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⚠注意
① 引き続き,記憶の追憶です。苦手な方は回れ右をしていただけると幸いです。
② 「」が現実(?)のエマ達のセリフで,()が同じく現実(?)のエマ達の思考です。
③ []が記憶の中のエマ達のセリフで,〚〛が同じく記憶の中のエマ達の思考です。
④ アニメと漫画両方を加えていますが,アニメの方は,記憶が曖昧なので,おかしな部分もあるとは思いますが,ご了承下さい。
⑤ 原作にもアニメにもないセリフを,私が一部,入れています。
それでは,本編へどうぞ!!
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
カチ…カチ…と,静まり返った部屋に,時計が針を刻む音が響く。
その部屋に居るのはノーマンとレイの2人のみ。
フッと,レイは口角を上げ,歯を見せて笑った。
[何言ってる?どうしたノーマン。]
[……もう…わかっているでしょう?]
吐き捨てるように笑って言ったレイの言葉に,ノーマンは,無表情のまま,静かに口を開いた。
それに,思わず,レイも無表情になって押し黙る。
ノーマンは,左の指を3本立てた。
[罠を仕掛けた相手は3人。『ドンには僕のベッドの裏』『ギルダには2階トイレの天井裏』…君の前では,そう伝えた。]
スッと,ノーマンは左手を降ろすと,細めていた目を更に細くして,レイを真っ直ぐに見つめる。
[でも,実際は,ドンに食堂。ギルダに図書室と伝えてある。そしてレイ。君には僕のベッドの裏。]
そう言うと,ノーマンは,誘うように,でも,有無を言わせない口調で言葉を繋いだ。
[なんなら,今から他の2箇所も調べてみる?………と言ってもまあ,結果がどうなるかは……君が一番わかっているんじゃない?レイ。]
[………]
[ドンは濡れ衣を着せられただけ。]
確信したように,ノーマンはほんの少し,口角を上げた。
[内通者は君だ。──レイ。]
映像内のノーマンのその言葉に,コナン含め,小五郎達は一斉に現実のレイを見る。
すると,その視線に気づいたレイが,小五郎達を振り返り,そして───ニヤリと笑った。
同時に,映像内のレイの方も,諦めたように溜息をつくと,そのまま,ノーマンのベッドに腰掛け,ポスッと背中からベッドに倒れ込んだ。
左手を持ってきて,髪で隠されていない右目をその手で隠すと,歯を見せて,大きく笑った。
[くっ……ハハッ……ハハハハハッ!!!]
声を上げて思いっきり笑うと,レイは少しだけ腕をずらして左側に立つノーマンを見上げた。
[あーあ。上手くやってたと思ったのに。]
本当に残念だと思っているのか曖昧だったが,明らかに重くなった空気に,ノーマンは冷や汗を流した。
レイは体を起こしながら感心したように続けた。
[お人好しのお前なら,もうちょい騙せると思ってたけど……存外早く気づいたな。]
ベッドに腰掛けたレイは,左足を持ち上げて,右膝の上に乗せると,口角を上げてノーマンの言葉に肯定した。
[そうだよ。]
スッと右手を,ノーマンに差し出すように持ち上げる。
[俺がママの内通者(スパイ)だ。]
ノーマンは,表情を消した顔で,レイを見下ろす。
対して,レイは,イザベラと同じような,『鬼に加担する者』の顔で笑っている。
数秒間流れた沈黙を破ったのはレイだ。
右手を降ろしたレイは,その表情を崩さないままノーマンを見る。
[……いつから疑ってた?]
[シスターがハウスに来た日の夜。]
[あの晩すぐか……。]
レイの質問に,ノーマンは腕を組んで,柱に凭れ掛かりながらも,すぐに答えた。
レイは,納得したようにその日のことを思い出した。
ノーマンは,その様子を見て,吐き捨てるように笑う。
[**我ながら嫌気がさすよ。真っ先にレイを疑った。………友達なのに。**でも,レイが内通者(そう)なら,僕らは一番困るし,逆に,敵からしてみれば,**レイ=内通者(それ)**が一番いい。レイなら作戦にまで口を出せる。事態制御の面から見ても完璧だ。]
笑みを消したノーマンは,スッと目を細めてレイを見る。
[これ以上ない適任者だろ?]
[『だから疑った』…。それでまんまと罠にハマっちまったってわけか。]
そう。レイは今,正体がバレて劣勢であるはずなのに,ちっとも焦る様子がない。寧ろ,余裕そうである。
ノーマンは,そんなレイを見て,寂しそうに呟いた。
[“そうじゃなければいいのに”って…。“最悪の想定”だったけどね。]
そう言うと,ノーマンは,再び笑みを消して,組んでいた腕も解いた。
[ついでに言えばレイ。君,今回限りの即席内通者じゃないだろ。突然の密告や,即席のスパイを,ママがここまで信用するわけがない。]
ノーマンのその言葉に,レイはノーマンとエマが“標的”であると密告した時のことを思い出す。
食堂に向かう道中で,レイは,イザベラとわざとすれ違い,読み終えた分厚い本を手渡した。
その本を受け取ったイザベラが,不自然な隙間のあるページを開くと,一枚の紙が折り畳まれて挟まっていた。
イザベラは,その紙を開ける。
そこには,やはり,たった一言。
NORMAN & EMMA KNOW
と。日本語にすれば,『──ノーマンとエマだ──』ということだろう。イザベラは,スッと目を細める。
それに対し,ノーマンは,レイとはまた別のことを考えていた。
エマがイザベラに反応を見られた時。
レイにハウスの真実を打ち明けた時。
〚少なくとも,レイはあの日,既に敵(スパイ)だったし…〛
同じく,レイにハウスの真実を打ち明けた時。
その日の夜,イザベラに“お手伝い”を頼まれた時。
〚ママはあの日,既に内通者(レイ)を潜らせ,“特定”を済ませていた…。〛
ノーマンは,柱から背を離し,グッとレイに顔を近づけた。
近すぎるほどに。
だが,ノーマンもレイも気にしない。いつものことなのだろう。…………もし,これがクローネだったら,レイは避けていただろうが…。
[実際,レイはいつからママのスパイだったの?]
眉を寄せたノーマンの問いに,レイは笑みを深めて曖昧に答えた。
[ずっと前から。]
[…!]
[ずっと前から,ママのスパイだった。]
その答えに,ノーマンは一瞬,驚いたように目を見開いたが,次の瞬間には,キッとレイを睨みつけた。
[………スパイに限らず,ママの手下だったのか……!]
ずっと前と答えたレイの言葉は,曖昧なもので,ノーマンの期待していたものとは違ったが,そのたった一言で,ノーマンは,今回の脱獄の件の密告以外でレイがしていたことを悟ってしまった。
〚監視…保安…商品の向上……。レイはそも,ママが家畜(ぼくら)を統制する上で,望む方向に内から誘導する装置…!〛
[そう。]
ノーマンの心を読んだかのように,レイは右手で自身を指し示すようにした。
[要は羊飼いにおける牧羊犬さ。]
〚…………何食わぬ顔で…家畜(ヒツジ)のフリをして…何年も…ずっと………?〛
ノーマンは,レイの言葉に眉を顰めつつも,ゆっくりと体を離していき,もう一度レイを見下ろした。
[……装置(イヌ)もスパイもレイ一人だよね?]
[ああ。]
[全部知っていて,農園(ママ)に加担してきたってわけ。]
[ああ。]
そして,もう一度,レイに顔を寄せた。
[全て嘘だったの?]
ノーマンは,レイにハウスの真実を打ち明けてから,レイが言ってくれたことを思い出す。
〘何があった?〙
そう言って,エマとノーマンを心配してくれた時。
〘止めろよ!死ぬぞお前ら2人共!〙
“全員”言った2人に対し,2人が皆を庇って死ぬことを危惧してくれた時。
〘放っとけるわけねぇだろ。〙
“全員”には反対していても,2人のためにそばに居ると言ってくれた時。
〘やるからには勝つぞ!〙
そう言って,気合を入れてくれた時。
〘ママとシスターを……〙
“全員”を連れ出すために,大人2人をも殺すつもりだと言外に言ってくれた時。
〘思い当たることがある。〙
そう言って詰んでしまいそうだった発信器の件を引き受けてくれた時。
〘いいか?誰もが俺みたいにソッコーで信じると思うなよ?〙
何気に,ドンとギルダのことも心配して言ってくれた時。
グッと,ノーマンは,眉根を寄せた。
[聞きたいことは山ほどある…。でも,ママに何をどこまで話した?発信器は壊せるんだよね?]
[それを聞いてどうする?返答次第で俺を切るか?]
[切らないよ。]
相変わらず,余裕の笑みを向けているレイから,ノーマンは,もう一度顔を離した。
[レイには今まで通り,僕らのそばにいてもらう。**…… “レイを通して制御できている”。**それでママが標的(ぼくら)の即出荷しないでいるなら,レイを手放すのは僕らにとってシンプルに危険だもの。]
[…………]
レイを見下ろして言ったノーマンに,レイは,その顔から表情を消した。
逆に,ノーマンは薄く笑って,両手を合わせる。
[よかったね。君は露見(ミス)を隠し通せる。ドンに濡れ衣着せてまで内通(スパイ)続けたかったんだろ?]
[………何が望みだ?]
[3つ。]
表情を落とし,探るようにノーマンを見つめて問い返したレイに,ノーマンも,もう一度表情を消して,指を3本立てた。
[①今まで通りそばにいて,僕らの安全を保証すること。②レイが持っている全情報の開示。③寝返って。]
[…!!]
ノーマンから提示された3つ目要求にピクリと反応したレイに,ノーマンは腕を後ろに回して微笑んだ。
[今度は僕のスパイになってよ。]
[俺を切り札にするつもりか。]
[うん。]
[馬鹿か。お前。]
驚いて聞き返したレイの言葉に,当たり前かのように肯定したノーマンに,レイは眉を寄せて吐き捨てるように言った。
[最初(ハナ)からそれが目的なら,黙って敵(オレ)を利用すべきだ。脅しだの交渉だの,余地は一切与えるべきじゃない。有無を言わせず利用して,いざ決行で切り捨てる。そっちのが確実だろ。]
[そうなんだけどね……。]
レイが言った,この場での“最善”に,ノーマンは,思い出すように天井を見つめた。
レイはキョトンと不思議に思いながら,ノーマンを見上げる。
ノーマンは天井を見上げたまま,目を細めて一言,呟いた。
[『一緒に育った家族だもん』って…。]
〚…………………エマか…。〛
天井から目を離し,ニコリとレイに微笑みかけたノーマンに,レイは,表情は変えず,ポツリとそう思った。
ノーマンは,ベッドサイドにある小さな引き出しに腰掛けると,[だから僕も気が変わった。]と呟いた。
[僕もレイを信じたい。敵である前に,友達だって。]
[………]
無言でノーマンを見つめるレイに,ノーマンも表情を消して,真っ直ぐに,そして,射貫くように,レイを見つめた。
[それに,ずっと気になっている不可解もある……。]
続きを待つかのように黙ったままのレイに,ノーマンは確信したように言葉を続けた。
[リトルバーニー隠したの,レイだよね?]
真剣にレイを見つめて言ったノーマンのその言葉は,既に想定済だったのか,全く表情を変えないレイに,ノーマンが代わりに,物思いに耽るような表情になる。
[僕らのために…。]
次いで,ノーマンはもう一度レイを真っ直ぐに見つめた。
[レイがこの脱獄を仕掛けたんでしょう?]
疑問形だが,確信したように言ったノーマンの言葉に,レイは,コニーが出荷された日のことを思い出した。
〘コニー。〙
〘!…あ!レイ!〙
リトルバーニーを抱いて部屋に一人でいたコニーに,レイは話しかけた。
レイの姿を捉えたコニーは,嬉しそうに微笑んでレイに駆け寄る。
少し笑ってそれを受け入れてくれた兄に,コニーは,ほわほわと嬉しそうに微笑えんだ。
コニーの頭を優しく撫でてあげたレイは,ふと,何かに気づいたように手の動きを止め,代わりにその手を,コニーが抱いているリトルバーニーに向けた。
〘コニー。そいつ抱えたまま,里親(おやご)さんに挨拶すんのか?〙
〘え?〙
レイ言葉に,コニーはポワポワとその情景を思い浮かべた。
そして,顔を真っ赤にして慌てふためく。
〘あわわわわっ…!〙
〘ははっ…だと思った。〙
レイは軽く笑いながら,もう一度コニーの頭を優しく撫でた。
そして,膝を曲げてコニーの目線に合わせる。
〘大丈夫だ。俺が,トランクの中に上手く仕舞っといてやるから,みんなのことに行ってきな。みんな,お前を待ってるんだ。〙
レイのその言葉に,コニーは目を輝かやかせ,大きく頷いて,リトルバーニーとトランクをあっさりとレイに渡した。
〘うん!ありがとうレイ!〙
そう言って,コニーは,部屋を出て行った。
部屋を出ていくコニーを,少し微笑んで見送ったレイは,部屋の扉が閉まると,スッと笑顔を消し,リトルバーニーを見つめた。
ノーマンは,レイを真っ直ぐに見つめながら言葉を続ける。
[コニーを騙すことは難しくない。コニーと同室だったレイなら尚更だ。食堂に置いたLB…。エマが見つけなかったら,レイが見つけてエマに渡すつもりだったんじゃない?]
レイは未だ黙ったままだ。
ノーマンは,レイが言ってくれたことを思い出しながら続ける。
[あの日,レイが『まだ間に合う』って言ってくれなければ,僕らは門へ行っていなかった。レイは,僕らが僕ら自身で真実に辿り着くよう仕向けたんだ。この施設(ハウス)の絶対秘密の真実に…。]
そう言うと,ノーマンは,レイを探るように目を細める。
[100%ママの牧羊犬(イヌ)なら,そんな真似,絶対しないよね?]
レイはまだ喋らない。
ノーマンは仕方無しに,レイが喋ってくれそうになるまで続けることにした。
[……レイは僕らを制御してた。主に進度の調整だ。内側から,ママの意に沿うように…。**でも,同時にママをも制御してくれていたんじゃないの?**スパイの立場から最大限。僕らが,即出荷されないように…。]
真っ直ぐとレイを見つめて言ったノーマンに,レイは今度は,2人に真実を話してもらった後のことを思い出した。
年少者を抱えたイザベラが,いつもの大木で本を読んでいるレイの横を通る。
レイは,それを待っていたかのように,イザベラにだけ聞こえるように呟いた。
〘朗報だ。『全員で逃げる』って。だからママ。弟妹(だれか)一人でも抱えときゃ,奴ら,逃げられないよ。〙
イザベラは,それには返事をせず,飼育監の表情で薄く微笑むと,その場を後にした。
ノーマンは言葉を続ける。
[事実。本物のロープの在り処は密告していないでしょう?]
今度はイザベラと廊下ですれ違った時。
〘どこからどう逃げるかは決めかねてる。また探る。〙
イザベラはそれにも返事はしなかったが,口角を上げて微笑んだのはレイにもわかった。
ノーマンは,黙ったままのレイを真っ直ぐに見つめた。
[敵ならどうしてチャンスをくれたの?ママに背いて…。敵じゃないんでしょう?実際は。]
[…………]
[僕らを致命的に不利にする情報はママに流していないし,発信器も壊せる。──違う?]
そこで一度言葉を切ったノーマンは,一度目を閉じた。
そして,ゆっくりと開く。
[ねぇレイ。レイはどうしてママの牧羊犬(イヌ)をやっているの?]
ノーマンのその問いに,レイはニッと笑うと,漸く口火を切る。
[志願した。自分から。]
[…!]
[いや…。『売り込んだ』の方がより正しいかな。]
[どうして…。]
[準備さ。]
[…!]
呆然と呟いたノーマンに,レイは笑みを消し,代わりに長い前髪の隙間から,ノーマンを見上げた。
その表情は,決意に満ちていた。
[全て…今,この脱獄のための準備…!]
[脱獄の…準備?]
[そう。]
スッと掌を上に向けて,レイはイザベラの牧羊犬(イヌ)になろうと決めた理由を話し出す。
[敵を知るにも,物を集めるにも,敵の懐が一番合理(いい)。だから俺は敵に自分を売った。]
[…………勝算は?あったの?]
[もちろんあったさ。]
ニヤリと笑いながら,レイは続けた。
[**『俺は農園(ママ)が手間隙かけて育てた金の卵(ハイスコア)。それを中途で刈り取ることは,ママもできることなら避けたいはず。』**取り引きを持ちかけたんだよ。案の定,ママは乗った。]
[取り引き…?]
[あの女は規則より利益だ。]
スッと,レイは右手の指を2本立てた。だが,それはやはり,ノーマンが使っている日本で主流の指の立て方とは違って,レイは,ドイツやフランスで主流の指の立て方だった。
[要求したのはザックリ2つ。①協力(シゴト)するから即出荷はしないで。……と,②結果を出したら報酬をちょうだい。]
[……報酬って…?]
