テラーノベル
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打ち合わせ中も、視界の端に映る彼女の存在が気になって仕方がなかった。
数年前、あの日入り口で立ち止まっていた「迷子の子鹿」みたいな面影はもうない。スタッフの動きを追い、機材の名前を小さく呟くらんちゃんは、もう立派に「表現の現場」を志す一人の人間としての顔をしていた。
(……ダメだ。もう、待てない)
打ち合わせを爆速で終わらせ、僕は迷わず彼女の隣に座った。
本当は、もっと時間をかけて、彼女が二十歳になるくらいまで見守るつもりだった。でも、通信制を選んでまで夢を追う彼女の覚悟を知ってしまったら、僕の中の「独占欲」という名の怪物が目を覚ましてしまったんだ。
「見習いとしてでいいから、ここで働かないか」
自分でも驚くほど、声が震えなかった。
らんちゃんが「え!?」と素っ頓狂な声を出す。その反応さえ愛おしいけれど、僕の目は笑っていなかったと思う。
「家とか生活のことは、僕が……会社がなんとかするから。上京して、スタッフをやらないか」
「会社が」なんて付け足したけど、本音を言えば僕が全部面倒を見たいくらいだ。石川に帰したくない。誰にも見つからない場所に閉じ込めておきたい……そんな危うい衝動を、「将来有望なスタッフの確保」という大義名分で覆い隠す。
「……すぐに、お返事はできません。家族と、ちゃんと話し合わないと」
彼女の困ったような、でもどこか期待に満ちた瞳。
その日はそれ以上深追いしなかった。無理に頷かせても、彼女のためにならないことは分かっている。
でも、僕の心はもう決まっていた。
もし彼女の両親が反対するなら、僕が石川まで行って土下座したっていい。彼女の才能を、そして何より「僕の隣にいるべき存在」を、もう二度と手放すつもりはなかった。
背後で若井と涼ちゃんが「あーあ、ついに言っちゃったよ」みたいな顔でこっちを見ていたけれど、そんなの知ったことか。
僕は、彼女が「はい」と言ってくれる未来しか、もう描いていなかった。
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🌹はなみせ🍏