ピンポーン
実家のチャイムを鳴らす。小学校低学年ぐらいの男の子が出てくる。
「おお、秀也か。大きくなったな。」
「誰だお前。」
流石に実家に帰った瞬間これはないだろう。甥っ子の秀也は僕が家を出たときまだ2歳だったし当然かもしれないけどそれでも精神的なダメージが…。
「なんてな!悠にぃ、おかえり!」
びっっくりしたぁ。というかとてつもなく安心した。もう涙出ると思った。これからはこまめに実家を訪れる必要があるな。なにせ子どもの成長は早い。ショックすぎて膝から力が抜けてへにゃっと玄関に座り込んでしまう。
「ママー、悠にぃが泣いてるー。」
居間から一番上の姉の歌葉がでてくる。記憶より髪が短く、より母親然としている。
「え?!ちょっと悠晴大丈夫?」
「しゅ、秀也が…。」
「は?秀也?ちょっと何悠にぃ泣かせてんの。こらっ、待ちなさい秀也。」
大体のことは手紙、メール、SNS等で知っていたが、冷静になってよく見るとだいぶと家族構成が変わった気がする。もちろん秀也は5年分大きくなったけど、初対面の秀也の妹の舞菜ちゃんも今年で4歳らしい。二番目の姉の琴葉は当時の彼氏だった賢一さんと結婚して、10月には娘が生まれるらしい。一番驚いたのは、あんなに『モテたい、モテたい』と嘆いていた非モテ兄の光晴になんと彼女ができたことだ!ちなみに名前は遥さんだ。他にもいとこの子供やらはとこがどうのやらの変化ももちろんあるけどもう面倒なので説明はしない。簡潔に言うと大家族が巨大家族になったということだ。このまま行けばいつか集落が作れそうだ。
「たまにはこっちに帰ってこないと訳わかんないよ。」
「悠にぃ今度は舞菜に忘れられちゃうね。」
「秀也…もうやめて?」
「秀也、悠にぃもう立ち直れなくなっちゃうからやめなさい。」
歌ねーちゃんは俺の膝の上に陣取る秀也を引き剥がす。すると次は一番下のいとこの大祐がよじ登ってくる。
「大祐やめなさい。」
「いいよ楓おばさん。帰ってきてなかった俺が悪いし。」
「悠晴くん、悠晴くん。」
「なあに?」
「大祐ね、この間9歳になったんだよ!。」
「おめでとう!もうこんなに大きいもんな。」
僕が帰ってきたことを喜んでくれるのは嬉しいんだけどみんなが一斉に『悠晴、悠晴』というのでものすごく忙しい。
「悠晴、一宮さんの所も悠晴帰って来るの楽しみにしてたから顔出してらっしゃい。」
母親に言われるがまま、僕は下駄をつっかけて、一宮家へ出かける。田舎なので一番近いとは言え畑の向こう側。空気が美味しいし、気温も東京より低い。昔よく姫奈とかくれんぼをしていたうちの田んぼの稲も青々とそだち、風に身を委ねている。向こうの方で夏野菜に水をやっているのはじいちゃんか?姫奈の実家は昔ながらの石垣がある平屋だ。駐車場にはおじさんの水色の軽トラックが停まっている。ガラガラと滑りの良い引き戸を開けて玄関で立ち止まる。
「おじさん!おばさん!こんにちは!」
少し間を開けて遠くから返事が返ってくる。
「悠ちゃん、ちょっと今手が離せないからさき上げってて。」
「はーい。」
靴を揃えて長い廊下を渡る。無意識にきしむ部分を避けて歩くのは染み付いた癖か。今につながる障子を開けて一瞬固まってしまう。昔からこういうときに引きが良いというのか悪いというのか。漫画を読みながら季節外れにも餅を食っている姫奈と目があってしまった。
「……」
商事を一度閉じてからもう一回確認してもやっぱり底にいるのは姫奈だ。
「悠晴、現実を受け入れよう。」
「な…なんでいんの?!」
「いや、ここうちなんだけど。」
「なんで夏に餅食ってんの?!」