[色々ガラクタさ。ハウスにないものなら取り寄せてもらえる。]
[…!!]
レイの言葉に,ノーマンは,ハッとして気がついたように,目を見開いた。
[何が手に入って,何が不可能なのか…!]
[ああ。試してた。『外』の世界を探る意味でも。結果,危険物でなきゃ大抵手に入れてもらえたよ。ただ……どれも旧型ばかりだったけどな。]
〚周到な準備……。〛
溜息混じりに言ったレイに,ノーマンは冷や汗をかきながら静かに口を開いた。
[じゃあ……発信器の壊し方に当てがあるっていうのも…]
[俺は現物を見てる。]
[…!!]
ノーマンの言葉を遮って,レイは続けた。
[実験もした。何年もかけて壊し方を突き止めた。]
そして,漸くノーマンの問いかけにハッキリと答えた。
[壊せるよ。]
[…っ!]
[断言する。発信器は確実に無効化できる。]
驚いて声も出ないノーマンに,レイはニヤリと不気味に笑って,誘うように両手を広げて差し出した。
[わかるか?今お前の目の前にいる俺は最強のカードだ。]
ノーマンは,目を見開いてレイを見つめる。
[…………ママを内側から刺せるポジション……発信器を無効化する手段──そして,全てではないが,お前が想像しうるよりはるかに多くの,脱獄に必要な情報を持ってる,最強カードなんだ。]
レイは,ノーマンの顔から目を離すと,左手で顔を覆って,呟くように,でも,少しづつ語尾を強くしながら口を開く。
[ハウスの正体に気づいたときから,ずっと準備してきた。誰にも…ママにも…お前らにも…気づかれないように…。そう。全部…お前ら二人を,殺させないためだよ!]
顔を覆っていた手をのけて,その指でノーマンを真っ直ぐに指し示したレイに,ノーマンは言葉が出てこず,凝視するしかなかった。
返事は求めていなかったのか,スッとあっさり腕を下ろしたレイは,**[話戻すぞ。]**と言った。
[俺は二人の敵じゃない。でも,味方でもない。愚策に手は貸せねぇから,立場明かさず,制御してた。]
[………]
[お前ならもうわかるよな?]
そう言うと,レイは,今度は右腕を横に出し,掌を上に向けた。
[条件次第だ。条件次第で,完全にお前の切り札になってやってもいい。全情報お前にやるし,お前の望む通り,ママに嘘を流してやる。]
[条件?]
[エマを騙せ。]
[…!!]
右手を降ろしたレイは,目を見開いて固まっているノーマンに構わず続けた。
[全員連れて行くフリして土壇場で切り離せ。連れて行ってもドン・ギルダまで。それ以外は置いて行け。]
[…………『全員』を諦めろってこと…。でも,エマ諦めないから,僕に『騙せ』と…。]
ノーマンはそう呟くと,悲しそうに眉を下げた。
[訓練で皆,予想以上に成長した…。レイだって言ってたじゃない…。アレ,本心だろ?それでも……]
[それでも弟妹(あいつら)が荷物だってことに変わりはない。]
ノーマン言葉を遮って言ったレイの言葉で,その場の空気が,ズン…と重くなった。
ノーマンは,睨むように,下からレイを見上げた。
[………助けてくれるって言ったくせに。]
[これが俺の“助ける”だよ。]
スッとベッドから立ち上がったレイは,ノーマンの目の前に立ち,左手を人差し指を立てて下に向けた。
そして,ハッキリと,残酷なことを口にする。
[できなけりゃエマもろとも農園(ここ)で死ね。]
その言葉に動じることなく,ノーマンは顔を上げてレイを見た。
[………僕らを死なせたくないんじゃなかったの?]
[どの道早々に死なれるんなら出荷(こっち)のがマシだ。……どうする?条件のむか?]
スッと目を細めたノーマンは,レイに真実を話した時のことを思い出す。
あの時ノーマンは,レイにこういったのだ。
〘どうする?僕もエマも正気じゃない。完全に血迷ってる。……………放っとけないだろ?〙
そう言うと,案の定,優しいレイは言い返せず,乗った。
だが,今回はそうも上手くはいかないらしい。
〚あの手の脅しはもう通用しないってわけだ……。切り札を完全に手に入れて,『全員』を諦めるか,切り札を諦めて,『全員』を邪魔されるか…。〛
暫くレイを見上げて考えていたノーマンだったが,ふと,諦めたように,はぁと溜息をつくと,**[わかった…。]**と渋々条件をのんだ。
だが,ノーマンは口ではそう言っても,頭では条件を飲むつもりは一切ない。
〚ここは嘘でも,条件をのんで──〛
[もし…]
ノーマンが立ち上がると,レイはその心を読んだかのように話しながら近づいてくる。
[今の言葉が,嘘だったら……]
[…!!]
ポンッとレイはノーマン肩に手を置き,ニヤリと笑って,見透かすかのように,ノーマンに顔を近づけた。
レイは,その続きを口にはしないが,言わんとしていることはノーマンにもわかる。
暫く目を見開いて固まっていたノーマンだったが,ニコリと笑みを浮かべた。
[わかってる。嘘じゃないよ。]
ノーマンがそう言うと,レイはあっさりとノーマンから離れると,口角を上げたまま,部屋を出ていった。
パタンッと,扉が閉まる音が聞こえると,ノーマンはレイが座っていたのと同じ場所に,気が抜けたように座り込んだ。
そして,両肘をそれぞれ,膝の上乗せる。
〚本当にレイが内通者だった……!でも,敵じゃなかった。………いや…それ以上だ。**発信器は壊せる。**確実に。**情報操作もできる。自在に。“拘束”にも有利。**だけじゃない。脱獄(こ)のために集めた情報……農園(てき)側の内情……。〛
そこまで思い返し,頭の中で整理したノーマンは,思わず手で口元を覆った。
〚**すごい…!なんて戦力(きりふだ)だ。これでまともに勝負できる…!**でも……〛
口元を覆っていた手をのけたノーマンは,グッと両拳を握り締め,眉根を寄せた。
〚**……“『全員』を諦めろ”…。レイは正論で,エマは無謀だ。**エマを騙すことは簡単で……レイを騙すことは難しい……。一番いいのは,多分……けど!!ああなりたいんだ…!救えるものなら救いたい!!〛
迷わず『全員』と言ったエマを思い浮かべ,ノーマンは顎に手を当てて考え込んだ。
ノーマンの部屋から出たレイは,誰とも鉢合わせることなく,食堂の食料庫に入っていった。
そこには,レイが予想していた通りの人物がレイを待っていた。
イザベラだ。
レイが入ってきたのを見て,イザベラは飼育監の顔で口角を上げた。
[遅かったわね。]
[ノーマンと話してた。]
扉を閉めながら答えたレイに,イザベラは微笑んだまま,目を細めた。
[それで?標的(あのこたち)は?]
[特に変わりなし。鬼ごっこ訓練に夢中。それよかあの補佐だ。また動き出した。気をつけた方がいい。]
[そう。私の忠告が効かなかったのね。残念だわ。]
ちっとも残念だと思っていなさそうなイザベラの前に,棚を背にして,レイは立ち止まった。
[シスターなんて呼ばなきゃよかったのに。アレ,俺への抑止(おさえ)でしょ?]
[………]
言葉を返さないイザベラに背を向けたレイは,後ろの棚を弄りながら言葉を続けた。
[抜かりがないのはいいけど悲しくなる。6年ママに尽くして,未だに警戒されているとはね。]
[万一のためよ。]
こちらも,先程のイザベラ同様,ちっとも『悲しい』などと思っていなさそうなレイにイザベラは口火を切った。
[あなたのこの6年の働きは素晴らしいわ。信用している。でも,そもそもあの日,あなたがちゃんと機能していれば,こんな事態(コト)にはなっていないのよ。]
口角を上げて,イザベラを振り返ったレイに,イザベラも,口角を上げた。
[確かに,ノーマンに錠前破りの真似事ができたなんて想定していなかったけれど,まさかあなたが留守番の一つも満足にできない無能犬だなんて思ってもみないじゃない。]
[悪かったよ。だから挽回したろ。内通(スパイ)をして。]
レイは笑みを消してイザベラを射貫くように見上げた。
[親友も売ったし,シスターの不穏も逐一伝えてる。報酬(ごほうび)はキッチリもらうよ。]
[ええ。勿論よ。“取り引き”だもの。]
そう言うと,イザベラは幼子に言い聞かせるように指を一本立てた。
[今取り寄せている。いつも通りあと2〜3日で届くわ。]
イザベラがそう言うと,レイはもう一度口角を上げて食料庫を出ていこうとした。
返事がなかったことに気を悪くすることなく,レイの背中を見送ろうとしたイザベラは,[あ。そうだ。]と思い出したように声を上げた。
その声にレイは足を止めて振り返る。
だが,そのまま行けばよかったとすぐに後悔した。
振り返ったイザベラの顔は,ニコニコと笑っていたのだ。………綺麗すぎるほどに。
何を言われるのかを瞬時に理解したレイは,そのままイザベラを無視して,逃げるように食料庫を出ようとしたが,ガシッと両肩をイザベラに掴まれ,ビクリと固まってしまった。
恐る恐る振り返ると,イザベラは,目が笑っていない状態で,優しく微笑んでいた。
〚…………………………器用な表情してんなぁ…。〛
と,早くも現実逃避をし始めたレイに,イザベラは更に笑みを深くした。
[レイ?……ねぇレイ?あなた,商品の一つも守れないのかしら?いつになったら守れるようになるのかしら?]
[……………………何のこと?]
あくまでとぼけるつもりらしいレイに,イザベラは肩を掴む手に力を込めた。
[聞いたわよ?トーマとラニが言いふらしていたもの。……図書室に行く途中の廊下でコケたんですって?おかしいわねぇ~廊下に転ぶような物って何かあったかしら?ねぇレイ?]
[……………………それ,俺じゃな…]
[レイ?]
[うっ…!]
ニコニコと笑うイザベラと,冷や汗を流して目線をウロウロと彷徨わせているレイ。
先に折れたのはレイだった。
レイは,イザベラの手を無理矢理振り解き,バッ!!!と勢いよく振り返った。
[し…仕方ねぇだろ!!コケたもんはコケたんだから!!怪我(キズ)はつけてねぇし,そもそもわざとじゃ…!]
[わざとじゃなくても気をつけなさいっていつも言っているでしょう!?それに,怪我(キズ)がつかなかったからいいってものじゃないのよ!?いい?あなたは“特上”の商品なの!少しでも傷物になったら満期出荷なんてされずに途中出荷されてしまうのよ!?いい加減自覚しなさい!!]
[自覚してるもんね!逆にしてないわけねぇだろ!!今までそれで怪我したこと殆ど無いんだからいいじゃねぇか!!コケるのは不可抗力だ!!別に本読みながら歩いてたわけじゃねぇんだからさ!!]
[だったら逆にどうして転んだっていうのよ!?確かに不可抗力ではあるけれど,あなたの場合は別よ!!コケ過ぎなのよ!毎年何回転んでいると思っているの!?]
[一昨年は63回!その前の年と去年は52回!他は60ピッタリ!今年は今の時点で38回だよ!!]
[ちょっと待ちなさい!私が知っている限り,今年は37回のはずよ!?いつ転んだの!!]
[転んだんじゃねぇよ!躓いたんだ!!木の根に!]
[同じじゃない!!]
[全然違う!!]
[じゃあどうして数に入れたのよ!!?]
[いっつもママがうるさいから一応数に入れただけだよ!!]
[あなたが反省しないからよ!!]
[当たり前だろ!?反省の余地なんてねぇんだからさ!!傷物になってねぇんだぞ!?]
[だからそれでいいわけじゃないって言ってるでしょう!?]
[それでいいんだよ!!]
食料庫からそんな声が聞こえてきて,ギルダとエマは,1階の方を階段から覗いた。
[…………またやってるわね。ママとレイ。]
[うん……。ていうか,レイ,よくママにまでああやって言い返せるよね。毎回思うけど。]
[…………気にしないようにしましょう。]
[うん…。そうだね…。]
若干,遠い目をして,エマとギルダはその場を離れた。
今までなら,ここの辺りで,小五郎辺りがレイに掴みかかっているところだが,今回は違う。
最後が最後だったし,今,コナン達の目の前では,映像と同じ状況が起こっているからだ。
「ハウスであれ程気をつけなさいって言ったのに,懲りずにドジるから今回もそうやって撃たれたんじゃないの!?」
「ハア!?んなわけねぇだろ!!撃たれたくて撃たれたんじゃねぇし,第一気をつけてても防ぎようはなかった!!」
「いいえそんなことはないわ!!絶対に防げたでしょう!?せめてかすり傷くらいになってた筈よ!!それだったらまだ私も怒らないわよ!!第一レイ!あなたは……」
「いいや!!絶っっ対に防げなかったね!!まあ,百億歩譲って!かすり傷だったとしても!ママは確実に口うるさく言ってた!!」
「言わないわよ!!」
「いーや言うね!!その証拠に,俺が過去にかすり傷で済んだ時,めっちゃ怒ってたじゃねぇか!!」
「当たり前よ!!あの時あなた,大したことは何もていなかったのに自分の体傷つけたじゃない!!それは怒るわよ!!いつも大したことないことでコケてるけれど!」
「ほら見ろ!!怒んじゃねぇか!!大体ママはそういうクソどうでもいいことに拘りすぎてるんだよ!!俺がどうなろうとママには関係無…」
「関係あるわよ!!それに,クソがつくほどどうでもいいことでもないわ!!第一,レイ!あなたはね,『自分のことはどうでもいい』と思いすぎなのよ!!あの時だって,その思考回路のせいで…」
「わー!レイ!ママ!落ち着いて〜!!」
「さすがにここではやめよう!二人共!!場所が場所だから!」
「お,落ち着け落ち着け!!喧嘩したってどうにもなんないだろ!!」
これ以上ヒートアップしてしまったら元も子もないと判断したエマ,ノーマン,ユウゴが慌てて止めに入った。
ユウゴがレイを,エマがイザベラを引き剥がし,ノーマンは2人の間に割って入って仲裁した。
それでコナン達もハッとして我を思い出す。
イザベラとレイはまだピリピリとした空気を放っている。(特にレイが……。)
そして,レイはプイッと顔を背け,ユウゴの後ろに回った。
イザベラは一瞬,苦しそうに顔を歪めたが,やはりそれも一瞬のことで,エマから離れて自身も顔を背けた。
そこで,悠然と一歩踏み出す者がいた。
佐藤だ。
本当に,物凄い肝と度胸である。
佐藤は,レイに視線を向けて,キビキビと口を開いた。
「全て……知っていたのね?知っていて…農園に加担してきた。」
「…ああ。」
佐藤の問いかけに,レイは牧羊犬としてノーマンやイザベラと話していた時と同じ笑みで笑った。
それを見て,耐えきれずに,小五郎がもう一度レイの胸倉を掴んだ。
「てめぇ……自分が何してたのかわかってんのか!!?」
「ああ。勿論。」
「てめぇは…見殺しにしたんだぞ!!?家族なんじゃなかったのかよ!!自分だって家畜だろ!?」
「現在形にしないでくれる?おっさん。……『家畜だった』って言ってよ。」
「今はそんなどうでもいい話をしてるわけじゃねぇんだよ!!」
小五郎が叫んでそう言うと,スッとレイが浮かべていた笑みを消した。
その瞬間,空気が凍りつく。
今まで以上だった。
ノーマンやエマ達も,小五郎達の言葉にキレて,何度も空気を凍らせていたが,その2人よりも,レイが放つ圧は圧倒的に重かった。
レイと何度も会っているコナンですら,驚きを通り越して恐怖すら出てきてしまう。
小五郎が動けずにいると,レイが静かに,静かすぎて恐怖を助長しているとしか思えない程,静かに,口を開いた。
「なあおっさん。あんた今,何て言った?………『どうでもいい話』だって…?ふざけんな…。それはどうでもよくねぇ話なんだよ!!」
バッ!!!と,記憶の中でイザベラの手を振り払ったよりももっと勢いよく,レイは,小五郎の腕を振り払った。
その表情は,怒りに満ちていた。
「俺達だって,食用児になりたくてなったんじゃねぇ!!何が食用だ!!何が商品だ!!俺達は人間なんだよ!!人間から産まれて,人間に育てられた,人間なんだよ!!『当たり前の日常が欲しい』『当たり前のように家族全員で生ていける世界に行きたい』『そんな生活が欲しい』それを願って何が悪い!?何がいけない!?確かにあんたらにとっちゃ『どうでもいい』ことなのかもしれない!でも!俺達にとっちゃ,『どうでもいい』どころか,『命をかけてまで手に入れたい未来』だったんだよ!!その中で……どれだけの家族が死んだと…殺されたと思ってる!!どれだけの家族の命が……失われたと思ってる!!こんなの……俺が言える立場じゃねぇけど…この際,ハッキリ言っといてやる。」
レイは一度にそこまで叫ぶように言うと,一度俯いて,それから,勢いよく顔を上げた。
「俺の家族を侮辱するな。……もう…二度と…。」
レイが,顔を歪めてそう言うと,ふわりと,後ろから,レイを優しく包み込む人物がいた。
ユウゴだ。
ユウゴはレイを包み込むように抱き締めた。
レイは顔を上げる。
だが,その顔は,先程までとは違い,迷子になった小さな子供のようだった。
「ユウゴ……。」
「ありがとう……。ありがとな。レイ。」
「…っ……!」
ユウゴは,レイを抱き締めて,ひたすら「ありがとう」と言い続けた。
レイはそれに顔を歪め,目尻に溜まったものを隠すように腕の中で回り,ユウゴを抱き締め返した。
ノーマンとエマはそれを見て,レイとユウゴの前に踏み出すと,思いっきり小五郎達を睨みつけた。
「ねぇ…。言ったよね?レイを責めたら許さないって。……何度も…何度も…。」
「それなのに君達はこうも懲りずに……。死にたいの?」
「なっ…!」
「別に僕らは人を殺せないわけじゃないんだよ?」
にっこりと微笑んだ2人の目は,やはりと言うべきか,笑っていなかった。
重苦しすぎる静寂が訪れる。
すると,イザベラがその静寂を静かに破った。
「………早くしましょう。じゃないと,人間界に行くどころか,脱獄まで行かないわよ。」
「はい!ママ!」
「……ノーマン…。」
「……………そんなに俺の間抜け面が見てぇのか…。」
「ハハハ…。」
イザベラの静かな声に,一番に反応したのは勿論ノーマンだ。
一瞬で元気になったノーマンに,イザベラは勿論,エマも,ユウゴに抱き締められたままだが,いつも通りに戻っていたレイも,そんなレイを抱き締めて離さないユウゴも,思わず苦笑した。
結局,レイからは大したことは聞けずじまいなまま,記憶の映像が再生された。
[大丈夫だ!全員で逃げよう!]
