テラーノベル
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朝のFORSAKEN本部――。
総務・財務統括オフィスには、紙をめくる乾いた音だけが延々と響いていた。
ペラ。
ペラ。
ペラ……。
その中心で、アズールは机に積み上がった報告書を無表情に読み続けている。
ウィザードハットの影から覗く目は、今日も完璧な“死んだ魚”。
「……信じられませんね」
低く、冷え切った声。
「新人二名による新作ブレッド。販売開始から三日で売上目標二〇〇%超過ですか」
机の上には、
『暗黒厨房・新作ブレッド販売実績報告書』
の文字。
1eggsとジョンドゥが共同開発した新作パンは、魔界中で異常な大ヒットを起こしていた。
外は行列。
転売騒動。
「食べると脳が幸福で焼ける」と口コミが暴走。
完全に社会現象だった。
「……合理的成果としては、非常に優秀です」
アズールは淡々と言う。
「1eggsの異常な素材管理能力。そしてジョンドゥの狂気的な捏ね技術。この二つの融合が数字として結果を出しています」
「当然だろ」
1eggsは腕を組みながら鼻を鳴らした。
「俺の計算は完璧だからな。発酵温度も糖度も水分量も、全部1ミリ単位で調整してんだよ」
その隣でジョンドゥがにこにこ頷く。
「うん♪ でもね、1eggsへの想いを込めて捏ねると、生地ってもっと柔らかくなるんだよ〜」
「余計な概念混ぜんな」
アズールは静かにメガネを押し上げた。
「……では、本部正式メニューとして永久登録します」
机に置かれる300ページの『正式メニュー登録申請書』。
「確認ですが、1eggs。あなたの提出した仮タイトルは――」
アズールがページをめくる。
「『魔界漆黒ハチミツの極限熟成ブレッド』。これで間違いありませんね?」
「おう」
1eggsは満足げに頷いた。
「俺の最高傑作だからな」
「ですが」
アズールの声が、さらに二度ほど冷える。
「最終提出版は、名称が変更されています」
「……あ?」
書類が机の上へ滑らされた。
そこには、異様に達筆で、異様に感情が重い文字でこう書かれていた。
――『1eggsへの愛の熟成ハニーブレッド』
「……………………は?」
空気が止まる。
1eggsの脳も止まる。
隣でジョンドゥが、ぱぁぁっと花みたいに笑った。
「えへへ♪」
白い頬が桃色に染まる。
「だってあのパンね、僕が毎日1eggsのこと考えながら、生地をいっぱい愛して捏ねたから完成したんだよ?」
右腕のミキサーが嬉しそうに回転を始める。
ブォォォン♪ ブォォォォン♪
「だから“愛の熟成”が正式名称なの!」
「正式じゃねぇよ!!!」
1eggs絶叫。
顔面真っ赤。
耳まで真っ赤。
肋骨の奥で心臓がドッドッドッドッと壊れたコンロみたいに暴走している。
アズールは深くため息をついた。
「……業務書類に私情を混ぜ込むのはやめてください」
胃薬を机に置く。
「ジョンドゥ。不純文書偽造により減給です」
「えぇ〜」
「あと、この名称のまま登録した場合、組織の品位が死にます」
「もう死んでるだろ!!!」
1eggsのツッコミが炸裂した。
その勢いのまま――
ガァァァンッッ!!!
金色のフライパンが振り抜かれる。
衝撃波で申請書が宙を舞った。
300ページの書類が雪みたいにオフィス中へ散乱する。
「あ」
アズールの死んだ魚の目が、さらに死ぬ。
しかしジョンドゥだけは幸せそうだった。
「わぁ……♡」
フライパンの風圧で前髪を揺らしながら、うっとり頬を染める。
「1eggs、怒った顔すっごく可愛い……」
「可愛くねぇ!!!」
「そのフライパンの愛、僕の生地の奥まで響いちゃった……♡」
「全部脳内変換すんな!!」
限界だった。
1eggsはジョンドゥの襟首をガシッと掴む。
「来い!!」
「えっ♡」
「ちょっと裏来い生地野郎ォォオオ!!」
そのままズルズル引きずっていく。
ジョンドゥは抵抗しない。
むしろ超嬉しそう。
「わぁ……♡ これって人間界BL本で見た、“秘密のお仕置きタイム”ってやつ!?」
「物理制裁だっつってんだろォォォ!!」
「朝まで捏ね合う感じ?」
「捏ねねぇよ!!!」
ミキサーが歓喜で暴走する。
ブォォォォォォォン♡♡♡
二人はそのまま厨房裏の暗闇へ消えていった。
静寂。
紙吹雪みたいに散らばった申請書。
床には、
『1eggsへの愛の熟成ハニーブレッド』
の文字。
アズールはしばらく無言だった。
そして。
深く。
深く。
世界の終わりみたいなため息を吐く。
「……なぜ私が、魔界組織の財務管理をしながら新人カップルの暴走発酵を処理しなければならないんですかね」
胃薬を飲む。
水なしで。
「……本当に胃が痛い」
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