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凪川 彩絵
#独占欲
「で、でも……」
「あくまでも俺はスペースを提供するだけだ。世話は……瑠璃香がしろ」
「でも課長」
「晴永」
呼び方を訂正しながら、追い打ちをかけるように言う。
「命だからな……。飼うからには責任持って面倒見ろよ?」
瑠璃香は、ガラスケースの中の小さな背中と、晴永とを何度も何度も交互に見遣った。
晴永の申し出に乗るか乗らないか、迷っているらしい。
「そいつ、可愛いな」
「……はい。ブルーサファイアの男の子、らしいです」
「すげぇ元気そうに走り回ってて見てて飽きねぇな?」
「……はい……」
「ずっと見ていたくないか?」
「見ていたい……です」
畳み掛けるように言って、瑠璃香の手を握る手にギュッと力を込めれば、瑠璃香が戸惑いに揺れた瞳を向けてくる。
「俺の提案を受ければ、その願い、叶うぞ?」
「……晴永さん、私……」
「『はい』か『うん』か『そうします』か『お願いします』。――なぁ瑠璃香。返事はどれにする?」
晴永がニヤリと笑ってみせると、瑠璃香がキュッと唇を噛んでから……「お願い……しても……いい、んです、か?」としどろもどろに問いかけてくる。
「お安い御用だ」
晴永がそう答えた瞬間の、瑠璃香の嬉しそうな顔は、永久保存版だと思った。
(よっしゃぁぁぁー!)
計画通り――。晴永は、内心で密かにガッツポーズをする。
瑠璃香の気が変わらないうちに、とはやる気持ちを抑えながら、晴永は店員に声をかけた。
「すみません。ここに入ってる子、見せてもらえますか?」
晴永の言葉に、瑠璃香が期待が勝ちすぎて落ち着かない様子なのが、なんとも愛らしい。
そうして当然と言うべきか。たくさんの飼育用品と一緒に、――小さな通気穴の空いた箱が、カートの上に乗っていた。
店で使われていたものと同じケージ。
紙の素材でできたふわふわマット。
静音設計だという回し車。
屋根の上に食器が置けるようになった、小さな木製の家。
給水ボトルに、トイレとトイレ砂、専用フード……などなど。
店員から勧められるままにどんどんカゴに増えていく荷物を見ながら、瑠璃香はどこか夢見心地な顔をしていた。
(……瑠璃香、もう逃げられねぇぞ?)
生体だ。一度お迎えすると決意したからには途中放棄は御法度。
後戻り不能。
死ぬまで一緒。
それは――人間も同じだ。
***
会計を済ませ、両手が塞がるほどの荷物を抱えて駐車場へ向かう頃には、すっかり外は夕方の色を帯びていた。
通気穴の空いた小さな箱は、衝撃が伝わらないようにと瑠璃香が大事そうに両腕で抱えている。時折、中からかすかな物音がして、穴から小さな鼻先がのぞく。そのたびに瑠璃香の肩が微かに跳ねた。
かさかさという音とともに、穴から瑠璃香の太もも上へおが屑のような床材が舞い落ちる。
きっと小箱に入れられたハムスターが、どこかから出られやしないかとアレコレ模索しているんだろう。
「こんな足場のない箱の中で、この子、転んだりしないでしょうか?」
そのごみを指先でつまんでは穴から中へ戻しながら、瑠璃香が眉根を寄せる。
「大丈夫だ。なるべく揺らさないよう安全運転する」
「はい……。あの……ありがとうございます」
心配そうに箱を眺めながらも、声が少し弾んでいる。
それだけで、晴永は胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。
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課長、策士(笑)