パシャパシャと,何故か水に浸っている門の中を走りながら,ノーマンはみんなに聞こえるように,自分に言い聞かせるように言った。
[みんなでここから逃げるんだ!勿論,レイも……!]
そう言って,ノーマンが振り返ると同時に,バシャッ!と,崩れ落ちる音が辺りに響く。
目の前に広がる赤い光景に,ノーマンは目を見開いて息を呑んだ。
[……………みんな…?]
ノーマンの目の前には,赤い花を胸に刺され,息絶えている家族全員の死体が転がっていた。
呆然と呟いたノーマンの後ろから,同じく,赤い花を胸に咲かせたレイの声が聞こえてきた。
[ああ……だから言ったのに…。]
[…!レイ!!]
小さく呟いて,バシャ!!と崩れ落ちたレイの体を,ノーマンは慌てて抱き起こした。
[…!!]
そして,その先に,エマも同じように倒れているのを見つける。
[エマ…!]
レイを抱き起こしたまま,エマに近づいたノーマンは,エマの体も持ち上げた。
[嫌だ!起きて!エマ…レイ……みんな…!!]
ノーマンがそう叫んで,泣きそうになりながら,レイとエマを更に強く抱き締めていると,ふと,背後に恐ろしいものの気配がした。
ノーマンが一度,目だけを動かして後ろを見ると,そこには,大口を開けて,ノーマン達を喰わんとしている大きな鬼がいた。
叫びそうで叫べないノーマンは,2人を抱き締めたまま───
[…っ!!]
[ノーマン。朝だよー!]
ノーマンが目を開けると,布団越しにノーマンに乗っかっている弟のダムディンと妹のシェリーが視界に入り,かいていた冷や汗を隠すように起き上がって二人の弟妹を抱き締めた。
[おはよう…。]
ノーマンが食堂に入ると,気づいたエマが,笑顔で手を振ってきた。
[おはようノーマン!]
夢とは違い,ちゃんと生きてくれている家族全員に安心して,ノーマンは頬を緩めた。
[おはようエマ。]
そんなノーマンの肩に,すれ違いながらポンッと手を置いてきたのはレイだ。
レイはほんの少し口角を上げる。
[おはようノーマン。]
[…おはようレイ。]
昨日のことを思い出したノーマンは,レイの背中を見送りながら,静かに挨拶を返した。
朝食が終わり,テストの時間になる。
電子音を聞きながら,ペンを走らせながら,ノーマンの思考は別のところにあった。
〚レイの協力は得る。でも,エマの望みも叶える。しかし,一つ間違えば……レイにも…ママにも…シスターにも…3方向から邪魔されて,全員脱出は不可能。皆死ぬ。〛
ノーマンは,引き続き,テストに集中するフリをして,思考を脱獄に集中させる。
〚**考えろ。**レイという切り札。これをもし『全員』に使えれば,少なくとも,脱獄(でる)までは決して不可能(ゆめ)じゃなくなる。これは強い。**どうすればレイに悟られず,全員を連れて行ける?**それに……〛
ノーマンが何かを思考しかけたそのタイミングで,一際大きく電子音が鳴り,テスト終了の合図がかかった。
全員の結果が書かれた紙を持ったイザベラが,テストルームの前に,ノーマン,レイ,エマの3人を呼び寄せた。
[すごいわ3人共!また満点!ギルダとドンも上がったわね!それにフィルも!]
[やったー♡]
イザベラは,先にノーマン,レイ,エマの3人を褒め称えると,呼ばれて前に出てきたドンとギルダに顔を近づけた。
[素晴らしいわ。明日もこの調子♡]
[[…っ…‥!]]
頬に触れたイザベラの手に,ドン達はゾワッと背筋に悪寒が走り,ゴクリと唾を飲み込む。
イザベラは,2人のその様子には気が付かなかったのか,嬉しさでぴょんぴょん飛び跳ねるフィルを抱き締めた。
[フィルもすごい!]
〚…それに……〛
その様子を見ていたノーマンは,一度止めてしまった頭の回転を再開させた。
〚エマにどう話すか。よりによって,『内通者はレイ』だからな…。〛
テストが終わって建物内から出ると,ノーマンは,エマと並んで森の中を歩きながら,後ろを歩くレイのことに頭を悩ませていた。
〚ショックも受けるだろうし,条件(あの)件も─〛
[それで?]
森の奥深くに入って来ると,エマが他愛の無い話から内通者の話に話題を転換した。
話しかけられたノーマンは,エマに向き直る。
[情報源の方はどうだったの?何か判った?]
[ああ。アレな。──俺。]
[……え?]〚え゛っ!!?〛
ノーマンが答える前に答えたレイのあっさりとした暴露に,エマは間抜けた声を発し,ノーマンは喉の奥から出てきた物凄い声を(心の中で)発した。
レイはそれには構わず,右の親指で自身を指し示してあっさりと,そしてハッキリと白状した。
[俺がママの内通者です。]
ノーマンは固まり,思わずエマの方を恐る恐る見る。
すると,エマはキョトンと首を傾げて,すぐになんとも言えぬ表情となり,ビシッとレイを指し示した。
[お前かよ!!!]
と,ツッコみながら。
暫しの沈黙が流れる。
エマは一度,思案するように目線を動かしたが,10秒もしない内に,頭を抱えてふらふらと大量のクエスチョンマークを浮かべた。
[ごめん……。思わずツッコんじゃったけど,ちょっと理解が…]
[はい!説明させて!]
案の定,理解の追いついていないエマに,シュッと挙手をしたノーマン。
この状況を狙っていたとしか思えないレイは,ケラケラと肩を震わせて笑っていた。
そして,エマに昨夜のことを説明しながら,ノーマンは思った。
〚やっぱりレイは策士だ…。〛
と。
ノーマンから全て説明を受けたエマが,驚きに満ちた瞳で,レイを見ながらまとめるように言った。
[つまり,一言で内通者って言っても敵じゃなくて,私達のためにずっとママの手下をやってたってこと?]
[うん……。]
エマの言葉に肯定したノーマンと,エマに背を向けたレイは,疲れたように両手を掲げた。
[本当は,門から帰って来たお前らにすぐ打ち明けるつもりだったんだけど……はぁ…。]
そこまで言って項垂れながら溜息をついたレイは,文句を言うように,嫌味を込めて,且つ,わざと2人に聞こえるように口を開いた。
[『リトルバーニー置いてくる』とか…]
[うっ…!]
〚LB(アレ)は本当に面目次第もない……。〛
[『全員で逃げる』とか…]
[~~~っ…。]
[色々予定外が重なって,ママにも気づかれ,制御しなくなくちゃならなくなったし,お前らも無茶して暴走しそう…。じゃあここは黙ってどっちも制御しとこう──的な?]
〚的な……。〛
レイがリトルバーニーの名を口に出すと言葉に詰まったエマ。
全員で逃げるのくだりで目を逸らしたノーマン。
その2人を振り返って,レイは面倒臭そうに言った。
エマはそんなレイを見つめてレイの言わんとしていることを口にした。
[つまり,私達のミスをカバーしてくれてたと。そして,『全員』には,裏から止めに走るほど,反対してたんだね。]
[ああ。でも安心しろ。今は違う。バレちまったし,改めて説得もされた。今度こそ,『全員で逃げる』に協力するよ。]
[………]
エマの言葉に,レイは口角を上げてサラッと嘘をついた。
そんなレイを見つめて,ノーマンは目を細め,エマは,パチクリと瞬きをしてレイを見つめていたが,唐突に口を開いた。
[らしくないね。]
と。
それに,レイは思わず笑みを消してエマを振り返り,ノーマンは目を見開いた。
エマは構わず続ける。
[レイは一度曲げなかったことは,二度目以降も絶対曲げることないのに。]
案外鋭いところをついたエマに,ノーマンは冷や汗を浮かべてその顔を覗き込んだ。
[……嘘だと思うの?]
[ううん。嬉しい。レイが改めて『全員』に力を貸してくれる。しかも今度は内側からママを騙せる情報もある。最高だよ!]
ノーマンの言葉にニコリと笑って言ったエマの様子を見るに,純粋に思ったことを口に出してみただけのようだ。
条件ことは,エマには伏せて説明したため,ノーマンはホッと胸を撫で下ろした。
ふと,エマがそのかんばせから,スッと笑みを消した。
そして,先程までとは違い,呟くように,小さく,口を開く。
[でも…そっか…。ずっと,知ってたんだね。全部……。辛かったよね……。知ってて見送って…。何人も…何人も…。]
[………]
[ねぇ…。1個いい?]
表情を消した顔で,エマはレイを真っ直ぐに見つめた。
エマの質問に,レイはギリギリ認識可能なくらい,僅かに眉根を寄せ,ノーマンは**〚あ…。〛**と,気づいたように目を見開いた。
エマは言葉を続ける。
[その子…いや,その子達?どうなったの?出荷時期,早まったりしてないよね?]
エマは質問している筈なのに,有無を言わせない圧が込められているかのような気がして,レイとノーマンは,エマを見つめたまま固まった。
エマは,レイをしっかりと視線に捉えたまま,レイを問い詰めるように口を開いた。
そのエマの問いには言葉を返さず,代わりに目を逸らしたレイのその行動で,返事は十分だった。
エマは慌てて手を左右に振りながら,レイに歩み寄る。
[いや,いいよ。ありがとう。そのおかげで今,**皆で**逃げられる。───でも…]
スッと,自然な流れでポケットに入っていないレイの右手を取ったエマは,脅すように,下からレイを見つめて低く呟いた。
グググ…と,レイの手が自然と小刻みに震え,骨が痛むほど,エマはキツく,レイの右手を握った。
[もう一人じゃない…。一人じゃないから…。]
少し俯いてそう言ったエマに,レイはポケットからもう一方の手を出すと,ニコリと綺麗に微笑んで,掌をエマに向けるようにして頷いた。
[わかった。誓うよ。もう二度としない。全員(みんな)で一緒にここから逃げよう。]
レイのその言葉で,一旦,脱獄の話は終了した。
右手を摩って,先を行くエマについて行きながら,レイは横を歩くノーマンに話しかけた。
その表情は,反省しているどころか,口角を上げて愉しんでいるようにも見える。
[怒ってたな。エマ。]
[でも,我慢してた。ずっと一人で闘ってきたレイの気持ちも考えられるから。]
ノーマンの言葉に,レイは笑みを消して横目でノーマンを見る。
ノーマンは,それを待っていたかのように口を開いた───ところで,映像が止まった。
コナン達は横を見る。
すると,またもや,小五郎がレイの胸倉を掴み上げていた。
数名の警察官達もレイに近づく。
そこでエマ達が止めに入ろうとするが,イザベラの時と同様,レイに何か言われたのか,ユウゴがエマ達の動きを止める。
掴み上げられているレイは,未だ口角を上げていた。
この状況を愉しんでいるかのように。
「てめえ……!見殺しにしてただけじゃなく,『実験』もしていたのか!!そいつらはどうなったんだ!?答えろ!!!」
「それを聞いてどうする?返答次第で俺を刑務所に放り込むか?」
「!…てめえ……!!ふざけてんじゃねぇ!!!」
映像でレイがノーマンに言っていたようなことをレイが言うと,小五郎はグッとレイの体を持ち上げるように力を込めた。
それを見たイザベラが,ユウゴにこっそりと近づいて,耳打ちする。
「……………ねぇ。一応聞くけれど……あの脳筋のお猿さんの腕の骨…折っていいかしら?」
「脳筋のおさ……!いや,落ち着け。イザベラ。レイなら大丈夫だ。…………………多分。」
「多分…?」
「あ…いや…大丈夫だ。絶対。…………うん。」
「ユウゴ,ホント過保護だよね…。」
低い声でユウゴの最後の言葉を復唱したイザベラは,チッ!と舌打ちしたいのを堪えて,目の前の光景を黙って見つめた。
いや,睨んだ。
レイは小五郎達の様子にも一切動じる様子を見せず,寧ろ,愉快そうに目を細めた。
そして,にんまりと弧を描く唇を開いて口火を切る。
「別に,俺が何をしていたとしても,あんた達には関係ないだろ?………『どうでもいい』んだから。」
「てめえ…!!このガキ…!」
「そこまでだ!!」
小五郎が思わずレイを殴りそうになったところで,ユウゴの鋭い声が響いた。
同時に,レイが自力で小五郎の腕から逃れる。
その動きは普通ではなかった。鍛え上げられた,素早いものだったのだ。
レイが下がるのに対し,ユウゴは小五郎に近づく。
そして,隠し持っていた物を,警察官達にも見えるように押し付ける。
「なっ…!!」
「拳銃…!!?」
「動くんじゃねぇ。」
ユウゴが取り出したのは拳銃だった。
だが,普通の銃ではないのか,銃口が4つもあった。
それを見たコナン達は驚き,固まったがどうやら,それはエマ達も同じらしく,身を乗り出している。
レイはといえば,驚いて,慌ててポケットを探っている。この行動からして,恐らく,元々レイが持っていた銃なのだと予想することは容易い。
ユウゴは無表情で銃口を小五郎からコナン達全員に向けていく。
「殺されたくなかったら大人しく見てろ。…………本当はこんなこと,面倒だからやりたくはなかったんだが……これ以上面倒事起こすつもりなんだったら,こうするしかなかった。」
「でもユウゴ。……それ…」
「口挟むな。余計なことは言うなレイ。」
「…………………………どうせ後でわかんじゃん……。」
「ああ゛?」
「いや…何でも…。」
今まさにコナン達を脅しているユウゴに,レイが何かを言おうとすると,ユウゴは容赦なくその言葉を途中で切った。
レイは,まだ何かブツブツと言っていたが,大人しく引き下がった。
ユウゴはもう一度警察官達に向き直ると,更に低く囁くように脅しをかける。
「文句は言っても,これ以上誰かを責めるな。絶対に。…………いいな?」
その威圧に全員が押し黙っていると,エマがゆっくりとユウゴに近づき,その手を銃ごと包み込んだ。
「大丈夫だよ。ユウゴ。ありがとう。私達のために……。でもね,またユウゴと離れ離れになるなんて,私は嫌だ。だから,これ,下ろして?…ね?」
エマがそう言って微笑むと,小さく息をついてから,ユウゴはゆっくりと銃を下ろした。
それを狙っていたかのように,小五郎,風見,そして,何故か蘭が突っ込んでいく。
そして,3人がユウゴとレイを取り押さえようとして────崩れ落ちた。
「!!!?…風見!!?」
(!!?…蘭!!!)
