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それもこれもランディリックが生まれながらに持つ〝障害〟がもたらす特性なのだと自分自身分かってはいるのだが、だからと言ってどうなるものでもない。
そう。ウィリアムにはことある毎にランディリックの異常なまでの執着心の強さを〝特性〟に絡めて心配されるのだが、当のランディリックにはそんな危機感はない。
何故なら、それはランディリックにとって〝普通〟のことだからだ。
***
「そう言えばこの木を見て思い出したんだけど……。俺、暗闇に座り込んでるお前の傍らに女の子が倒れているのを見た瞬間、とうとうやってしまったのかと冷や冷やしたんだよね」
「失礼だな。僕だって子供じゃない。自制ぐらい出来る」
「そう願いたいけど……実際危なっかしいトコがあるのは自覚して欲しいな?」
ランディリックの家門、ライオール家には時折突然変異のように血を求める子供が生まれてくる。
ランディリックが正にそれで、幼い頃は誰かの血を見る度に舐めたいという衝動を抑えるのに苦労した。
上二人の兄よりもランディリックがライオール家で疎まれた理由のひとつがこの特性のためだったりする。
『騎士団に入るのは大いに結構だが、家名を汚すような真似だけはするな』
家を出て騎士団に入りたいと申し出たランディリックに、父テレンス子爵から言い渡されたのはその一点のみだった。
互いの母親が親友同士だった縁で、それこそ物心がつく前から交流があったウィリアムは、ランディリックの異常性も知っている数少ない部外者だ。
両親や家令らの目が行き届かない場所――特に学校などで発作が起きそうになった時、何度ウィリアムに助けられたことか。
***
「林檎のお嬢さんも十は超えたかな」
「バカ言え。まだ九つだ」
「わー、一度しか会ったことのない女の子の年齢を指折り数えてるとか……相変わらずストーカーチックで気持ち悪いね。俺が心配してるのはそう言うところだよ、ランディ」
「うるさいぞ」
そんな会話をしながら近付いてきたウィリアムが、ランディリックの傍へ腰かけると、すぐさまライオール家の執事が温かな紅茶を淹れてくれる。
「有難う、セドリック」
ウィリアムの謝辞に一礼すると、セドリックが後方へ下がった。
ウィリアムはテーブル上の皿に乗せられたスコーンの山から頂点に君臨していたひとつを手に取ると、腹割れ部分からさっくり半分に割った。
そうして片側にクロテッドクリームとラズベリージャムを、もう片側にラズベリージャムのみをたっぷり塗って、ジャムだけの方からかぶりつく。
「キミが食べるのを見ていると、ジャムも美味そうに見えるから不思議だ」
ランディリックは基本的に果物が苦手だ。食べられないことはないが、好きではない。
だからライオール家でジャムが供されるのは客人が来た時に限られるのだが、ランディリックと違ってウィリアムは果実全般をこよなく愛している。
「実際甘酸っぱくて最高だって思って食べてるんだ。そう見えるのは当然だよね」
クスッと笑ったウィリアムへ、あからさまに眉根を寄せると、ランディリックは牛乳から作られたクロテッドクリームのみを載せたスコーンを一口かじった。
「僕はクリームだけの方が好みだ」
「ジャムあってこそのクリームだと思うけどな?」
「同意しかねる」
スコーン自体に仄かな甘みがあるから、ランディリックはこれだけでも十分だと思っているのだが、ウィリアムは違うらしい。
「ウィル、僕たちはどこまでも相容れない幼なじみのようだ」
「バカだなぁ、ランディ。それがいいんじゃないか」
実際食べ物の好き嫌い同様、女性の好みも違う。
二人で一緒にいて何かの奪い合いになることは皆無だったから、無闇な争いに発展せず済んだのかも知れない。
ふと庭に植わったミチュポムの若木を見遣りながら、ランディリックは(あれに真っ赤な実が結ばれる頃には、幼かったあの少女も美しいレディへと成長してデビュタント――社交界デビューする十六歳から十八歳までの男女――入りを果たすだろうか?)と考えてしまう。
その際のエスコート役はどんな男がするのだろうか。
大抵は親しくしている同年代の貴族の息子などが選ばれるものだが、例外として婚約者がキャヴァリエを務めることもある。
(何かモヤモヤするな)
あの馨しい芳香を放つリリアンナの横には、どんな男もふさわしくないと思えた。
「美味しいものを食べているってのに浮かない顔だね、ランディ」
目敏くその気持ちへ気付いたウィリアムにクスッと笑われて、ランディリックは小さく吐息を落とした。
自領ニンルシーラは美しい土地だが、ひとつだけ不満があるとすれば、王都から遠いことだ――。