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「着いた…」
若干、嬉しさよりも疲労感のにじむ声をこぼして優吾は両手を伸ばす。
長い飛行機の旅を終え、無事にジョン・F・ケネディ空港に着いた3人。
「…時間、1時間しか経ってない」
大我が腕時計と空港の時計を見比べて、ぽつりと言った。
「海外だから、時差っていうのがあってね。アメリカより日本の方が時間が早いんだよ」
優吾の説明に、そうなんだ、とうなずいた。
「とりあえず…ホテルの前にパパの家行こうか」
ジェシーはスーツケースを引っ張って歩き出した。それに2人もついていく。
「大我、日傘さして」
大我はポケットからサングラスを出し、日傘を開いた。紫外線対策には抜かりないようにしないといけない。
「こっから近くの駅まで行って、電車に乗るよ」
そしてしばらく行き、3人は地下鉄に乗った。
「…暗い」
走り出すと、大我がつぶやく。
「うん、今地下を走ってるからね」
優吾が説明する。「あっそうか、大我って電車乗るの初めてか。でも大丈夫だよ、すぐ着くし」
何駅か過ぎると、「降りるよ」とジェシーが声を掛けた。
プラットホームに降り立ち、地上へ上がる。階段の先には、ニューヨークの住宅街が広がっている。
「うわあ…」と大我がぐるりと周囲を見渡して、感嘆の息を漏らす。
「優吾くんは、来たことあるの?」
「うん、何回かあるよ」
そうして歩いていくと、赤レンガ造りの建物の前でジェシーは立ち止まった。どうやらアパートのようだ。
「ここが、俺のダディーが住んでる家。Come on!」
中に入って進むと、あるドアをノックする。
すると、少しして男性が顔を見せた。ジェシーを認識すると明るく笑う。ウェルカム、と彼は言った。
3人が来ることは伝えてある。家の中に通され、リビングに入った。
「じゃあまず手を合わせようか」
リビングの隅の棚の上には、写真立てと花瓶が飾ってあった。その前に座り、ジェシーは両手を合わせて静かに目を閉じた。
2人もそれに倣う。大我は少し戸惑ったような顔だった。
写真では、ジェシーの母親が優しい笑みで写っていた。
そして大我は、それをじっと見ていた。
立ち上がってソファーに座ると、父親がコーヒーをテーブルに置く。優吾が礼を言って、カップを取る。大我も同じようにした。
すると、父親はジェシーに向かって何か英語で言う。それに答えると2人を振り返り、
「大我はどういう関係なのかって訊かれたから、保護したんだって答えた。なんか、ママに似てるねって」
「ジェシーのお母さんに?」
優吾が訊いた。ジェシーの翻訳を聞くと、うなずいた。
「そうかなぁ、髪色も瞳の色も全然違うけど…」
その後は、仕事や3人の弟たちのことを話した。
だんだん緊張がほぐれてきたのか、大我の表情も柔らかくなる。
ひとしきり近況を報告し終えたあと、そろそろ出ようか、となる。2人が腰を浮かしかけたとき、大我が口を開いた。
「あの写真の人って誰ですか?」
父親に訊いたつもりだろうが、ジェシーが答える。
「俺のお母さん。俺を生んだあとに事故で亡くなったそうなんだ。ちっちゃかったから全然覚えてないけど」
大我は表情を変えることなく続ける。
「どうして、亡くなった人の写真があるの?」
「日本にも海外にもね、亡くなった人を大切にするっていう文化があるんだ。大事な家族だからね」
「確か、ジェシーのお父さんと結婚する前には別の旦那さんがいたんだよね」
優吾が口を挟んだ。
「ああ、その人との間にも子どもがいたらしい。けど詳しいことは聞いてないよ。会ったこともないし」
ジェシーは肩をすくめ、「じゃあまたね」と父親とハグをして家を出た。
大我は、相変わらず口数が少ないが、どこか考えにふけっているようだった。
続く