一体何が起きたのか,よくわからなかったが,結果から言うのであれば,小五郎はレイに,風見はユウゴに,そして蘭はイザベラに,組み伏せられていた。
全員,驚愕に目を見開く。
何と言ったって,小五郎は元警察官だし,風見に至っては現役の警察官だ。蘭は勿論,警察官ではないが,空手の関東大会で優勝している腕前なのだ。簡単に体制を崩されるわけがない。
この人達はかなり強い。頭でも,体術でも,到底敵わない。
そう,全員が思った。
レイが小五郎の腕を後ろ手で拘束したまま,ノーマンとエマに目線を移す。
「大丈夫か?二人共。」
「大丈夫だけど………レイ。君,強くなったね。いや,今だけじゃない。あの時にはもう……。」
「まぁ…ユウゴに修行つけてもらってたからな。」
「ガキなんだから程々にしとけよとは言ったんだが…。」
「……ガキじゃねぇ…。」
「いやいや。十分ガキだって。まだ14だろ。」
取り押さえたまま続く会話にも,コナン達は気が抜けない。
二人が取り押さえている人物をギチギチと締め付けているからだ。
すると,イザベラが蘭を押さえつけたまま,全員見回して口を開いた。
「次に何かしようとしたら…………骨を折るわよ。」
「!!!!?」
「冗談などではないわ。私は本気よ。」
ニコリと微笑んでそう言ったイザベラに,全員が押し黙る。
すると,レイが慌ててイザベラに向き直った。
「ママ!それはやりすぎだ!!やめろ!!」
「ええ。やめるわよ。………この人達次第でね。」
「ママ!!」
レイが悲しそうな,苦しそうな,辛そうな表情でイザベラを見る。
すると,小五郎の拘束が自然と緩み,既に怒りでいっぱいだった小五郎が,蘭を傷つけられたことでその怒りが倍増し,小五郎に背を向けているレイを,逆に押さえつけた。
「うっ…!!!」
「「「レイ!!!!」」」
「チッ……!!」
レイを押さえつけられたことにより,イザベラは,有言実行とでも言うように蘭の肩に手を伸ばす。
途端,ユウゴが叫んだ。
「エマ!!ノーマン!!」
「「はい!!!」」
呼ばれた二人は,大きく返事をすると,一体どこに隠し持っていたのか,弓矢を取り出し,ノーマンは小五郎に,エマはコナン達──この状況を見ているしかなかった残りのメンバー──に向けた。
全員が体を強張らせる。
子供達も,いきなりのことに恐怖でお互いに抱きついている。
と,それを見たエマが,心底申し訳無さそうに眉を下げ,
「ごめんね……。」
と謝った。
ノーマンは,それを見ると,小五郎に矢を向けたまま,「退いて。」と静かに呟いた。
渋々,悔しそうに,小五郎はレイから離れ,コナン達の元へと下がっていった。
風見も,同じように下がっていく。
上半身を起こしたレイは,イザベラを見た。
「……ママ…。」
「……はぁ…。」
レイの小さな呼びかけに,イザベラは小さく溜息をつくと,蘭を開放した。
蘭は慌てて小五郎の元へと飛び込む。
蘭を守れるように抱き寄せた小五郎は,キッとノーマン達全員を睨んだ。
すると,長い沈黙が訪れる。
どちらが喋るわけでもないこの空気に,コナンは息を呑んだ。
すると,スッとエマとノーマンが弓矢を下ろす。
そして,ハキハキとエマが口火を切った。
「私達はあなた達を殺すつもりも,脅すつもりもない。ただ交渉(はなし)をしたくて警視庁(ここ)に来たの。」
エマの言葉に,身だしなみを整えたレイが続く。
「俺もオリバー達から事情を聞いて,ここに来た。来たときは,『中身5歳児(本当は6歳児と言ったけど…。)がギャーギャー言ってねぇかどうか偵察しに来た』って言ったが,本当の目的は,あんた達と手を組みたくて来たんだよ。」
それに,更にノーマンも続く。
「まあ,本当だったら,こんな面倒なことなんかしないで,しかるべき時に黙って利用する方が確実なんだけど………僕は……僕達は……できれば君達を信じたい。お互いに信じて,手を取り合いたいんだ。家族を守るために……。そして…………奴らを黙らせるためにも…。」
ユウゴも,静かに口を開いた。
「俺達は今,厄介なことになってんだよ……。公安が探ってる組織のせいでな……。」
「!!!!…なっ…‥!!!?どういうことだ!!?」
「だから,それがわからないのよ。そのために,お互いに信じて,手を組みたいのよ。」
「組織……?公安が…?」
ユウゴが言った言葉に真っ先に反応したのはコナンと灰原だ。
だが,その二人の代わりに,安室が声を上げると,イザベラが不快そうに眉を寄せて呟くように言った。
続く会話に,目暮達公安でない者は首を傾げた。
それを見逃さなかったエマが,驚いたように声を上げる。
「えーっ!!?知らないのー!!!?うっそー!!じゃあそこまで見せなきゃダメってこと!!!?」
「落ち着けエマ。」
トンッとエマの頭に手を落としたレイは,その人差し指を立てて安心させるように言った。
「大丈夫だ。別に,人間界に行った後のことは口頭でも説明できる。居た期間が少ねぇんだからな。だから,取り敢えず,ムジカが王になって,人間界に行ったところまで見せたら,すぐに現実に戻って口頭で──」
「ダメだ。」
レイの言葉を遮って,ノーマンは鋭く警察官達を射貫くように見つめる。
レイが若干目を見開いてノーマンの顔を覗き込んだ。
「……ノーマン…?」
「絶対にダメだ。レイが殺されかけたところまで見せる。」
「…っ……!!!ノーマン…。」
ノーマンの言葉に,レイは思い出したのか,あらかさまに顔を顰めた。
ノーマンは真っ直ぐに警察官達を睨むように見つめながら言葉を続ける。
「手を組むからと言って,僕は警察(きみたち)を許したわけじゃない。ちゃんと見せるところは見せて,わかってもらわないと。」
「わかる……?何を…。」
コナンは思わず聞き返した。
ノーマンはコナンを上から見下ろすようにして見つめると,たった一言。言葉を放った。
「元食用児(ぼくら)のことを。」
「!!!?…どういう……」
「そのまんまの意味さ。」
ノーマンの言葉に,エマとイザベラ,ユウゴは頷き,レイは複雑そうに眉を寄せた。
結局,何も聞くことができずに,映像が再生され,もう今度からは何も言うことができないだろうと判断したコナン達は,大人しくノーマン達の指示(?)通り,映像を見ることにした。
映像内のノーマン言葉に,レイは笑みを消して横目でノーマンを見たところから始まる。
ノーマンは,それを待っていたかのように口を開いた。
[ねぇレイ。レイはいつ,どうやって“秘密”を知ったの?この6年,どんな思いで……。]
スッと目を細め,レイを探るように見つめるノーマンから,レイは目を逸らすが,ノーマンは構わず続けた。
「『僕ら二人を殺させないため』って言っていたけれど…ひょっとしてレイは……」
[そうだ!ハウスに戻ったら,二人に報告があるの!]
[[…!]]
ノーマンが何かを言いかけたタイミングで,先を行っていたエマが二人を振り返り,口を挟んだ。
そして,ギュッと2人の手を掴む。
[…?]
[その前に,今日も訓練(おにごっこ)!]
そのエマの言葉で,今日も訓練が開始された。
[それで?『報告』って?]
自由時間が終わり,ハウスの中に戻ったエマ,ノーマン,レイ,ドン,ギルダは早速本題に入った。
レイの質問に,エマは小さく頷いて答える。
[敵の策(て)を読むにはまず,敵を知ること。そう思って,ギルダと一緒に改めてきちんとママを観察してみたの。そしたらね,あることがわかった。]
[あること…?]
[ママは毎晩,8時前に消える。]
[消える?]
ノーマンが復唱した言葉に,今度はギルダが答えた。
[そう。ハウスのどこにもいなくなるの。]
[結論から言うと…]
ギルダの話を引き継いだエマが,3人を真っ直ぐに見つめてハッキリと言った。
[このハウスには,子供達(わたしたち)の知らない,秘密の部屋がある。]
エマのその言葉に,ギルダは頷き,ノーマンとドンは顔を見合わせ,レイは考え込むように顎に手を当てた。
ノーマンがまたもや聞き返す。
[“秘密の部屋”?]
[そう。場所はここ。ママの寝室の隣──。]
ハウスの中の簡略図を書いたスケッチブックをベッドに置き,赤ペンを取り出したエマは,キュッとMoM’sRoomと書かれた部屋の向かって左端に丸を描いた。
エマは続けて話す。
[ママの寝室(へや)って,隣にトイレと洗面所,その先に壁を挟んでママの書斎って続くんだけど……]
丸を描いたところの線をなぞりながら,エマは説明を続ける。
[ここ。多分壁じゃない。]
エマのそれを,ギルダが引き継いで話し出す。
[気づいたの。姿を消す前,ママは決まって書斎か洗面所に入っていく。]
[それで,部屋の内側と廊下(そと)側。それぞれ距離を測ってみた。]
エマの言葉に,ノーマンはハッとしたようにレイが内通者だと暴く前のことを思い出した。
〚あれか!〛
[結果は?]
[合わなかった。]
ドンの問いに,エマはハッキリと即答する。
[**私の足で,10個分の差(スペース)がある。**一方は壁,もう一方は本棚だけど……どちらにも隠し扉があるんだと思う。その先に,秘密の部屋がある。]
[けど,それ,何のため?]
エマの説明に,ドンは眉を寄せながら聞き返した。
[それは多分…]
[定時連絡。]
エマが答えるよりも早く,レイが口を開いた。
レイはそのまま,イザベラの内通者(スパイ)として知っていることを話す。
[ママは本部に毎日,定時連絡をしている。そのための部屋だろう。]
〚〚やっぱり!!〛〛
レイの言葉に,エマとギルダは顔を見合わせた。
だが,ドンはいまいちわかっていない様子で首を傾げた。
[“本部”?]
[このハウスに,弟妹(あかちゃん)や大人(シスター)を供給している“拠点”だよ。]
[なっ……!]
ドンの様子に気づいたノーマンが,わかりやすく説明すると,ドンは言葉を失って身震いした。
エマは,レイにスケッチブックを見せるように立て,“秘密の部屋”がある場所をペンで指し示した。
[レイは知ってた?ここに部屋があるって。]
[いや。存在は疑ってたけど…]
[入ってみようぜ。]
レイの言葉を遮って,ドンが言葉を放った。
[『外』との通信手段…それに,コニー達の行き先も…何か手がかりが掴めるかもしれない…!]
[でも鍵は?ママが秘密にしてる部屋なら,入るのにきっと…]
[ノーマン開けられない?]
[うーん…。型によるけど…]
[待て待て。そこまでするメリットはない。]
どんどん進んでいく話に,レイは慌てて待ったをかけると,全員を落ち着かせるように一瞬で考えついたことをスラスラと説明し始める。
[通信手段っつても,十中八九本部と繋がってるだけだし,出てった兄弟の行き先なんて,ママは知らない。記録(てがかり)以前の問題だ。反面,下手したら発信器で俺達の行動がバレる。その部屋のセキュリティだってわからない。危険すぎるだろ。]
[だけど……!!]
[つまり,メリットよりリスクの方が明らかにデカイんだよ。]
ドンの反論を遮って,レイはハッキリとそう告げた。
[場所がわかったのはよかった。──でも,今,無理して入る場所じゃない。]
レイの言葉に,ノーマンは[……だね。]と頷き,エマは[そっか。]と納得したが,ギルダとドンは悔しそうにしていた。
レイは人差し指を立てて続ける。
[それよか,今探るべきは別のことだ。]
レイの言葉に,ノーマンも頷いて思案する。
〚そうだ。焦ることはない。現況は良好。レイがこちら側で動いていてくれる限り,ママによる即出荷もない。〛
スッとノーマンは顔を上げると,今やるべきことを二人に言い聞かせるように口を開いた。
[今はとにかく,シスターに気をつけて。下手な動きで墓穴を掘らぬこと。]
[その通り。ママは勿論,シスターにバレたら即アウト。そのつもりで動け。]
ノーマンの言葉に続いたレイは,ピッと二人を指さした。
それに,ドンとギルダはゴクリと唾を飲み込む。
ポンッとエマはギルダの肩に優しく手を置いた。
[大丈夫。普通にしていれば大丈夫だよ。]
[うん…。]
エマの言葉にホッと息をついたギルダと,顔を強張らせているドンに,ノーマンは話しかけた。
[ドン,ギルダ。夕食の準備に行ってもらえる?さすがに年少者(ぼくら)の誰かが行かないと……]
[わかってる。]
ノーマンの言葉を遮り,素っ気なく返したドンは,ギルダと一緒に部屋を出て行き,夕食の準備に行った。
[………さて。]
ドンとギルダを見送ったノーマンが口を開くと,エマがスッと右手の人差し指を持ち上げた。
[今探るべきこと。]
そして,三人共が中心に向かってビシッ!と指を差す。
[[[『外』。]]]
3人の声と動作が揃う。
レイはくるりと回ってベッドに腰掛けてから口を開いた。
[内情は大方判ってる。6年探って,充分に。]
〚──そう。訓練も好調。背後もとれる。発信器も壊せる。あとは…〛
[内情(ソレ)で大人の隙さえつくことができれば…ぶっちゃけ,塀は越えられる。]
ノーマンの思考を読んだかのように,レイが言葉を続けた。
レイは一度立ち上がり,塀の奥を探るかのように森を見つめる。
[でも,越えるだけじゃダメだ。その先がある。]
レイの言葉に,エマがグッと意気込んで呟いた。
[次は逃げ道の『下見』。]
コクリと,ノーマンは頷くと,左の指を3本立てた。
[改めて,この脱獄は段階が3つ。①脱獄(塀を越える。)②逃走(無事に離れる。)③自立(安定した生活を築く。)そして,現在(いま)この第1段階までは目処が立った。次は第2段階。ここからは『外』だ。]
[“追手をかわし,農園から無事に離れる”。そのための下見調べ。]
ノーマンの言葉に続いたレイは,ピッと人差し指を立てた。
**[まずは農園周辺の情報だ。逃走ルート・食料の確保。例えば,この農園が森の中にあるのか,砂漠の中にあるのか,その違いによっても,持って出るもの一つ変わってくる。]
[あ!砂漠ではないと思う。木の上から塀の向こう,森が見えた。]
[だから,そういうのしっかり確かめるの。]
レイの例えに挙手をして言ったエマの頭に,レイはコンッとあるものを優しく当てた。
[てっ…!あ。双眼鏡!!]
[昔手に入れた牧羊犬(うらぎり)のご褒美。]
レイはエマに双眼鏡を手渡すと,もう一度ベッドに腰掛けた。
[塀に上って『外』を見る。ママとシスターの目を盗んで無茶するならこっちだ。]
そのレイの言葉に,ノーマンが続く。
[今一度塀へ!明日以降,早い内に調べよう。]
[うん!]
ノーマンの言葉に,エマは力強く返事をすると,ピッと指を一本立てた。
[ねぇ。出てからの話,もう一個いい?]
[…?]
ニコッと口角を上げ,エマは2人を見つめる。
[紹介したい人がいます!]
[[…?]]
エマの案内で3人が来たのは図書室だった。
沢山の本が並べられているそこは,レイがよく来る(というか毎日来る)場所だった。
すると,レイは気づいたように指をエマに向けて言った。
[あ!ひょっとしてアレか!フクロウの……]
[そう!やっぱレイは気づいてた。]
[…?]
レイの言葉に,本を取っていたエマは嬉しそうに頷いたが,何もわからないノーマンは,ひたすら疑問符を浮かべていた。
何冊かエマが本を取って机に並べると,パラッと捲り,あるものを指差した。
[この人!]
エマの指差したところを見つめて,ノーマンは呟く。
[ウィリアム・ミネルヴァ……さん?]
そして,エマの方に向き直る。
[誰?]
[わかんない!]
ハッキリとそう言ったエマは,机に広げた本を指し示す。
[わかるのは,この本たちの元の持ち主ってこと。どこにいるのか,誰なのか,今生きているのかさえわからない。でも,食用児(わたしたち)の味方かもしれない人!]
希望に満ちたエマの言葉に,ノーマンは目を見開いて[どういうこと?]と聞き返した。
エマは,それに答えるようにミネルヴァの文字を指し示す。
[この人,本を通してあるメッセージを隠してる。それも,一冊じゃない。何冊も。]
[…!!]
