テラーノベル
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凪川 彩絵
#独占欲
綺麗に手入れされていても、たくさんの生き物たちが一か所に集められてひしめき合っている空間なのだから仕方あるまい。生きていれば糞尿もするのだ。
(……むしろ、臭わない方かもな)
瑠璃香に手を引かれながら、晴永はケージの中を忙しなく動き回る小さな影や、どこに生き物がいるんだか……ぱっと見分からないケースの中を見るとは無しに見遣る。
(小鳥ってやつはなんであんなにちょこまか動くんだ!?)
鳥かごの中をあっちこっちチラつく色鮮やかな小さな鳥を見ていた晴永の手を、瑠璃香がグイッと引いてきた。
(ん?)
と思ったと同時、瑠璃香がケースに張り付いて瞳を輝かせる。
ガラスケースが吐息で曇らんばかりに顔を近づけ、眉尻がへにょりと下がっていて、口角が嬉しげにちょっぴり上がっている。
瑠璃香が食い入るように見つめるケースの中では、灰青色の小さな塊が、回し車をくるくると回しては、止まり、また走り出す……という仕草を繰り返している。
他のケースの中の毛玉たちは基本的にハウスに引っ込んだり、床材に紛れて丸くなっているのに、瑠璃香が覗いているケースのハムスターだけはやたらアクティブだった。
(変わり者か?)
ケースに貼り付けられた札の情報によれば、『ジャンガリアンハムスター/ブルーサファイア/オス』らしい。
晴永は、瑠璃香に手を繋がれたまま、その様子を眺めていた。
(……しかし分かりやすいな)
今まで見せたことのないほど、瑠璃香の表情は真剣だった。
可愛いとか、楽しそうとか、そういう軽い感情じゃない。
まさに宝物を見つけて一点に集中する子どもみたいだ。
じぃーっと……この小さな生き物の動きひとつひとつを見逃さないように見つめている。
悔しいけれど、すぐ横に立つ晴永のことなんて忘れ去られているように思えて仕方がない。
「……欲しいのか?」
自分でも驚くほど、落ち着いた声が出た。
瑠璃香は、びくっと肩を揺らしてから、ハッとしたように晴永を見上げてくる。
「えっ? あ、いえ……その……」
言い淀みながら、視線がまた、名残惜しそうにケースへ戻る。
「ほら、素直になれ」
「……その言い方は意地悪です」
ボソリとそう前置きしてから眉根を寄せて、「本音を言っちゃえば欲しい……です。けど……」と続ける。
その声は、ほんの少しだけ小さくて、悲しそうに揺れていた。
「けど?」
「……うち、マンションがペット禁止なんです」
諦めを含んだ言い方。
何度も自分に言い聞かせてきた言葉なのだろう。
ハムスターは鳴いたりしないし、今みたいにケージに入って飼われる生き物だ。きっと内緒で飼ったからと言ってバレはしないだろうし、実際そうしている人間だっているだろう。
だが――。
ルールはルールとして、ちゃんと守ろうと自分を律する。そういうところが瑠璃香らしくて愛しいなと思ってしまった。
だからこそ、晴永にだって付け入る隙がある。
「……ふぅん」
晴永は気のない素ぶりでそう答えながら、ケースの中のハムスターへ今一度視線を落とした。そうして何でもないことのように続けるのだ。
「……知ってるか、瑠璃香。うちは、ペット可だ」
「え?」
瑠璃香が、わけが分からないといった表情で晴永を見上げてくる。
「だから……」
言葉を選ぶふりをして、晴永はわざと間を置いた。
「……そんなに飼いたいならうちに置いとけばいい」
一瞬。
本当に一瞬だけ、瑠璃香の動きが止まったのが分かった。
コメント
1件
あら上手な誘い方(笑)