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鉄製の巨大な箱の中で、銃身が向けられる。撃鉄が針を打ち、雷管に散る火花は美しくて儚く、それでいて醜い。
弾丸は銃口から押し出され、目標へ向かって突き進んでゆく。
乾いた音である。
ごくりと唾を飲む、ひよりの喉が上下に揺れた。
そうだ、弾丸は私に目掛けて飛んできているんだ。
途端に足がすくむ理由を、ひよりなりに考えてみても、その原因はわからないまま夢は覚めた。
同日の15時頃、式場に響くクラッカー音と歓声に包まれながら、鷹野佑宝と吉見マリは、互いの唇の感触に微笑み、恥ずかしそうにはにかんでいた。
出席者の友人らは、スマホやカメラを向けながら、やいのやいのと囃し立てて笑っている。
ひよりと智明、そして共栄は、式場の隅からふたりの門出を眺めていた。
盛大な結婚式ではなく、少人数で行われた式は美しかった。
マリに支えられながら歩く鷹野は、松葉杖をつきながら、始終笑顔を絶やさずにいる。
ひよりの右腕と同じく、それはテロリストと闘った名誉の負傷でもあった。
ビンゴゲームでイルカの抱き枕を当てた共栄は、頬ずりしながらその戦利品をいたく気に入り、離そうとはしなかった。
ひよりと智明は、我が子を見つめながらそっと手を繋いだ。
こうしているだけで、ひよりは温かい気持ちになれたし、毎夜の悪夢も忘れることができた。
その時、突然聞こえたクラッカー音が、美穂の思考を停止させた。
これではいけないと我に返ったひよりは、シャンパンをグイッと飲み干した。
智明は、ひよりの身体を引き寄せて、
「ひより、無理しちゃ酔っちゃうよ」
「なあに、無理って?」
「いや、あの、まあ大丈夫だから!俺がついてる」
「なにそれ?」
「あれ、俺が酔ったかも、ひよりは平気?」
「うん、へいきへいき…じゃない…」
実際に、ひよりは酒が強くなかった。
直ぐに顔が赤らんで、呂律も怪しくなるのだ。
酔った自分の姿は、顔から火が出るくらいに恥ずかしかった。
それでも、繋いだ手から智明の体温は伝わってくる。
履きなれないヒールとワンピース、互いの太ももも触れている。
「最近エッチしてないな…」
アルコールのせいもあってか、ひよりはそんなことを考えていた。
東京ジェノサイド以来、情緒不安定になっているのはわかっていた。
もうひとり、子供が欲しい気持ちもあった。
そして、我を忘れるまで快楽に溺れたい願望もあった。
こんな感情は久しぶりだった。
「それでは!新郎の鷹野佑宝さんが尊敬してやまないという方に、ご挨拶をして頂きましょう!何かひとこと!元上司である鳥海ひより様、お願いいたします!」
司会者の声にひよりは驚いて、
「えぇーっ!?」
と悲鳴をあげた。
その素っ頓狂な声に、式場は笑いに包まれた。
司会者は続けた。
「さ、鳥海様、前へ!」
「えぇっ!?」
「さあさ、どうぞどうぞ」
モタモタするひよりに、鷹野が遠くから叫んだ。
「隊長!お願いします!!」
周囲から拍手で促され、ひよりはヨタヨタと歩きながら壇上へ上がった。
マイクを手渡された瞬間に、緊張で足が震えているのがわかる。
鷹野とマリは、にこやかにこちらを見ながら何やら話をしている。
ひよりは、今の正直な想いを伝えようと覚悟した。
「鷹野にマリ!たっぷり愛し合おうぜ!」
一瞬の静けさのあとで、会場は笑いに包まれた。