[塀の先──『外』を生き抜く上で,この“ミネルヴァさん”は鍵になる。]
グッとエマは机に身を乗り出すと,改めて確認するように言った。
[ただ逃げるだけじゃない。見つけるんだ。*この世界で,私達が生き残る方法。*]
[うん。]
ノーマンはエマのその言葉に頷く。
〚逃げよう。生きよう。たとえ世界がどんなでも…。大丈夫。ドンとギルダも上手くやってくれている。決行まであと8日。このまま順調に──〛
ノーマンがそう考えていた丁度その時。
ハウスの廊下をタタタッと走るものがいた。
その人物──ドンは,勢い余ってイザベラに思いっきりぶつかってしまう。
[ごめんママ!急いでて!]
イザベラはドンのその様子に戸惑いつつも,小さい子達の相手に戻った。
ドンはその後角を曲がると,急ブレーキかけ,そこで待っていた人物──ギルダに,ニッと笑いかけた。
ギルダは驚きに目を見張る。
[嘘……。本当に?あの一瞬で??]
[俺にだって,特技の一つはあるんだぜ♪]
〚特技…。〛
先程イザベラにぶつかったときにスリ盗った物を握り締め,ドンは呟く。
[**俺,知ってんだ。**ママが持ってるハウスの鍵は右ポケットに一種類だけ。それで家中全部の錠が開けられる。]
[親鍵(マスターキー)…。]
[**これでダメなら諦める。**俺は納得行かない。ギルダ。お前だって確かめたいだろ。]
グッとイザベラからスったもの──マスターキーをギルダに見せつけて,ドンは冷や汗を流しながらもニヤリと笑う。
[入ってみようぜ。ママの秘密部屋。]
[この本棚の裏に,隠し扉が…。]
ドンとギルダは,イザベラの書斎に入り,本棚を目の前にしていた。
ギルダは不安そうにドンを見つめる。
[……本当に入るの?]
[嫌なら来るな。]
ギルダの言葉に間髪入れず答えたドンは,グギギギ…と本棚を引っ張る。
[俺はあいつらみたいに冷静になれない…!どんな些細な手がかりでもほしいんだよ!一刻も早く!!あいつを助けてやらなくちゃ…!!]
〚ドン……。〛
[くそっ!重い!動かねぇ!!]
ガンッ!!とドンはやけくそで本棚を殴りつける。
そして,小さく呟いた。
[それに,知りたいんだ。本当のママを…。]
[…!!]
ドンの言葉に,ギルダはキュッと唇を引き結ぶと,ポンッとドンの肩に手を置いて前に出た。
[…?]
[形をよく観察して…。]
[………]
ギルダは,本棚を穴が空くほど見つめていると,ふと,小さな隙間があるのが見えた。
グッ…!と本棚を押しながら左にスライドさせていくと,簡単に“秘密の部屋”の入り口が顔を出し,ドンは思わず,[おおっ!]と歓声を上げた。
本棚の裏から出てきた扉の前に2人は立ち,じっと探るように見つめた。
[行こう。私も知りたい。確かめたい。]
2人は,グッと意気込んで,頷きあって,鍵を鍵穴に差し込んだ。
[ウィリアム・ミネルヴァ…。]
図書室でエマが持ってきた本を一冊手に取って呟いたノーマンは,フクロウの印を指差した。
[これ…この紙(しるし)…]
[ゾーショヒョー!!]
[蔵書票な。本の持ち主を示す紙。]
ノーマンの呟きに,エマがビシッ!と指を差して答えたが,正しく理解しているのか曖昧なエマのイントネーションに,レイがズビシッ!!と左手をエマの頭にストレートに下ろして代わりに答える。
ノーマンは苦笑すると,もう一度本に目を落とした。
〚持ち主…。本が農園(ここ)へ来る前の…。〛
[ミネルヴァの本は図書室(このへや)中にある。エマがとってきたのはほんの一部だ。]
レイが図書室全体を示すように指を立てて言ってくれたのを聞き,顔を上げたノーマンは,今度はエマに向き直った。
[それで,『あるメッセージ』って?]
[これ,よく見て。]
ノーマンの質問に,エマは持ってきた本を開いて机の上に広げた。
[何か,気づくことない?]
[気づくことって言われても……]
広げられた本の蔵書票を見回しながら,ノーマンは頭を回した。
[どれも同じフクロウの…特に違いもない。刷り具合に多少差があるくらいで……あっ!この円……]
違和感に気づいたノーマンは,目の前にあった一冊の本のフクロウの周りに描かれている円を指でなぞって,勢いよく顔を上げた。
[モールス符号!!]
[正解!]
[さすが…!]とでも言うように,ノーマンを指差して,レイは口角を上げた。
そして,3人で改めて蔵書票を見る。
[RUN(逃げろ) DOUBT(疑え) DANGER(危険) TRUTH(真実)]
どうやらモールスを完璧に覚えているらしいレイが4冊の本についている蔵書票のモールスの意味を順番に読み上げる。
ノーマンは驚きに目を見開いた。
[メッセージ──よく気づいたなこんなの…。いや,でも……これだけじゃ…]
[『食用児(オレたち)に宛てた伝言(もの)とは限らない』?]
[じゃ,これは?]
ノーマンの言わんとしていることを察したレイがその言葉がノーマンの口から出てくる前に言うと,エマが他の3冊の本を広げて見せた。
またレイが書かれているメッセージを読み上げる。
[HARVEST(収穫) MONSTER(怪物) FARM]
[(農園)…!!]
レイが言った最後のモールスの意味を,ノーマンが驚きに満ちた顔で発した。
レイが一冊の本を持ち上げる。
[因みに,ママや鬼の仕業って線はないぞ。『秘密を知ったら即出荷』。その原則が全てだ。]
スッとノーマンとエマに見えるように,レイは蔵書票を2人に向けて指差した。
[これは『外』から鬼や大人に隠して食用児(オレたち)に向けたメッセージ。それはまず信じていいと思う。]
レイの言葉に,ノーマンとエマは首を傾げた。
[“それは”?]
[俺はこいつと違って疑り深いんでね。]
ペコッとエマの頭に握った手を落としたレイは,眉を顰めて探るように本を見つめた。
[このミネルヴァって男。確かに味方かもしれん。────が,生死も判らん相手だぞ。期待しすぎるのはどうかと思うね。]
[またそういう…!レイってば疑り深い〜!]
[悪かったな。そういうタチなんだよ。]
[でも…]
レイとエマがぶつくさ言っていると,ノーマンは目を輝かせて嬉しそうに口を開いた。
[『外』に味方がいた。今もいるかもしれない…!]
それに…と,ノーマンは更に希望に目を見開いた。
〚今もいるなら,『外』に人間社会も──〛
ノーマンは本を手に持って繰り返すように,そして,事実を確かめるように言った。
[W・ミネルヴァ──この人は『外』にいて,農園の存在を知っていて,間接的にではあるけれど,僕らを助けようとしてくれている…!]
[ねっ!]
ノーマンの言葉に,エマは左腕を突き上げて嬉しそうに綻んだ。
[こんなメッセージ,この人の本にだけ。それに,この紙(しるし)がいつ貼られたものかはわかんないんだけど,あの時の本にも…ホラ。貼られてるんだよ。]
本を開いて蔵書票を指し示したエマからその本を受け取ったノーマンは,表紙を見て,レイを振り返った。
[これ…レイが前に見せてくれた2015年発行の本…!つまり,少なくとも,この一枚は2015年以降に貼られたということ。]
本を見つめていたノーマンは,エマとレイを勢いよく振り返った。
[他に……他に判ることはないの?本の中身や傾向に共通点とか…]
ノーマンの問いかけに,レイは顎に手を当てて思案する。
[特にないかな…。ジャンルも雑多…。出版社や出版年も…。]
[でもレイ!アレは?]
エマのその一言で何が言いたいのかわかったのか,レイは[ああ…!]と頷いた。
エマは持ってきた本の中から目的の物を探し出そうとするが,どんな表紙だったのか忘れてしまったのか,[ええと…どれだ?]と言いながら戸惑っている。
見かねたレイが[違う。その下。]と助け舟を出すと,[これだ!!]と,エマはすぐに見つけることができた。
エマが,取った2冊の本を机に広げて並べて口を開く。
[この2つだけ,モールスの意味がわからない。]
と。
ノーマンはその2冊の本の蔵書票を見つめた。
[モールスがないマークと…もう一つは──PRO…MISE“約束”……?]
レイのようにモールスを完璧に暗記しているわけではないノーマンは,それでも辛うじて読み上げた。
そして,目を細める。
〚何だ……?〛
[中身はよくある冒険小説と,よくわかんねぇ神話の本だったかな。]
やはりレイは2冊共読んだことがあるらしく,内容を思い出して言ってくれたが,共通点はやはりなさそうだった。
ノーマンは2冊の内の一冊──冒険小説の方をペラペラと捲ってみる。
ノーマンは少々驚いてページを捲っていく。
〚ところどころ破れているページもある…。〛
ノーマンがそうやって本を流し読みしていると,エマはノーマンが手にしているその本を指差した。
[私,これ意味あると思うんだよね。一つだけモールスがないのとか,ページが破れてるのとか。**“約束”**ってメッセージにも。]
[この2冊は特別ってこと?]
[うん!なんというか………私達にとって,何か,道標になるような気がする。]
ノーマンとレイを真っ直ぐに見据えてそう言ったエマに,レイはいつも通りの顔で口を挟んだ。
[根拠は?]
[勘!]
エマが間髪入れずにそう言うと,レイはあらかさまに嫌な顔…?呆れた顔…?面倒臭そうな顔…?なのかよくわからない顔をしてエマを見つめた。
勿論,エマはツッコんだ。
[何その顔!!]
と。
すると,ノーマンが,本の蔵書票を見つめながら,ポツリと呟いた。
[でも,確かに調べてみる価値はある。ミネルヴァさんと,その本の謎。]
ノーマンがそう呟いたのを見たレイは,ふと,懐中時計をポケットから取り出すと,エマ達にも見せた。
エマはそれを見て,[あっ!]と声を上げる。
夕食の時間が迫っていたのだ。
ノーマンが椅子から立ち上がる。
[そろそろ行こう。僕らも夕飯の準備しないと。]
ノーマンのその言葉で,エマが本を元の場所に戻してから(とは言っても,どこにあったかを覚えていなかったので,完全にレイが片付けている状態だった。)食堂に向かった。
少し時を遡って。
ドンとギルダは,イザベラの“秘密の部屋”に入ろうとしていた。
ドンがイザベラから盗った鍵を本棚の裏に隠れていた扉の鍵穴に差し込む。
差し込んだまま,左に90度回すと,ガチャッと音を立てて扉が開いた。
2人は思わずのけ反る。
〚〚開いた!!〛〛
と。
ドンが鍵を抜いて,ドアノブをゆっくりと回し,慎重に中に入る。
だが,その扉の先にあったのは,本部との通信手段ではなく,棚などがまあまあ綺麗に整頓された物置のような場所だった。
灯かりがないため薄暗くかったが,2人はキョロキョロと狭い部屋を見回していく。
〚ただの物置…?〛
いくつかある棚の内,一つを開けたギルダが,少し残念そうにしていると,床に置かれていた籠を退けたドンが,ギルダに手招きをした。
[おい!こっち!]
ギルダが近づくと,その籠の下にあったのは,地下室へ行くためであろう,梯子があった。
ガコンッという音を立てて蓋を開いたドンは,唾を飲み込む。
[**地下室…!!**でも暗い……。何も見えない……。]
[待って!さっきそこにランプが……!]
梯子を降りて行ったドンにランプを渡したギルダは,自分も梯子を少し降りて,この梯子を隠すための蓋を一応閉めてからゆっくりと降りていった。
梯子を降りたドンは,ギルダから受け取ったランプをパッ!!とつける。
そして,そこに広がる光景に,二人共が絶句した。
[何…この部屋…‥。]
梯子から降りたギルダがポツリと呟く。
その部屋には,数々のおもちゃや人形が置かれてあったのだ。
その中の一つに,ドンは驚いて近寄った。
[!!…これ,リトルバーニー!!]
そう。勿論リトルバーニーだけではないが,その部屋に並ぶ数々のおもちゃや人形は,今まで出て行った兄弟達ものなのだ。
見たことない物も,中には混ざっていたが,恐らく全て,イザベラがこのハウスの“ママ”になってから出て行った子供達のものだろう。
本棚にあった,少し不自然な本を手に取ろうとして引っ張ったギルダは,次の瞬間,驚きに目を見張った。
[ねぇ。ドン……。]
[…!]
[これ…。]
本棚の裏にあった物は,複雑そうな機械だった。
見たこともなかったが,2人は,これがどんなものなのかがすぐに判った。
[通信手段…!]
[ただの休憩室とかなら,コレ,隠さないよね?]
本部との通信機を見つめていたギルダは,ふと,体が震える感覚がした。
〚本当にあった。ママの秘密の部屋…!〛
ギルダは,エマ達の言葉を思い出す。
〘人身売買〙
〘悪い人に私達を売ってる〙
震える声で,ギルダは呟く。
[本当に…本当だったんだ…。]
そして半ば呆然としているドンにしがみつくようにしてその腕を引っ張った。
[里子なんて嘘……。だって,本当に里子に出されてたら,LBがここにあるはずないんだもの。コニーにちゃんと届けてあげてるはずだもの。LBだけじゃない。この部屋に並んでるオモチャ・私物…全部。出てった皆の……。他の皆は忘れてない…。コニーみたいに忘れてない。皆,持って出て行った。なのにここにある。それは………出て行く時に奪われたってこと……。]
そこまで言うと,ギルダは体を震わせて,ドンにしがみつく。
[やっぱりエマ達は正しかった!!ママがずっと嘘をついていたんだ…!]
[でも,変じゃね?]
[…えっ?]
ドンもエマ達の言葉を思い出していたらしく,その中での違和感に呆然としていたのだ。
エマとノーマンはドンとギルダにこう言った。
〘悪い人に売られてた。〙
〘見たの?〙
〘ああ。でも,間に合わなかった。〙
〘無事だよな?〙
〘わからない。〙
そして,目を見開いてギルダに問いかけた。
[エマとノーマンは,どうして相手が“悪い人”だってわかったんだろう?]
〚あ…!〛
そう。たとえ,売られていたのが事実だったとしても,イザベラが子供達を売っていた相手が“悪い人”なのかどうかは,いくらフルスコアでも相手のことを知っていない限り,わからないはずだ。
なぜなら,子供達を助けようとしてわざと買っている“良い人”なのかもしれないし,その買っている人は,騙されていて,お金を払うのは里親になるための手続きだとでも言われているのかもしれない。
2人の話は,根本的におかしいのだ。
ドンは続けて,レイの言った言葉を思い出す。
〘ママは勿論,シスターにバレたら即アウト。〙
[アウトって何だ?]
そんなにすぐに買い手が見つかるものなのだろうか?
[あいつらの話も事実なのかな?]
[え…。]
[ママはもっとヤバくて……コニー達は,もう───]
と,ドンが言いかけたその瞬間。
パタンッと,戸を閉める音が上から響いた。
〚まずい!誰か来た!!〛
ドンは慌てて明かりを消した。
カッカッと,靴音が響く。
〚どこ?書斎?いや,でも,この靴音…。〛
次いで,声も聞こえてくる。
[ええ。すぐ戻ると伝えて。]
〚この声…!〛
さあっと,2人は血の気が引いた。
〚ママだ!!〛
〚どうしよう!!〛
くっとドンは奥歯を噛み締める。
〚どっちだ!?ママは気づいて戻ってきた?それとも,気づいてなくて,別の用事で戻ってきた?〛
ドンが焦る中,ギルダは上に聞こえないよう,小さく深呼吸を繰り返していた。
〚落ち着いて。エマ達ならどうする?エマ達なら……〛
そこでギルダは,ハッと気がつく。
そして,ドンの先程の言葉と,クローネに言われた言葉が頭の中で再生される。
〘あいつらの話も,事実なのかな?〙
〘エマの嘘つき!と思ったらまた私の元へおいでなさい。〙
ズキズキと痛む胸に手を当てて,ギルダは先程のドンの話のことを考える。
〚『生きてる』は嘘?本当は皆──違う!!エマはそんな酷い嘘つかない!!〛
胸に残るモヤモヤとした違和感を無視して,ギルダは顔を上げた。
ドンが近寄ってきて,小さく呟く。
[ここから出るぞ。]
[うん!]
上を見上げて冷や汗を浮かべながら,2人は書斎を通らず,反対側のトイレと洗面所の方から赤ちゃんの部屋を通って出ようと決め,音を立てないよう,梯子を上る。
〚今ならまだ,ママは何も気づいていないかもしれない。静かに,速やかに,姿を見られないように。〛
[行くぞ!!]
2人がそんなこんなしている丁度その時。
ノーマン,レイ,エマの3人は食堂に向かうため,階段を降りていた。
ノーマンが先を行くエマき,驚いたように話しかける。
[**でも,驚いたな。**常日頃本を読んでいるレイはともかく…]
[エマが,あの蔵書票に気づいていたとは。]
[気づいてないよ。]
ノーマンに続いてレイまでもが褒めた(レイは十中八九皮肉を込めていたが…。)にも関わらず,エマは手摺を持って階段を降りながら,サラッと否定した。
[え?]
