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濁流が渦巻く暗渠の中は、冷気と泥の臭いに支配されていた。
激しい雨の影響で水位は腰の高さまで上がり、一歩間違えれば、そのまま地下の迷宮へと流されかねない。
俺は脇差を口に咥え、壁に突き出た錆びた鉄筋を掴みながら、一歩ずつ都庁方面へと進んだ。
「…っ、ぐ……」
左肩の傷が冷たい水に晒され、感覚が麻痺していく。
だが、この水流の先にある「死の供給源」を止めなければ、地下に潜む仲間たちは一時間と持たないだろう。
どれくらい進んだだろうか。
頭上から、微かなエンジンの振動音が伝わってきた。
志摩が言っていた大型特殊車両の真下だ。
俺は排水溝の錆びた梯子を登り、マンホールの蓋の隙間から地上の様子を伺った。
そこは都庁前の広大な地下駐車場。
厚い防護服に身を包んだ『黒い百合』の工作員たちが
特殊車両から地下の通気口へ太いホースを繋ぎ、高濃度の神経ガスを送り込んでいた。
「……見つけたぜ」
俺は音もなくマンホールの蓋をずらし、闇に紛れて這い出した。
雨音とエンジンの振動が俺の足音を消してくれる。
背後から一番近い工作員に近づき、脇差の峰で首の付け根を強かに叩く。
声も上げさせずに沈め、その腰から手榴弾を抜き取った。
だが、その時
「……鼠が這い出してきたか。黒嵜和貴、相変わらずだな」
駐車場の柱の影から、一人の男が姿を現した。
神崎の秘書を努めていた男、影山だ。
眼鏡の奥の瞳は、主を失ったことでより冷酷な狂気を宿している。
「影山……お前らがやっているのは、掃除じゃねえ。ただの虐殺だ」
「掃除と虐殺、紙一重ですよ。この国に不要な『ノイズ』を取り除く。それこそが組織の真理だ」
影山が手を挙げると、待機していた狙撃兵たちのレーザーサイトが、俺の胸元に集中した。
「……爆破しろ。この駐車場ごと、すべてをな」
俺は手榴弾のピンを抜き、影山に見せつけた。
「ここで俺が手を離せば、ガス車は誘爆する。お前らも、この都庁の下も、タダじゃ済まねえぞ」
「……正気か?君も死ぬことになる」
「……新宿の野良犬はな、道連れを探すのが得意なんだよ」
膠着する沈黙。
雨音だけが激しく叩きつける中、俺は不敵に笑ってみせた。
地下の仲間たちに、一秒でも長く呼吸をさせるために。
残された時間は、あと2256時間
都庁の足元で、命を懸けた交渉が始まった。