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#溺愛
しめさば
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「ただいまー……」
「あ、ちょっとエウィン! うちに猫は入れないでって言ってるでしょ!」
「だ、だって、この子めちゃくちゃ人懐っこいし、大人しいから……」
「だってじゃないの! ほら、さっさとさよならしなさい!」
「ハクアさんがギャーギャー吠えるから、怯えちゃってるじゃないですか。よしよし」
「う……、だとしても家に入れないで。抜け毛の掃除って大変なのよ」
「ほらほら、見てください。こんなに大人しく抱っこされて、すごくないですか?」
「た、確かに……、かわいいわね。どこから連れてきたの?」
「モーフィスさんちの近くです。この子の方から近づいてきて、撫でてたら太ももに乗っかって……」
「鼻が綺麗な三毛ね。私が触っても抱っこされたままなんて、どれだけ人慣れしてるのやら」
「抱っこ出来る野良なんて、早々にいませんよ。すんすん、あー、猫臭い。でもそれが良い」
「あんたって、暇な時間はずっと猫を愛でてるわね。他にすることないの?」
「他にすることがあろうと僕は猫と戯れます。よしよし」
「かわいかろうと、それはそれ、これはこれ。さっさと出なさい」
「ちょ、ちょっとくらい、いいじゃないですか。この子だって、たまには暖かな家で夜を明かしたいでしょうし」
「あんたねー、言うことを聞かないと夕食抜きよ」
「え、それで許されるのなら構いません」
「く、こういう時のあんたって、たくましいと言うか、むかつくと言うか……」
「そうやって愚痴りながらも、猫を撫でるハクアさん。ほらほら、今回くらいは許してください」
「ダメなものはダメ。掃除する身にもなりなさい」
「明日は僕が掃除しますから」
「だ、だとしてもダメ。こうなったら……、ちょっと待ってなさい」
「あ、はい。行っちゃった、どうしたんだろう? おー、よしよし、ゴロゴロ言っちゃってまぁ」
「エウィン、さん?」
「アゲハさん、この子、ほら、触れますよ」
「とっても美人さん、三毛猫ちゃんだね」
「はい。大人しいし甘えん坊だし、運命感じて連れてきちゃいました。ところで、ハクアさんは?」
「わたしに、バトンタッチ。エウィンさんを、追い出せって……」
「なるほど。だがしかし、僕はこの子を離しませんよ。むしろもう飼う勢いです」
「すっかり、メロメロだね。うん、それくらい、かわいいと思う」
「さすがアゲハさん、ご理解頂けましたか。ハクアさんもデレデレだった癖に、追い出せ追い出せってうるさくて……」
「うん、わたしも、心を鬼にして、追い出すつもり」
「え⁉ そ、そこをなんとか……。ほらほら、ぱっちりお目目、綺麗なお鼻、ピンとした耳、全部かわいいですよ」
「うん、だけど、そろそろ帰ってもらって。さもないと……」
「さもないと……?」
「もう、焼きおにぎり、作ってあげない」
「そ、そんなー。今晩だけじゃなくて?」
「うん、ずっと」
「うぅ、それはずるいです。一食だけなら我慢出来るのに……」
そう言いながら、玄関の段差に座り込む。
抱いていた猫を太ももに乗せ換えた理由は、籠城戦の構えだ。
エウィンは最後の抵抗として、従う振りをしながらもこの猫を離さない。
三毛猫は嬉しそうに丸まっており、もはや相思相愛だ。
この光景に思うところがあるのか、アゲハが無言でその場を去る。
向かった先は台所。当然ながら、ハクアの手伝いに戻ったわけではない。
数分後、アゲハは再び現れる。
その手には、トカゲ肉の切れ端。ほんのりと白い理由は茹でた結果だ。
彼女は何も言わない。エウィンの隣を素通りすると、玄関の戸を開く。
三毛猫が耳をピンと立てて目を見開いた理由は、トカゲ肉を認識したためだ。
「ぽい」
「みゃみゃう」
追い出し作戦の勝利だ。
アゲハは当然のように玄関を締めると、無言のまま夕食作りに戻る。
この結果、エウィンはうなだれるしかない。
「うぅ、餌に負けた……」
心優しき猫好きよりも、肉片が野良猫の心を掴んでしまった。
一人取り残されたのだから、改めて三毛猫を捕まえることも出来る。
しかし、そうしない理由は敗北を認めたからか。
そもそも好物を人質に取られた時点で、この結果は必然だった。
エウィンは大人しく靴を脱ぐと、猫の毛を払ってから歩き出す。
入浴は夕食の前に。
これもまた、この家でのしきたりだ。