[あれ気づいたの,私じゃない。]
ノーマンが素っ頓狂な声を上げると,エマはくるっと振り返って指を一本立てた。
[フィルが見つけて教えてくれたの。]
[フィルが?]
[うん!]
そう言うと,エマは,フィルに教えてもらった時のことを思い出しながら,2人に説明した。
[読んでた絵本がミネルヴァさんの本で,丁度モールス符号が出てくるお話で──それで,他の本も調べてみただけ。]
[道理で。]
階段を降りて食堂の入り口まで行きながら説明したエマに,レイが間髪入れず揶揄った。
エマはレイの言葉を一瞬聞き流しそうになったが,**[ん?]**と顔を顰めた。
[それどういう意──え…。]
食堂の入り口まで来たところで,エマがツッコもうとしてそれにもレイはニヤニヤと笑って,ノーマンがそれを苦笑しつつも見守る。そんないつもの流れになるはずが,食堂にいなければいけない人達の影がないことに気づき,食堂の入り口で3人共固まってしまう。
代表するかのように,エマがポツリと呟いた。
[ドンとギルダは?]
エマのその言葉を合図に,ノーマンが慌てて食料庫に入っていった。
そして,すぐに出てくる。
[食料庫(こっち)にもいない!]
ノーマンの報告に,レイは目を見開いて食堂を見つめて固まり,エマはハッとして,ある可能性に気づき,**[まさか…!!]**と言って背後を振り返った。
カタンッとイザベラがいる書斎の扉が音を立てた。
イザベラはバッと勢いよく立ち上がり,ドアを開けた。
そして,そこにいた人物に表情を和らげる。
[あら。どうしたの?エウゲン。]
[ママ。]
しゃがみ込んだイザベラに,エウゲンは手にしていた物を差し出した。
[これ,おちてた。]
〚!?…いつの間に…‥!!〛
イザベラは慌てて右ポケットを弄る。
だが,鍵は今,目の前にいるエウゲンが持っているため,当然ない。
イザベラはエウゲンの頭を優しく撫でてあげ,[ありがとう。]と言うが,頭の中では,全然違うことを考えていた。
〚ポケットは破れていない…。いつの間に…。〛
[ドン…ギルダ…。]
食堂の前に立つ3人の後ろに,探していた2つの影が立つ。
ドンとギルダだ。
エマはホッと胸を撫で下ろした。
[よかった…!てっきり……]
[どこ行ってた?]
エマの横を通り過ぎたレイが,眉を顰めて2人に尋ねる。
すると,ノーマンは近くにいる小さい子に注目されていることに気がついた。
[今は目立つ。後にしよう。]
[──で?]
夕食が終わり,静かになった食堂に改めて集まった5人は,レイの問いかけによって話が始まった。
ドンが静かに話し始める。
[入ってきたよ。ママの秘密の部屋。地下室だった。]
[!!…え!?どうやって入ったの?]
驚いたエマの問いに,今度はギルダが言いづらそうに答えた。
[ドンが…鍵を掏って…]
[ママから!!?え──!!?]
[それで?…ママには?]
驚いて言葉が出なくなったエマに代わり,ノーマンが尋ねるべきことを尋ねた。
これにも,ギルダは言いにくそうにしながら,小さく答える。
[気づかれていないと思う。……鍵ももう返したし…多分…。]
〚思う…?多分…?これだから…!〛
ギルダの話を,壁に背を預けて聞いていたレイは,舌打ちしそうになる衝動を抑え込んで,代わりに叱責した。
[**馬鹿なことをしてくれたな。**もしカメラ・盗聴器・警報──どれか一つでもあの部屋についてたらどうする?ママやシスターにバレて,お前ら…いや,俺達全員]
[どうなるか……言ってみろよ。]
レイの言葉を遮って,ドンが睨みを効かせながら低く言った。
レイは言葉に詰まり,エマとノーマンは目を見開いた。
ドンは構わず続ける。
[殺される──か?]
[え…。]
[騙しやがって…!何が『わからない』『助けに行こう』だ…。『助けに』なんて行けないんじゃないか…。だってコニーは……コニー達はもう──]
ドンの言葉に,机を挟んで向かい合っていたエマは,机につくギリギリまで勢いよく頭を下げた。
[ごめん…!ごめんなさい!!]
[じゃあ……本当に……]
[ほらなギルダ。やっぱりこいつら,嘘ついてたんだよ。]
ギルダとドンのその言葉に,勢いに任せて謝ってしまったエマは頭を下げたまま,はたと気づく。
ドンはエマ達に鎌をかけたのだ。
ドンはグッと頭を下げたまま固まっているエマに上から低く,脅すように問い詰めた。
[何隠してる?全部話せよ。]
エマは一度ギュッと目を瞑ると,顔を上げ,ノーマンと顔を見合わせて頷き合った。
ノーマンは,2人を見ながら,冷や汗をかいて,ゴクリと唾を飲み込む。
そして,本当のハウスの秘密を2人に告げていった。
[え…。]
説明し終えたところで,ドンとギルダは目を見開いて椅子に座ったまま固まった。
[鬼…農園?]
[そんな……皆…食べられるために…!?]
[それで……]
目を見開いたまま,ドンはゆっくりと顔を上げてレイを凝視した。
[お前が……スパイ?]
[僕らのためにね!]
慌ててノーマンがドンの言葉に付け足すように言った。
だが,ドンはそれが耳に入っているのかいないのか,未だレイを見て固まっている。
やがて,ドンは椅子から立ち上がって,ポツポツと,確認するように段々と語尾を強くしながら喋りだした。
[………じゃあ,レイは,あの日コニーがどうなるか知ってて見送ったのか…。それで,エマとノーマンは俺達を敵だらけの世界へ騙して連れて行こうとしてたってわけか。]
机を回るようにして歩きながらそう言ったドンは,ノーマンの前まで来ると,体を震わせて笑いだした。
[ハッ…アハハ…ハハハ!!!]
そして,居たたまれなくて思わず目を逸らしたノーマンを,ドンは右拳で勢いよく殴りつけた。
[[!!?]]
[ふざけんな!!]
ギルダは驚いて立ち上がり,エマは目を見開いた。
[お…おいドン!!]
落ち着かせようと慌てて近寄ってきたレイも,ドンは今度は振り返りざまに,左拳で思いっきり殴った。
コナン達も目を見開く。だが,映像は続くし,過去の光景だし,自分達は触れることもできないので,どうしようもない。
映像内では,ドンはが,ノーマンと同じく崩れ落ちたレイを放って,今度はエマの胸倉を掴んで引き寄せた。
エマは殴られる覚悟でギュッと目を瞑るが,ドンはさすがに性別の境というものが出てきたのか,冷静になってきたのか,力なくエマを開放した。
そして,右手で顔を覆う。
[そんなに『荷物』なのかよ…。そんなにお前らにとって俺達は,『守ってあげなきゃ何もできない弱者(ザコ)』なのかよ。]
[え…。]
ドンの言葉に,エマは,ノーマンと2人で話し合った結果をレイに伝えた時に自分達が言った言葉を思い出した。
〘危険にさらしたくない。〙
〘真実を知らなければ,あの二人はまだ,生きられるかもしれない。〙
ドンは,顔を手で覆ったまま,震える声で続ける。
[嘘つく理由くらいわかってるよ。]
ギルダも,顔を伏せながら,小さく頷いた。
〚わかってる…。エマはそんな酷い嘘つかない。つくとしたら,それは──〛
[全て俺達を守るため──だろ?]
ギルダの心を代弁するように,エマ達に確かめるように,ドンは呟いた。
ドンは目を擦るようにしながら,ポツポツと思いを吐き出していく。
[けどさ……頼ってくれたんじゃねぇのかよって……。悔しいっつーか,惨めっつーか…。俺達,お前らみたいに出来はよくない。よくないけど…!]
顔を覆っていた手を退けたドンは,顔を上げ,泣きそうになりながらも自分達の思いを3人にぶつけていく。
[家族だろ…!兄弟だろ…!少しは信じてほしいんだよ……!]
叫んでいるかのように言ったドンに,エマは目を見開き,ノーマンは座ったまま見上げ,レイはいつ立ち上がったのか,横目でドンを見つめていた。
ドンは[……ごめん!俺ちょっと変だ。頭冷やしてくる。]と言うとそのまま食堂を出て行った。
ギルダも慌ててついていく。
食堂の扉が閉まる音が響くと,ノーマンはようやく立ち上がったが,その場は静寂に包まれた。
その静寂を,エマは小さな声で断ち切った。
[私,間違ってた…。]
エマのその言葉に,ノーマンとレイも,居た堪れなくなり,眉を下げた。
食堂を飛び出して行ったドンとギルダは,ハウスの庭に立っていた。
裏口のそばでギルダが立って庭に佇んでいるドンを見つめていると,ドンは震える声で言葉を発した。
[違うんだ…。全部,八つ当たりだ。ザコ扱いが悔しいんじゃない……。あいつらに…嘘をつかせた。何も…してやれなかった。無知で……無力な俺が……自分が本当にザコなのが悔しい…!]
そう言いながら,ドンは目を手で覆い,その両目から涙を流した。ギルダも,つられそうになりながらも,必死に耐えてゆっくりとドンに近寄る。
[強くなりたい…強くなりたいよ…!]
[うん…うん…。]
ギルダはしゃがみ込んだドンに寄り添うようにしながら,ひたすら頷き続けた。
丁度その頃。エマは気持ちを入れて,食堂を飛び出そうとしていた。
[私,ドンとギルダに謝ってくる!甘かった。ごめんなさいってちゃんと二人に伝えてくる!]
エマはノーマンとレイにそう言うと,さっさと食堂を後にしてしまう。
ノーマンはふっと微笑むと,エマが出て行った扉を指差して,レイに顔を向ける。
[ほら。レイ。僕達も行こう。]
[………………わかったよ……。]
[ふふっ…本当,素直じゃないね。]
[るせ……]
ノーマンとレイも,そんな会話をしながらも,食堂から出て,ドン達の元へと向かった。
[ドン!ギルダ…!]
[[………エマ…。]]
庭に出ている二人を見つけたエマは,カンテラを持って早速庭に出ると,二人の前で立ち止まると,しゃがんでいたドンが立ち上がったのを合図に,二人に正直に謝った。
[ごめん!私が甘かった。私,解ってなかった。恨まれる覚悟ばっかで,信じる覚悟が足りてなかった。]
[[…!!]]
エマの言葉に,驚いたように目を見開いた二人に,エマは続けて言葉を重ねる。
[信じてくれて…気づかせてくれて,ありがとう。]
[僕からも…ごめん。]
[うっ…!いや…その…]
エマの後ろから出てきたノーマンも正直に謝ると,言葉に詰まったようにドンは申し訳無さそうに二人を見る。
そして,グッと両拳を握って,自分の非を認める。
[俺も…つい,殴ったりして……ごめん…。]
そして,ノーマンと,素直でないからか,数m離れたところに立っているレイの顔を見つめる。
[大丈夫……じゃないよな。まず医務室行こう。]
[平気平気。]
ドンの言葉に,ノーマンがニコニコと笑いながら言うと,ギルダが一歩踏み出して口火を切った。
[勝手な行動をとったことも,ごめんなさい。]
[うん…。レイが怒るのも当然だ。]
そして,二人して項垂れる。
[[その……本当に……]]
[ほら。レイ。]
[………]
猛省している様子の二人に,ノーマンは後ろにいるレイへと呼びかけ,自身も持ってきたカンテラをレイに向けた。
レイは数秒程,目線を彷徨わせていたが,吹っ切れたように頭を掻いて,ぶっきらぼうに口を開く。
[あー…もーいいよ!万一の場合は,全部俺が何とかするから……だから………その………]
ぱあぁぁぁと,目も顔も輝かせているドンを見て,レイはコニー達を見殺しにしたことや,スパイを探られた時にドンに濡れ衣を着せた時のことを思い出し,罪悪感のまま,素直にペコリと頭を下げる。
[俺も……色々悪かった。……ごめん。]
エマとノーマンはそれにニコッと笑って満足そうに頷き合った。
全員が改めて落ち着くと,ノーマン,エマ,レイの三人と,ドン,ギルダの二人は向かい合って,この後のことについて,話をしていた。
エマが三人を代表して口を開く。
[もう嘘はナシだから…改めて聞かせて。]
エマの真剣な声に,二人はゴクリと唾を飲み込んだ。
[しくじれば死ぬ。『外』は最悪鬼の世界。それでも,一緒に逃げてくれる?]
真っ直ぐに二人を見つめるエマ達に,ドンとギルダは顔を合わせると,
[当たり前でしょ / だろ!!]
と胸に手を当てて同時に言った。
その答えに,3人はホッとしたように頬を緩めた。
[俺達も信じてもらえるよう頑張る!]
[だから,協力させて!]
[うん!ありがとう…!]
そんな和やかな雰囲気になった空間に,エマもノーマンも安心していると,バッとレイが厳しい目つきで背後を振り返った。
だが,そこにはただ裏口があるだけで,猫一匹いない。そもそも,ハウスに猫などいないが…。
レイの様子に気づいたノーマンが,[レイ…?どうしたの?]と問いかけるが,レイは[いや……何も…。]と歯切れ悪く答えたきり,黙ってしまった。
だが,その視線は未だ,背後を見つめているのを見るに,気になっているのだろう。
ノーマンは,眉を顰めながら,レイを見つめていた。
〚誰かに見られていたような気がしたが……気のせいか…?〛
違和感を覚えつつも,レイは裏口辺りから目を逸らした。
悩んでいても仕方がないと思ったのか,ノーマンが次の課題に挑む準備をするために口を開いた。
[さぁ。次は『下見』の計画だ。早速だけど,ドンとギルダ(ふたり)に仕事を頼みたい。]
[[…?]]
そう言って話をしている様子を,じっと見つめる者がいた。
その人物は,裏口の影──つまり,先程レイが気にしていた場所──から5人のやり取りを見ていると,ニヤリと口元を歪めた。
[見ぃちゃった♡]
その人物はイザベラを引きずり落とそうとしている,シスター・クローネだった。
翌日──11月1日の昼の自由時間。
エマとノーマンは洗濯物を干していた。
エマは嬉しそうな顔で近くで遊んでいる小さい子に会話が聞こえないような声でノーマンに話しかけた。
[なんか,正直に話せてスッキリした。]
[うん。]
エマの言葉に頷いたノーマンは,次いで洗濯物を干しながら,次のことに頭を回した。
〚結果,タイミング的にも今で良かった。決行まで一週間。火種はない。準備も順調。**できる!脱獄(でる)まではできる!!**──問題は,レイをどう欺くか……。レイに悟られず,全員を連れ出す。その方法だけ白紙(まっしろ)だ。〛
ノーマンはそう考えながら,眉を寄せた。
〚今のままでは不可能……。一体何をどうすれば──〛
[ねぇノーマン。ちょっと相談があるんだけど…。]
[うん?]
唸るノーマンに話しかけたエマは,一旦洗濯物を干すのを止めて,真剣な面持ちで話し始めた。
[私なりに考えたんだ。『全員を連れ出す方法』。]
ザアァ…と風が吹き,干された洗濯物を揺らす。
ノーマンは顎に手を当てて顔を顰めていた。
[無茶…かな……?]
[無茶だね……。]
[でも,このママの隙は突けると思うし,現実(ホント)に全員で逃げるにはこれしかないと思う。]
[うん。そうだね。……わかった。ありがとうエマ。レイには,僕から伝えておくよ。]
口ではそう言ったノーマンだったが,レイに伝える気は少しもない。なぜなら,レイは───
洗濯物を全て干し終えたノーマンは,一旦ハウスの中に戻って行った。
そして,先程エマが考えてくれた作戦を思い浮かべる。
〚**これならレイを欺けるかもしれない…!!**それに,レイについては,他に気になることもある。〛
ノーマンはレイの姿を思い浮かべると,冷や汗をかき,眉を下げて思い悩んだ。
〚これがもし僕の思い違いでないのなら,絶対に阻止しないと…!〛
[ノーマン!]
ノーマンが物思いに耽っていると,横からドンが声をかけてきた。
その隣には,ギルダもついて来ていた。
[言われた通り,盗ってきたぜ。洗剤に除草剤……。こんなの,何に使うんだ?]
[下見の時に役立つ。]
[[…??]]
ドンから洗剤と除草剤を受け取ったノーマンは,ニコリと微笑んだ。
[ねぇ。『下見』って,柵の先──塀に上って『外』を見るんだよね?]
森を歩きながら,ギルダがノーマンに尋ねた。
今ここにいるのはノーマン,エマ,ドン,ギルダ4人だ。
ギルダが神妙な面持ちで続ける。
[発信器……どうするの?]
