芳香を放つ少女だったから、何かしら接点を残しておきたいと思ったのだ。
『食べもしない林檎の種をどうするの?』
そう問われて、理由を話した途端、『ランディ。あんな幼子相手にさすがにそれは気持ち悪いぞ?』とウィリアムに眉をひそめられたのを覚えている。