テラーノベル
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手榴弾の安全ピンを抜いた指先に、全神経を集中させる。
雨水が睫毛を濡らし、視界を遮ろうとするが
正面に立つ影山の冷徹な眼差しからは一瞬たりとも目を離さない。
「……君一人を消すために、ここまでのリスクを冒す価値があると思うかね?」
影山が静かに問いかける。
その背後では、防護服の工作員たちがホースの圧力を調整し、地下へ「毒」を送り続けている。
「俺一人の価値じゃねえ。この下にいる何百、何千という『命』の総量だ」
俺は一歩、また一歩とガス車の方へ近づいた。
狙撃兵たちのレーザーサイトが、俺の心臓付近を赤く焼き付けている。
引き金が引かれるのが先か、俺の指が弾けるのが先か。
「命の総量……。相変わらず、榊原の親父と同じ甘い考えだ」
影山が冷たく笑い、懐から一台のタブレットを取り出した。
画面には、地下道の監視カメラをハッキングした映像が映し出されている。
そこには、苦しみながらも避難を続ける山城や源蔵の姿があった。
「彼らが死ぬまでのカウントダウンは、すでに始まっている。君がここで自爆したところで、ガスが止まる保証はない。むしろ、爆風で通気口が完全に破壊されれば、彼らは逃げ場を失い、濃縮された毒の中で息絶えることになるだろう」
「……脅しのつもりか」
「計算ですよ。君が死ぬことで救われる命はゼロだ。だが、もし君が『ある条件』に従うなら、今すぐ供給を止めてもいい」
影山の提案。それは、俺を肉体的に抹殺することではなく、精神的に「屈服」させるための罠だった。
組織は、俺を殺すよりも、組織の一部として利用する方が「効率的」だと判断したのだ。
だが、俺の心は決まっていた。
親父が守ろうとしたのは、計算で割り切れる「効率」じゃない。
泥を啜りながらでも生きようとする、無骨な人間の「意地」だ。
「条件だと?……生憎だが、俺の耳は『組織の犬』の言葉を聞き取るようにはできてねえんだよ」
俺は敢えて足元のマンホールを蹴り飛ばし、大きな音を立てた。狙撃兵の意識が一瞬だけその音に逸れる。
その隙に、俺は手榴弾を握りしめたまま、大型車両の燃料タンクへと走り出した。
「撃てッ!」
影山の怒号と共に、駐車場の静寂が銃声で切り裂かれた。
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