[ああ!それはね…]
ノーマンの代わりにエマがギルダの問いに答えるように,ピッと指を差した。
[“『確認』させなければいい”!]
[その通り。]
エマの言葉に頷いたノーマンは,まだ理解しきれていない二人に説明を始めた。
[ママとシスター。それぞれの目を他へ向ける。『確実にコンパクトを見ない状況』をつくり出し,その間(かん)に素早く下見をする。]
[でも,どうやって……?]
ドンの問いかけに,ノーマンはこの場にレイが居ない意味を説明するかのように口を開いた。
[ママはレイに足止めしてもらう。偽の情報を流してもらうんだ。]
ノーマンはそう言うと,薄く微笑んだ。
レイはイザベラと共に医務室にいた。
昨夜,殴られた頬をイザベラに治療してもらっているのだ。
イザベラは心底以外そうに呟いた。
[あのノーマンとケンカねぇ……。]
[ちょっとした方針の違いでね。]
イザベラが復唱した言葉に,レイは心底不機嫌そうに顔を顰めた。
治療箱を元の場所に片付けながら,イザベラが**[それで?話って?]**と尋ねる。
レイはサラリと,いつも通りの口調で告げた。
[ノーマンがママを殺そうとしてる。]
[…!!]
イザベラが僅かに動揺したのを,レイは見逃さなかったが,あえて触れずに“偽の情報”を伝えることを続けた。
[リスク無視で賭けに出てる。『動き止めるには殺すしかない』って。]
[──まぁ,想定の範囲内ね。『全員』で逃げるとなればそうも考えるでしょう。]
すっかり動揺を消したイザベラは,**[それで?]**と,先を促した。
レイはそれに素直に従い,偽の報告を続ける。
[道具を集めてる。金槌・洗剤・除草剤…他にも使えそうな物片っ端から。]
[あの短すぎるロープも?]
[ああ。]
ノーマンのベッド裏にあったロープを思い出して,イザベラはクスッと笑った。
レイは溜息混じりに頷く。
そして,面倒臭いとでも言うように両手を広げた。
[俺は止めたんだぜ?ヤバすぎる。間違ってるって。]
[それでそのザマ。]
ロープのことを思い出した時よりもあらかさまに笑ったイザベラに,レイはプイッと顔を背けた。
途端に,イザベラが真剣に考え込むように顎に手を当てる。
[毒殺……薬剤が厄介ね。]
イザベラのその言葉に,レイは少し俯き加減に,ポツポツと呟くように口を開いた。
[途中出荷なんてごめんだ。あいつらには12歳まで生きてほしい。何不自由ない,この温室(ハウス)で。]
[………]
目を細めて呟くように言ったレイに,イザベラは目を細める。
そして,レイはもう一度イザベラの方に向き直った。
[だからすり替えようぜ。薬剤を…。中身偽物に!]
[場所は判っているの?]
[ああ。]
[では,明日にでも対処しましょう。]
レイの誘いに,イザベラはレイの元へ近寄りながら頷いた。
その返事を聞いたレイは,顔には出さず,満足していた。
〚よし。これで明日,下見の時間を稼げる。〛
レイ前に立ったイザベラは,薄く微笑みながら,[報告は以上?]と聞いた。
レイは訝しみながらも,[…ああ。]と頷く。
そして,すぐに口角を上げてイザベラを見上げた。
[他に何か気になることでも?]
[いいえ。]
レイの問いかけにニッコリと笑って答えたイザベラは,思い出したように両手の指先を合わせた。
[そうだ。一足先に教えてあげる。昨日の定時連絡で上から通達があった。次の出荷が決まったわ。]
[…!]
イザベラの言葉に思わず身を乗り出したレイを見ながら,イザベラは口角を上げたまま,よく言い聞かせるようにゆっくりと一音一音しっかりと発音して言った。
[来月の定例出荷はない。]
[………じゃあ次は1月。俺の12歳の誕生日。]
イザベラの言葉に,口角を上げ,椅子の背凭れに凭れ掛かりながら,レイがそこまで言うと,イザベラはニコニコとした笑みを浮かべた。
そのイザベラの顔を見上げるように,閉じた瞼を上げたレイは,より一層,笑みを深める。
[次の出荷はいよいよ俺か。]
レイがそう言うと,イザベラは嬉しそうに微笑んだ。
森の中を先々と進みながら,ドンはノーマンに続けて問うた。
[けどよ,ママはレイ任せていいとして…シスターは?]
[そうよ。シスターにこそバレたら即出荷(アウト)なんでしょ?]
ドンの問いかけに続いたギルダは,コソコソと内緒話でもするかのように口元に手を当てて尋ねた。
ノーマンは先を歩きながら,顔だけ後ろを振り返って,**[大丈夫。考えてある。]**と安心させるように言った。
次いで,前を見据える。
〚ピースは揃った。あとは下見をして,逃げ道と持ち物を決めて,大人二人を封じ,皆を連れて塀を越える。**誰一人諦めない。死なせもしない。**必ず成功させる…!必ず──〛
その瞬間。4人全員の心臓が大きく跳ね上がった。
すぐ横の木の影に,クローネがいたからだ。
ニヤリと嬉しそうに,楽しそうにクローネが笑った。
少し通り過ぎたところで,4人が振り返ると,丁度,クローネも木の影から出てきた。
そして,指で輪っかを作り,4人全員の顔を覗き見る。
[見たわよ。食堂でのあ・な・た・た・ち♡]
ゾクッと,全員の背筋に悪寒が走った。
クローネは更に笑みを深める。
[標的は5人全員!!ノーマン…エマ…レイ…ギルダ…ドン…。あなた達5人……。]
目の前に死が急に訪れた感覚がして,エマとギルダは身を寄せ合う。
クローネはグッと顔をエマに近づけた。
そして,手を自身の胸に当てる。
[私と組まない?]
[…………え?]
クローネの提案に,エマは混乱してシスターの目的だと自分達が思っていたことを思い出す。
〚どういうこと?シスターと組むって………。シスターの目的は標的(わたしたち)見つけて即出荷することじゃ……〛
〚なるほど。そういうことか。〛
エマ達が混乱する中,ノーマンはシスターの考えの内が判ったらしく,ニヤリと口角を上げた。
[みんな,大丈夫だ。問題ない。話を聞こう。]
[…!!?]
〚こいつ……。〛
笑みを消さぬまま,クローネを見つめるノーマンに,クローネも,ノーマンが自分のやろうとしていることが確実に読まれたことを悟る。
あえて気にしないようにし,クローネは4人全員を見回した。
[そうよ。お互いの目的のために協力しましょう。]
[お互いの……目的?]
[ええ。]
エマが復唱した言葉に,クローネは頷くと,エマ達を,次いで,自分自身を指差した。
[あなた達は『脱走したい』。私はね,『この家の主(ママ)になりたい』の。イザベラを“ママの座”から引きずり下ろして,その地位奪いたいのよ。]
[“ママの…座”?]
[………]
今度はドンが復唱すると,クローネは服のボタンに手をかけ,上の方だけボタンを外した。
[言っとくけど本心よ。私も抜け出したいの。今の境遇から。]
[[[…!!]]]
そう言ってクローネは,襟を横にずらし,首も左横を見せるようにひねると,そこには,エマ達と同じような5桁番号──18684という数字が刻み込まれていた。
驚いている子供達を差し置いて,クローネは続けてペラペラと喋る。
[このGF農園のシステムをご存知?]
[…?]
[ある条件を満たして12歳まで生き残った女子には出荷時,2つの道が示される。①このまま死ぬか②飼育監(ママ)を目指すか。]
[……条件って?]
ドンが聞き返すと,クローネはあっさりと教えてくれた。
[一定以上の成績と,飼育監(ママ)の推薦。それらさえ手に入れれば,脱走しなくても生き延びることはできるのよ。女の子はね。でも,やめた方がいい。]
驚き,固まっているエマとギルダ見せつけるように,クローネはもう少し下のボタンも外し,鎖骨の下辺りを見せる。
[二度と敷地の外へ出られない体になる。]
そうったクローネの胸には,大きな手術痕が刻み込まれていた。
全員,驚いて言葉を失う。
そんな4人の様子に気づいたのか,クローネは,慌てて手を左右に振った。
[あなた達はまだ逃げられるわ。]
[何……?それ…。]
呆然としながらも,エマは辛うじて言葉を絞り出した。
クローネは,それに少し笑うと,ボタンを閉めながら,**[チップよ。]**と呟いた。
[飼育者(おとな)はね,一歩でも農園の外へ出たら,コレに電気を流されて心臓を止められちゃうの。そして,コレは同時に,何か別の要因で心臓が止まると農園(うえ)に通報する送信器でもある。]
〚やはり飼育者(おとな)は『殺せない』ということか…。〛
クローネの説明に,ノーマンは予想通りだったと感じたが,それを喜ぶべきか,リスクが上がると嘆くべきかわからず,溜息をつきたくなった。
クローネは思いを馳せるように薄く微笑んで続けた。
[私は農園の中でしか生きられない。だから,その中で一番イイ暮らしがしたいのよ。ママとして,偽りでも人間の暮らしを。小さな箱庭(おうち)の,あたたかな家庭の,可愛い子供達の,可愛い愛情に囲まれて,母(ママ)になりたいの。]
そう言ったクローネは,突如,スッと目つきを鋭くさせた。
[**そのためには,今の母親(イザベラ)が邪魔なのよ。排除したい。**あなた達が逃げればイザベラ(ヤツ)が罪に問われる。排除(ソレ)が叶うわ!!]
**私は邪魔をしない。**と,クローネはハッキリと言った。
[逃げなさい。それが私の利益になる。]
クローネがそう言うと,全員を代表して,ギルダが言葉を絞り出した。
[出荷……しないの?標的(わたしたち)を。]
[しないわ。]
ギルダ問いに,即答したクローネは,見せつけるように,バッと両手を広げた。
[**協力しましょう!敵は母(ママ)イザベラ。**共に追い堕としましょう。]
〚………〛
〚確かに,利害は一致する……。〛
[………]
クローネの誘いに,ギルダとドンは目を見開き,エマは顔に影を落として押し黙る。
対して,ノーマンは,クローネを暫く見つめていたが,唐突にニヤリと笑った。
〚違う…。『しない』んじゃない。『できない』んだ。〛
クローネに共闘を持ちかけられたその瞬間。ノーマンはそう確信していた。
〚証拠がないから突き出せない。権限がない。鬼達にママより信用されていない。だから近づくしかないんだ標的(ぼくたち)に。〛
口元を緩めて,何もかも見透かしているかのように自分を見つめるノーマンに,クローネ自身もニヤリと笑った。
〚──そう。近づいて“証拠”をゲット。そしてイザベラもろとも,このムカツくガキ共総出荷!!その上でママになる。それが本当の目的よ。──なぁんて,この子にはバレてるかもね。〛
〚──バレバレだ。そもそも,逃したいだけならば,こうして標的(ぼくら)に近づく必要はない。しかるべき時に黙って手を貸せばいいだけのこと。ペラペラと喋らなくていい手の内を喋るのは,僕達の信用を掴みたいから。信用させて“証拠”を得たら,こいつは必ず,僕らを出荷する(ころす)!!〛
クローネを真っ直ぐと見つめながらそう考えるノーマンは,クローネに確かめるように目を細める。
〚ギルダで失敗したから,今度は標的(ぼくら)全員に近づいた。証拠を掴めば良し。掴めなくても,僕らを逃がせばママは堕とせる。──そうでしょう?シスター。〛
ノーマンの考えていることを判っているかのように,クローネはニッと笑みを深めると,一度手を自身の胸に当てた。
〚──でも,だとして他に選択肢ある?あんた達は私と組むしかない。でなきゃ私に邪魔されるだけなんだから。〛
〚──でしょうね。〛
〚──互いに互いを利用する。それでイイじゃない。〛
声に出していないのに,まるで対話しているかのようにドンドンと話が進んでいく二人の様子に,コナン達は冷や汗が流れた。
映像のクローネは,スッと右手をノーマンに差し出して笑う。
[組みましょ♡]
エマ達が心配そうにノーマンを見つめる。
ニッと笑ったノーマンは,〚いいだろう。〛と自身も右手を差し出す。
〚ただし,利用するのは僕らだけだ。〛
あと少しで二人の手が重なる──というところで,
[待って。]
と,エマが鋭く静止をかけた。
エマは一歩前に出ると,クローネを睨みながら,口を開く。
[私はノーマンの判断に賛成。でも,一つだけ,今,シスター確認させて。]
[なぁに?]
クローネが微笑みながらそう聞くと,エマはより一層睨みを聞かせて,
[あなたが私達を裏切らない保証は?]
と聞いた。
だが,その口調は,質問に答えるよう『促している』というよりも,質問に答えろと『命令している』ようだった。
クローネは十中八九それに気づいているだろうが,薄く微笑んで,心底残念そうにした。
[信用してくれないのね~。]
[いいから!]
とうとうエマが叫んで言うと,クローネはフッと息をついてから口火を切った。
[レイよ。レイがこのことをイザベラにチクれば私を潰せる。──でも,私がレイの正体をイザベラにチクれば私はレイを潰せるわ。]
クローネはそう言ってエマに顔を近づけると試すように微笑んだ。
[だからお互い裏切らないし裏切れない。それでいいでしょ?]
[………]
エマは暫くクローネを見上げていたが,一瞬瞬きすると,**[…わかった。]**と低く言った。
その言葉を合図に,クローネとノーマンは今度こそ握手を交わした。
クローネはニッと笑う。
[交渉成立ね。]
嬉しそうに微笑んでいるクローネを見て,ドンは思ったことを素直に口に出した。
[……シスターもママも,農園(ハウス)出身だったんだな。]
[ええ。正真正銘,同じGF農園(ハウス)。ここ,第3プラントじゃあないけどね。]
[…?]
[………]
ドンの質問に,これまたあっさりと答えたクローネは,ニッと笑って右手を差し出し,左手を胸に当てた。
[他にも,私しか教えられない情報,何でも教えてあげる。友好の証よ。今夜にでも私の部屋にいらっしゃいな。]
[…!!]
クローネのその言葉に,ギルダはビクッと体を強張らせた。
それに気づいたクローネは,優しくギルダの頭を撫でながら,ドンとギルダの二人を見回して,ニヤリと笑う。
[ああ。そんなに怯えないでギルダ。私はあなたに感謝こそすれ,恨んでなどいないわ。だってあなた達二人が波風立ててくれたから,標的を特定できたんですもの。]
[[…!!!]]
クローネの言葉に凍りついた二人を見て,クローネは[じゃあまたね♡]と言って去って行った。
俯いているドンと,口元を抑えているギルダに,ノーマンは[気にするな。]と声をかけた。
[これで良かった。これで,下見の時にシスターの目をそらす必要もなくなった。あとはレイが上手くママを抑えてくれる。下見に集中できるよ。]
ニコリと微笑んで言ってくれたノーマンに,二人は罪悪感と感謝の感情でいっぱいいっぱいになる。
すると,ポツリと,エマが呟いた。
[『イイ暮らし』だって……。]
全員がエマに注目した中,エマはキッとクローネが去って行った方向を睨みつけた。
[自分だってそうだったのに……!子供をすすんで見殺しにし続けることが『一番イイ暮らし』だって…『人間の暮らし』だって…!]
エマはクローネが言っていた言葉一つ一つを思い出すだけで憤りを感じた。
〚『あたたかな家庭』?『母(ママ)になりたい』?〛
くっと奥歯を噛み締めて,エマは,感じ取った事実を叫ぶように言った。
[あの人…子供(わたし)達の命なんて本当に何とも思ってない!!]
[ああ。僕らを出荷する気に変わりはない。]
エマの言葉に,ノーマンも賛同し,怒りで収集がつかなくなりそうになっているエマに代わって話を引き継ぐ。
[『証拠』『権限』『信用』がないから出荷できないでいるだけだ。言いかえれば,どれか一つでも手に入れたら,手の平返して出荷してくる!!『権限』や『信用』なんて,そう容易く手に入るものじゃない。『証拠』を掴ませない限り,奴(シスター)は僕らを逃がすしかない。]
**互いに肚は判っている。**と,ノーマンはクローネが去って行った方向をじっと見つめながら呟くように言った。
[しばし形だけでも“共闘”と行こうじゃないか。]
ノーマン達4人は,ハウスに戻り,夕食を済ませた後の夜の自由時間に,ようやっと今日,レイも加え,5人で図書室で話し合っていた。
ギルダがエマの肩を掴んで揺さぶる。
[本当に行くの?相手あのシスターだよ?]
ギルダは一度,クローネに部屋に呼ばれ,鎌をかけられたことがあるためか,ここはかなり渋っている。
ギルダは頷くエマを見て,言葉では言いにくそうにしながらも続ける。
[『何でも教えてくれる』って,聞こえはいいけど……なんかこう…こういうことでは…!?]
