Side 黄
「ねえ高地さん。物置部屋に、オーディオあったでしょ?」
ベッドに寝たままできるだけ首を動かしてみれば、かけていた掃除機を止めて北斗さんが俺を見ている。
「オーディオ…」
ある。確かに、今は使っていないスピーカーが別の部屋に眠っている。色んなものをテキトーに放り込んでいる場所だ。
「前に、頼まれて物を取りに行ったときに見ちゃいました。あれ、出しません?」
俺はすぐに返事ができなかった。
あのオーディオ機器は、働けていた頃に奮発して買ったものだ。でもALSがわかってリビングに医療用ベッドを搬入するとなったとき、邪魔になって仕舞ったんだ。
自分で聴くのも億劫だし、できれば見たくなかった。
「嫌…ですか?」
俺の表情が冴えないのを見てか、北斗さんは眉尻を下げた。
「いえ…。でも、ヘルパーの仕事ではできないじゃないですか」
彼らヘルパーの仕事は、僕ら患者の最低限の生活をサポートすること。
「そんなこと言ってたら、楽しく暮らせませんよ。ね、気にしなくていいですから。頑張って時間内に終わらせます」
からりと笑って、それ以上の反論を封じるかのように掃除機のスイッチを押す。
その機械音を聞きながら、昔に聴いていた音楽を思い出す。ベースやウクレレもやっていたし、たくさんCDを買っていた。まだ捨ててはいないはず。
北斗さんは、ヘルパーだけど友達のような人だ。年下だから弟みたいなときもあるし、兄に見えるときだってある。
こんな素敵な人に世話をしてもらえて幸せだな、とつくづく実感する。
この病気になって、いいことなんて一つもないと思っていた。どんどん身体が動かなくなっていって、お喋りもできなくなって、終いには息ができなくなって。
自分の命が、いずれは機械によって繋げられる。それを選択しなければ、待っているのは「終わり」。
それがどっちも嫌で怖かった。
だけど、そんな俺のもとにやってきてくれた北斗さんは、俺が変わっていくのにも動じなかった。他人でヘルパーという職業だから当たり前なのかもしれないけど、その存在は俺の心の真ん中にいるようになった。
北斗さんになら、どんな自分でもさらけ出せる。そんな気がして。
「よいしょっ。こんないいのあるんだったら、絶対音楽好きだなーって思ってたんですよ。でも全然話してくれないから…」
彼は重たい箱のようなスピーカーを、ベッドのそばまで運んできた。コンセントを差し、色々いじっている。
「俺も好きだから、セッティングできる気はするんだよな。これはこっちに…」
でも、始めて見る知らないメーカーなんだろう。手こずっているのを見て、声を上げた。
「そのケーブルは…本体と、繋ぐんです」
北斗さんは振り返り、「わかりました」と微笑む。数分後、「出来た!」と言って立ち上がった。
またリビングを出て行き、戻ってきた彼が手にしていたのはCDが入っている段ボール箱だった。
「これですよね。ちょっと見てもいいですか?」
俺はうなずく。
中を見て、「うわ!」と何やら驚いたような声を出す。掲げてみせたのは、俺のお気に入りアーティストのアルバムだ。
「俺、このバンドめっちゃ好きなんですよ! 聴いてもいいですか?」
俺は思わず頬を緩めた。
「どうぞ。俺も、久しぶりに…聴きたい」
ディスクをセットし、スイッチを押して流れてきたのは、もう何度も聴いてきた懐かしく大好きなメロディー。
「あっ。やっと笑ってくれた」
北斗さんが、俺の顔を見てにっこりと笑う。
「俺も嬉しいです」
俺が笑えたことか、好きなアーティストが被っていたことなのか。
それはわからないけど、北斗さんの笑顔は仕事中になんて見たことがないくらい明るくて、この部屋を照らす太陽のようだった。
北斗さん。
俺がいつか何もできなくなっても、隣にいてほしい。
君といれば、素直な音がするから。
終わり
コメント
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ぎゃー新作だ‼️ 6つのシリーズ、1から追ってみるね👀