「餅はいつ食べても良いフォーシーズンの食べ物なのだよ。」
気まずい空気をごまかそうと、姫奈は黙々と漫画を読み、僕は姫奈が七輪で焼いている餅をひたすら食べるという謎の時間が続いた。
「え、姫奈も悠ちゃんも何してんの?お餅食べすぎると太るよ?ていうかなんで夏にお餅?」
「だからお餅は…ああもういいや。」
「そうだ悠ちゃん、皇太郎もかえってきてるよ。」
皇太郎は姫奈の兄で昔からよく遊んでいた。
「皇太郎!悠ちゃん来てるよ!」
「まじ?!今行く!」
ドタドタと廊下を走ってくる音がする
バンッ
障子をなぎ倒す音とともに二十代半ばの巨体が降ってくる。
「皇太郎重い。七輪も危ないだろ。」
「悠晴ったらひどいな♪俺は羽のように軽い。」
そんなはずがないだろう。身長190前後の自衛隊員が何を言っている。体重80kgオーバーの筋肉ダルマが重力とともに降りかかってくるのだ。そんなの軽いはずがない。
「皇太郎降りて?死にそう。」
一宮家に長居しすぎて帰ったらもう夕飯の準備ができていた。じいちゃんの畑で採れた夏野菜の冷やし麺だ。夏休みだからこそなのだろうけど家中のテーブルや机を並べた食卓が途方もなく長く、先から先は叫ばない限り顔が届かない。
「悠にぃは僕のとなりだよ。」
「ちがうよ。悠晴くんは大祐の隣。」
「舞菜も。」
「ちがうよ、私の隣。」
「僕だよ。」
「いいや、ちがうね。悠晴はこの皇太郎くんのとなりー♪」
「皇太郎は何しに来た?」
ちゃっかり皇太郎も僕のとなりの席争いに参戦している。
「知らないの悠晴?今日は俺達も夕飯一緒なんだってよ。」
ひょこりと皇太郎の背後から現れた姫奈が大きなずっしりとしたスイカを無言で渡して来る。僕が樽に水を張り、スイカを入れて帰ってきても皇太郎と子どもたちはまだ言い争いをしている。
「皇太郎はだめ。論外。」
「なんでよ?よく聞け秀也、大祐、舞菜、美沙、翔、純、花香、竜斗、あわせてキッズ諸君。君たちは多くて十年そこらしか悠晴を知っていないが聞いて驚け、俺は二十年以上だ!よっと俺が悠晴の隣に座るべきだと思う。な、歌葉ちゃん。」
「知らないわよ。大人げない。」
「歌葉ちゃんは味方だと思ってたのに。琴葉ちゃん、俺が悠晴の隣に座るべきだと思うよな?ってスルーしないで!光晴!光晴どこ!光晴!」
「皇太郎、お前うるせぇ。」
結局僕のとなりはじゃんけんに勝利したはとこの美沙ちゃんと純になった。周りの大人は酔いが回り始め、子どもたちはスイカをものすごい勢いで消費している。
「あんなに小さかった悠晴くんとお酒を飲めるようになるなんてお兄さんたち感動。そうだよな光晴。」
「そのとぉーり。」
「あのさ、光晴も皇太郎も僕と2つしか年変わんないじゃん。」
光晴はお酒に弱いし、皇太郎は元からうるさいからお酒が入るとふたりともうざいし面倒くさい。
「ああ!キッズ共がスイカ割り用のスイカ食っとる!」
「まあまあ皇太郎。ここにあるじゃないか。」
「光晴それメロン!」
「アハハハハハハ」
遥さん、こんなしょうもない兄でごめんなさい。もう会話が漫才のようになっている。面白くなさすぎて逆に笑えてしまう。子どもたちにはそれでも不評のようで大ブーイングを受けている。
「皇太郎面白くない。」
「晴の方も面白くない。」
「太郎の方うざい。」
どちらも長いしフルで呼ぶのが面倒なのか、まるで数学の式のように同項である『コウ』の部分をくくりだしている。たしかに合理的なのでこのまま定着しそうな気がする。
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