ドアの前で、躊躇する。
このドアを開ければ、彼の部屋。
お互いのプライベートな空間。
同居を始めてだいぶ経つけど、お互いに踏み込まないようにしてきた空間。
ドアに掛かったやたら可愛い『りょーか♡』の黄色いプレートが、何とも言えない。
いや、俺の所にも掛かってるけど。
同じデザインで青いプレートの『ひろと☆』が。
掛けてったのは、元貴だ。
「えーい、ままよ!」
バーンとドアを開け放つ。
「おわっ。」
いきなり散らばったメモ用紙に出迎えられた。
一枚拾って見れば。
「楽譜…。」
休止前にやってた曲の一部。
アレンジがされてる。
「キーボードないのに、よくやるよ。」
今、楽器は全部、元貴の所だ。
ベッドの上には、丸まった布団と、ゲーム機。
絶対ベッドでやって、寝落ちしてんな。
あっちにもこっちにも落ちてる物は、目に入れないようにしてクローゼットの前まで来る。
開けっ放しの扉、突っ込まれた衣類。
季節外れなのも、チラホラ見える。
「えっと?下着と、パジャマと?」
服はどれだ、これでいいか?
「だぁー!」
崩れるな!帰って来たら、絶対片付けさせる!
何とか元貴に頼まれてた物を揃えて、部屋を出ようとする。
振り返った視線の先には、黄色のガムテープが巻かれた段ボール。
「…何入ってんだか。」
衣類を抱え直して、俺は部屋を出た。
「これ。」
玄関先で、元貴にバックを手渡す。
「お、ありがとう。りょうちゃんだと、オレの服のサイズ合わなくてさ、困ってたとこ。」
バックの中身をちらりと覗いて、元貴はバックを持ち直した。
「なんでサンダルなん。」
足元を見た元貴が笑う。
「スニーカー、洗ってる最中。昨日の雨で。」
今日中には乾くだろ。
「てことは、見つけてはいたんだな。本当、何やってるのよ、君らは。」
「あっちが、悪い。」
迎えに行って、拒否られるとか。
膨れっ面の俺を見て、元貴が俺の頬を突いた。
「そんなんだから。」
「何が!」
どんなんだよ!
部屋の遠くで、声がする。
「ちょっとうなされ気味。下がるまでこうかも。」
「…顔だけ、見てっていい?」
「それもダメ。オレがそばにいるのも嫌がるんだもん、『感染るから』って。何?心配?」
俺が?アイツを?
「そんなんじゃねぇし!」
何でそんなこと言った、俺!
「帰る!」
「はいはい、また連絡しますねー。」
手を振る元貴に背を向ける。
微かに聞こえきたアイツの声は、誰かに謝ってて、それが俺をイラつかせる。
「誰に謝ってんだよ。」
謝るようなこと、したのかよ。
何でもかんでも、自分が悪いと思い込みやがって。
「あーもう!」
頭を掻き毟って、空を見上げる。
昨日の雨が、嘘みたいに晴れてた。
コメント
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これ、とある一文で、帰って来ると信じて疑わない彼の気持ちが分かるんですよね…