「誰がプリンセスやねん……」
そんな事を呟きながら、オレはブーイングの響く花道をゆっくりと歩き出した。
「ブゥーーーッ! 引っ込めーっ! 新人が栗原の相手なんて、百年早いぞー!」
「ブゥーーーッ! 今からでも遅くねぇ~っ! 竹下と代れーー!」
「荒木か木村でもいいぞーーっ!!」
予想通りの大ブーイングだな……
ムリもない。人気実力共にナンバー1と言われているかぐやの、約四ヶ月ぶりの試合だ。無名の新人が相手では、ファンも納得出来ないだろう。
「お、お兄ちゃん……」
苦笑いを浮べるオレの背中に、舞華が脅えるように張り付いて来た。
「ま、舞華……だから人前でお兄ちゃんはやめて……」
「うっ……はい……」
まあ、これだけ騒がしければ、周りには聞こえないだろうけど、万が一にも全国放送での男バレは勘弁してほしい。
「それから、ちょっと離れようか」
「で、でも……」
ブーイングにスッカリ脅えている舞華。
しかし、そんなに密着されると、背中に当たるから……ジャージ越しでも判るくらい、大きくて柔らかいモノが……
「たくっ! アニキの実力も知らないで、言いたい放題言いやがって」
「ホントに……お兄様の試合を観て、腰を抜かすがいいですわ」
そんな舞華とは対象的に、脅えるどころかふてぶてしいくらい平然としている美幸と愛理沙。
キミ達もアニキとお兄様は止めようね。
とはいえ……予想はしていたけど、このブーイングには結構なプレッシャーだな。
それでも何とか平静を装いつつ、オレはトップロープを飛び越えてリングインした。
そしてセコンドの舞華達が、オレの上着を脱がせたり、セコンドグッズをリンク下に仕舞ったり、リングへの階段を外したりと試合に向けて準備を始める。
それを確認して、智子さんは再びマイクを口に近付けた。
『続いて赤コーナー! 月から舞い降りたのは、わたしが先。現代に甦った華麗な美技のかぐや姫! 栗原かぐや選手の入場ですっ!』
対面の入場口から赤コーナーまでの花道がライトに照らされ、幻想的な琴と笛の音色が響く。
そして始まる『かぐやコール』の大合唱。そんな中、ゆっくりと姿を表すのは紅い十二単をイメージした衣装と、市女笠から垂れる薄い絹布で顔を隠したかぐや。
平安貴族を思わせる静かな足取りで花道を進むその姿は、まるでお伽話のワンシーンを切り抜いたように幻想的だった。
テレビで観ていた時は『またムダに金を掛けて派手な事を……』などと思っていたもんたけど……
リングに掛かる階段の前まで来ると一旦立ち止まり、セコンド達が衣装を抑える。
ワンタッチで脱着可能な十二単――かぐやが階段を登り出すとスルリと衣装か脱げて行き、露出度の高い朱色の試合用リングコスチュームへと変身していった。
そのままトップロープを飛び越えてリングに入り、割れんばかりの大声援に高々と両手を挙げ応えるかぐや。
そして、その声援が一段落した所で、マイクを持った智子さんが一歩前に出る。
『これより本日のメインイベント。六十分一本勝負を行います! ――青コーナーッ! 160センチ112ポンド! 佐野ぉっ、ゆつぅきぃぃーっ!!』
オレが一歩前に出て片手を上げると、途端にブーイングの大合唱……分かっていたけどね。
『続きまして赤コーナーッ! 165センチ115ポンド! 栗原ぁっ、かぐぅやぁぁぁーっ!』
かぐやが一歩前に出て片手を上げると、途端に大声援の嵐……分かっていたけどね……でも、悲しくなんてないんだからね、グスン。
てゆうか、かぐや。お前、体重サバ読み過ぎだろ! ホントは121ポンド……55キロは軽く超えてるくせにっ!
脂肪と筋肉では筋肉の方が圧倒的に重い。同じような体型でも、一般人とアスリート――特にプロレスラーとでは、どうしてもプロレスラーの方が重くなるのだ。
そんな事を考えながら、レフリー役の智子さんからボディチェックを受けるオレとかぐや。
一通りのチェックが終わると、智子さんがルールの説明を始める。
「今さらだが一応形式だからな、ルールの説明をするぞ。勝負判定の分類は、ピンフォール、ギブアップ、ノックアウト、場外リングアウト、レフリーストップ、ドクターストップ、反則5カウント、無効試合で決められる。時間切れや両者リングアウト等は引き分けだ。ピンホールは両肩がマットにつき3カウント。ノックアウトは10カウント。場外カウントは20カウントだ」
智子さんの言う通り、今さらの説明だな。
「ちなみに、場外カウントはメンドいから、なるべく場外では戦わないように」
そして相変わらずの手抜きレフリーだな……
「それからこれは、今回の特別ルールだが――」
特別ルール? そんなの聞いてないぞ。
「佐野は栗原の衣装の中に手を突っ込んだり、胸を揉みしだいたりしたら反則を取るぞ。あと胸や股間に顔を埋めるのも無しだ」
「っんな事するかっ!!」
思わずツッコミを入れたけど、智子さんはソレを完全にスルーして、今度はかぐやの方へ顔をむける。
「そして栗原の方は、金的への攻撃は反則だ」
「えっ? う、うそ……」
「うそ……じゃねぇよっ! 当然だよ! なにショック受けたように驚いてんだよっ!!」
「チッ……」
なに舌打ちしてんだお前は……
「ちなみに、どさくさ紛れにキスするのは3回までは見逃す」
「するかーっ!」
「しませんよっ!」
「そうか……じゃあ、必要以上にイチャこいたら没収試合にするからな――まっ、わたしからは以上だ。双方コーナーに戻って」
言いたい事だけ言って、話を打ち切る智子さん。
だから、しないちゅうねんっ! などと、声をハモらせながらオレとかぐやは自分のコーナーへと戻った。
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