と,アワアワとした表情で言った。
無論,『こういうことでは…!?』と言う言葉ではわからないので,ギルダの頭の中の様子を言葉で説明するのならば,『クローネは蜘蛛みたいに蜘蛛の巣張って,ひらひらとあっさり飛んできた蝶のような標的(じぶんたち)を罠にはめようとしている』ということだろう。
だがまあ,4人とも,言いたいことは何となく察したのか,ドンはコクコクと頷き,レイは若干呆れたように,引いたように目を細めた。
ノーマンとエマは,安心させるように口を開く。
[大丈夫。敵の目的はわかっている。]
[『信用させて,“証拠”を掴みたい』。]
[そう。だから僕らは信用しないし“証拠”も掴ませない。その上で,ほしい情報だけ奪ってくる。]
二人がそう言うと,感心したように,ドンとギルダは押し黙った。
ノーマンは,[レイ。ちょっと良い?]と言ってレイが頷くのを見てから,一緒に部屋の外へ出た。
それを見たエマも,ドンとギルダに,
[二人に頼みたいことがあるの。]
と,話を切り出した。
部屋の外へ出たノーマンとレイは,イザベラとクローネのことについて話していた。
[どうだった?ママは引き付けられそう?]
[ああ。まあ,俺達も一回ガチで考えてたことだしな。あっさり信じてくれたよ。これで明日の下見の時に発信器の信号を見られなくて済む。]
[それは良かった。]
レイの答えに,ノーマンはホッと息をついたが,レイは少しの間を開けて,ポツリと呟いた。
[…………ついでに,次の出荷も言い渡されたけどな。]
[え…?次の出荷……?]
目を見開いたノーマンがそう聞き返すと,レイはイザベラに言われた通りのことを口にした。
[『上から通達があった』って。『来月の定例出荷はない』んだとよ。]
[…………ということはつまり……]
[次の出荷は俺だ。1月15日。]
〚…………………レイの誕生日…。〛
自身の出荷を何とも思っていないかのようにサラッと言ったレイに,ノーマンは一瞬だけ顔を歪めるが,すぐにいつも通りの表情に戻る。
[まあ,大丈夫さ。その時には僕らは皆,とっくの昔に塀の『外』だ。]
[……ああ。]
ノーマンの言葉に,レイは一瞬何かを思案するような顔になったが,やはりこちらもすぐに戻り,頷いた。
そして,今度はレイが口を開く。
[奴が事実を話すとは限らないぞ。]
[ああ。嘘は混ぜてくるだろう。]
クローネの話だとすぐにわかったノーマンは,素直に頷いた。
そして,薄く笑う。
[それでも聞くだけ情報(ハナシ)は聞いておきたいし,こちらの手の内も見誤らせたい。要は,こちらが,証拠に繋がる失言にさえ,気をつければいい。]
ノーマンの言葉に,レイは何か嫌な感じがしつつも,コクリと頷いた。
消灯時間が過ぎた頃。シスター・クローネの部屋を訪れる者がいた。
その人物の内の一人が,コンコンッと軽い音を立ててノックをする。
すると,中に居たクローネは,ニッコリと笑って扉を開け,二人を招き入れた。
扉を閉めると,自身のベッドで寝かせていた赤ちゃんの人形を抱きかかえると,**[ほら。何でも聞いて。]**と微笑む。
と,同時に,クローネが抱きかかえている人形の首がダラリとクローネが招き入れた二人──ノーマンとエマの方を向くように垂れ下がった。
因みに,この人形はクローネの私物で,今まで雑に扱うことは無かったが,イザベラに直接“忠告”された時に,怒りで人形の首を引き千切り,踏みつけたのを縫って直した物だったのだが,勿論,それを知らないノーマン達は思わず眉を寄せた。
いや,仮に知っていたとしても如何せん,人形がまあまあリアルな赤ん坊なので,何も感じないことは無かっただろう。
クローネの言葉に,ノーマンは目を細めた。(勿論,人形の赤ん坊は視界に入れないようにしてからだが…。)
[本当に何でも?]
[ええ。農園のことでも,本部のことでも。]
[『大人が子供(ぼく)達を殺す気持ち』でも?]
顔に影を落として低く言ったノーマンに,クローネはニヤッと笑った。
[ええ。あなた達が知りたいことなら何でも。]
クローネの了承を得ると,今度はエマが口火を切った。
[じゃあアレ見せて。発信器の信号を『確認』するモニター。]
スッと右手を出して促したエマに,クローネは**[ああ…。どうぞ。]**と言って手渡した。
[どう?シンプルでしょ?現在地だけで,個人の特定はできないの。]
パカッと蓋を開けたエマ達に,クローネは意外そうに微笑んだ。
[発信器があることは知っていたのね。]
[……ええ。ママに見せられて。でもその場所と壊し方がわからない。だから,逃げるに逃げられない。]
ノーマンはクローネの言葉に答えながらも,サラッと嘘を入れた。
そのノーマンの話をエマが引き継ぐ。
[シスターは知ってる?発信器の場所と壊し方。]
[ええ。場所は…]
エマの質問にやはりあっさりと答えるように,クローネは左の人差し指を耳に当てて示した。
[耳よ。左耳。この辺り。壊し方は知らないわ。でも,壊すと通知される。そこにも,本部にも。]
〚レイの言ってた通りだ……。『耳』ってのも嘘ついてない…。〛
言うが早いか,クローネは,今度は左指で耳をつまみ,右の人差し指と中指でハサミの形を作り,切るような動作をする。
[取り出すしかないわ。もしくは切り落とすしか。]
[でも,ハウスには碌な刃物がない。ナイフはおろか,包丁の一本でさえ……。]
クローネのアドバイスに,ノーマンは続けて『できない』と言外に告げて否定した。
[『外』へ出たら薬もない。出て行く段階(とき)から出血や感染症のリスクまで負いたくない。]
[メスがあるわ。医療用メス。めったに使わないけれど,飼育場(プラント)内でのケガに備えて。医務室には抗生剤(クスリ)も道具も備えてある。麻酔もね。5人くらいなら…まぁ,足りるでしょ。]
そう言うと,クローネはポケットからイザベラが持っている鍵と同じ物を取り出した。
[鍵は貸してあげる。技術(やりかた)は教えたげる。これで解決。さぁ次は?]
[[………]]
クローネの明るさに少々気後れしつつも,エマが続けて質問した。
[シスター今何歳(いくつ)?生まれた時から家畜なの?]
[大人の女性に年齢を聞くなんて…………と言いたいところだけど,26よ。]
頬に手を当て,溜息をついたクローネだったが,そこまで老いているわけではないことは明白なので,すぐに教えてくれた。
〚2019年生まれ?〛
と,ノーマンが考えていると,クローネは続けて
[生まれも育ちもGF農園(ハウス)。因みに,イザベラは31歳。]
と詳しく言ってくれたのに加え,クローネは,イザベラの情報まで教えてくれた。
〚!…2014年生まれ…‥。〛
レイが見せてくれた本よりも前に生まれたらしいイザベラの情報に,エマとノーマンは集中した。
だが,次の,ニッと笑ったクローネの言葉で,2人共,驚愕に目を見開く。
[そして,彼女も同じ農園生まれの農園育ち。]
〚〚え!?〛〛
[そう記録で見たわ。]
エマは驚いて固まってしまった。
〚あの本よりも前に生まれたママでさえ,農園生まれ?〛
〚ママもシスターも,『外』の出身ではないのか……。〛
ノーマンは動揺を抑え込んだ表情でクローネに質問を続けた。
[『外』は?見たことあるんですか?]
[ないわ。]
[[…!!?]]
大人は一度でも『外』を見たことがあるのかもしれないと思っての質問だったが,否定の言葉で即答したクローネに,ノーマンもエマも,今度はあらかさまに驚いて若干身を乗り出した。
それに,クローネも少し目を見開く。
[アラ。嘘でも『ある』って言うと思った?ないわよ。でも,『外』に人間はいる。]
[………]
クローネの最後の言葉に,エマは冷や汗を流した。
次いで,クローネは,自身の胸に手を当てて口角を上げる。
[あなた達の食料は農園(うえ)と大人(わたしたち)で作っている。でも,服や道具は『外』から運んでくる人間がいるのよ。]
[道具……?]
[オモチャとか……本とか?]
[そう。あとは家具やテスト機材ね。]
〚それが本当なら,ミネルヴァさんの本も…!〛
クローネは唐突にスッと思い出すように顔を上げ,天井を見上げた。
[一度だけ本部で見たわ。彼ら…奴らと対等だった。食われない人間も『外』にはいる。そこに紛れなさい。]
〚**“食われない人間…!?”**本当なら,ミネルヴァさん生きている可能性だって高まる…!〛
〚本当なら……ね。〛
クローネの言葉に希望を持ったエマに気づいたノーマンが,心の中で付け加えた。
そして,今度はエマが質問する。
[じゃあシスターは,鬼がいつからいる……とか,世界がどうしてこうなった……とか,知らないの?]
エマの問いに,クローネは一瞬キョトンと瞬きした。
[“鬼”?ああ。連中のことね。知らないわ。]
[この農園はどこにあるの?]
[知らない。]
[農園周辺の警備(セキュリティ)は?]
[それは知ってる。大したことないわ。発信器に頼ってロクな人数配置していないし,巡回すらしていないはずよ。]
エマとノーマンから立て続けに続いた質問にも,クローネは表情を変えずにスラスラと答えていく。
だが,最後のクローネの答えは,ノーマンとエマに疑念を抱かせた。
〚確かに静かだった…。〛
〚でも,これは多分嘘だ。〛
〚……そんなに甘いはずがない……。〛
目つきを鋭くさせて,ノーマンとエマはクローネを見る。
そして,ノーマンは手に持っているコンパクトを見つめた。
〚………改めて思うのもあれだけど……本当に何でも……?〛
そう思うが早いか否か,スッと,ノーマンは発信器の信号を『確認』するモニターを指差してクローネを見上げた。
[あの…これ,分解…]
[それは勘弁して頂戴☆]
ノーマンの言葉を遮って,クローネは初めて質問(?)に対する答えを断った。
ノーマンとエマは渋々顔を見合わせると,スッとコンパクトを返した。
[ありがとうございました。]
[!…もういいの?]
[はい。おやすみなさい。]
[………]
あっさりと帰って行こうとする二人を見て,クローネは表情を消した。
〚賢い子達……。嘘か本当かわからない情報にがっついて不用意に尻尾を掴ませたりしない。こいつは…こいつらはわかっている……。『証拠』を掴ませない限り,私(てき)は標的(じぶんたち)を逃がすしかないと。〛
だが,クローネは〚でもね…。〛と考えると,あまりのことに肩を震わせ,腹を抱えて大笑いした。
[フフフ…アハハハハハッ!!!]
[[…!!?]]
突然笑い出したクローネに,ノーマンとエマは驚いて扉の前で立ち止まり,目を見開いて振り返った。
クローネは笑いを収めると,今まで以上にニヤリと笑って二人を見て,確信したように言った。
[そう。発信器の場所も壊し方も既に突き止めてたの。やるじゃない!]
〚〚えっ…。〛〛
[なるほどね。色々とよくわかったわ。]
まだ若干笑いながらクローネの言ったクローネの言葉に,エマは放心した。
〚な……なんで!?質問は選んだ。失言はしてない。なのになんで…〛
[言葉だけじゃないのよ。情報は。]
[[…!!!]]
クローネはニヤリと笑って,エマ達の欠点を指摘した。
[あなた達,言葉には気をつけてた。自分達の知りたいことは何か,私に気取られぬように。質問にもその聞き方にも,極めて細心の注意を払っていた。偉いわ。でも自分の優位にあぐらかいて油断しすぎ。]
ビシッ!と二人を指差したクローネは,踊るようにくるくる回りながら言葉を続ける。
[人間はね,その場に立っているだけで情報の固まりなの。態度・目線・まばたき・汗・仕草・瞳孔・脈拍。全てが相手を探るヒントなのよ。]
なのにあなた達ときたら…と,クローネは頬に手を当て,困ったように溜息をついた。
[発信器が『耳にある』って判ったのに,触って確かめようとすらしないし,取り出せる段取りついたってのに全然嬉しそうにしてないんだもの。]
クローネのその言葉に,エマはハッと気がついた。
〚そうだ!私達も最初は確かに──〛
ノーマンはくっと奥歯を噛み締めた。
〚ぬかった…!僕らが失言しないのは既に想定済。だから狙い見ていたのは,僕らの言葉でなく,自分の言葉に対する僕らの反応…!〛
[ねぇ。]
ニヤリと,心底嬉しそうにクローネは笑った。
[なぜわざわざ聞く必要のない発信器について聞いたの?何か私に隠したい…内緒にしたいことでもあるのかしら?]
ニヤニヤとした笑みで聞いてくるクローネを,冷や汗をかきながら見つめている,ノーマンは,小さくエマに呟く。
[大丈夫。証拠はまだ何一つ掴まれていない。]
[うん。]
二人がそのまま部屋を後にしようとクローネに背を向けると,クローネはフッと笑い,**[まぁいいわ。]**と呟き,
と,二人の背に投げかけた。
その何語かわからない言葉に,二人とも思わず,
〚〚え…?〛〛
と立ち止まり,もう一度クローネを振り返った。
クローネは憎たらしい程の満面の笑みを浮かべている。
[知らないわよね。知りたいでしょ。]
**〚今…何て?〛**と混乱するエマ達に,クローネは[次来た時に教えてあげる。]と言いながらツカツカと二人に近寄っていく。
エマの肩に手を置いたクローネは,もう片方の手でキィィ…扉を開いた。
そして,その耳元で囁く。
[またいつでもいらっしゃい。今日よりもっとお話しましょ。]
と。
パタンと扉が閉まると,二人は暗い廊下を自室に向かって歩いて行く。
ノーマンはポツリと呟いた。
[シスター・クローネを見くびっていた。手の内を見破られた。]
[うん…。]
[証拠はまだ掴まれていない。でも……こちらから情報は何一つ与えない手筈だったのに…!]
ノーマンの言葉に,エマはようやっと判ったように,呟いた。
[あの人もママと同じ,農園のシステムで生き残ってきた大人なんだ……!]
[やっぱり急ごう。一刻も早くここから逃げよう。ぐずぐずしていられない。]
ノーマンがそ言うと,二人は一度立ち止まって,今は暗い森の奥の柵よりも更に奥にある塀を窓から睨むように見据えた。
[[そのために,明日の下見をぬかりなく!!]]
二人の決意の籠もった声が暗い廊下に響いた。
少し時を遡って。丁度ノーマンとエマがシスターの部屋の前に来ていた時。
レイはイザベラの部屋を訪れていた。
レイは椅子に座って,イザベラから手渡された報酬のカメラを嬉しそうに見回しており,その様子を,イザベラは,机に凭れ掛かり,腕を組んで無表情で見つめていた。
[ママ。]
と,レイがカメラを構えて呼ぶと,イザベラはニコッと微笑んだ。
それを合図に,レイはシャッターを切る。
スマホやデジカメではなく,インスタントカメラなので,当然,撮ったらそのまま写真が出てきた。
その写真を興味津々な様子で見るレイと,逆に,無関心な様子で見つめるイザベラ。全く真逆の様子である。
しかも,イザベラは,もう笑顔を消している。
写真を見たレイが,[へー…!]と思わずといった様子で声を出した。
[始めは何も写らないのか。]
レイが楽しそうに写真カメラを見ている中,イザベラは呆れたように息を吐き出しながら,
[最後の報酬がカメラね…。]
と呟く。
勿論その呟きを聞き逃さなかったレイは,徐々にイザベラの姿を表していく写真を見つめながら,言葉を返した。
[“写真”って現象に興味があったんだ。写真もカメラも本でしか見たことなかったし,欲を言や,現像まで自分でしたかっ………!すごいな…。本当に時間を切り取ったみたいだ。]
珍しく嬉しそうに話していたレイは,写真が完全にイザベラの影を写し出したのか,驚きつつも満足そうに呟くと,その写真を机に置いて立ち上がり,イザベラを見上げる。
[例の薬剤の件だけど,明日の昼飯の後でも良い?]
[ええ。いいわよ。じゃあ明日の昼に対処しましょう。]
[わかった。]
一言二言,会話を交わしてから,レイはイザベラの部屋を出て行った。
イザベラは,その後ろ姿を見つめていたが,ボーン…ボーン…と時計が音を立てたのを聞くと,凭れていた机から体を離した。
そして,不敵な笑みを浮かべて呟く。
[さて。そろそろ頃合かしら。]
イザベラのその言葉で,ノーマン達の脱獄に,急展開が招き入れられるのを,まだ誰も知らない──