⚠️本編の前に注意して下さい⚠️
今回の物語では、
TASUKUのリスカシーンが含まれております。
不適切な表現が苦手な方はどうか、
ご遠慮ください。
星崎視点
その日僕は「足りないもの」で、
ファーストテイクに挑戦することになっていた。
本来なら歌だけなのだが、
ギターを持たないで歌うことが、
どうにも抵抗があってぎこちないため、
無理を言って弾き語りでさせてもらうことになった。
「今日も頼むよHoney!
一緒にいい音を生み出して行こう」
僕の楽屋でルーティンの一つとなっている、
相棒への声かけをする。
コンコンッ
え?
僕はたった今、
現場入りしたばかりだった。
このタイミングでいったい誰がきたのだろう。
何となく嫌な予感はしたため、
僕はある『保険』をかけたそのうえで、
一応出てみることにした。
「はい?どちら様ーーーっ!?」
そこにいたのは元副社長だ。
前任の社長は人柄がよく、
所属タレントやスタッフは皆家族という懐の深い人だった。
しかし、
当時は副社長であったこの男に、
その地位から引き摺り下ろされたのだ。
そこからリベラル社は一変した。
タレントを使い潰すような悪徳な社風へと変革されていた。
そして優里さんと初めて会った下積み1年目の頃から、
僕は彼に目をつけられていた。
当時は事務所にまだ所属はしていなかったが、
彼が僕をスカウトしにきたのだ。
最初こそは感じの良さそうな雰囲気を出していたが、
僕が渋ると堂々と肉体関係を迫ってきた。
その時の僕は「ああ、
これが枕営業か」と、
冷めた感情しか抱かなかった。
仕事を取るために体を使うだなんて、
絶対に嫌だった。
それを伝えても「他の事務所に行けなくしてやる」と、
逆に脅されてしまった。
それが嫌で僕は国外逃亡していたのだ。
オランダ、
カナダ、
フランス、
アメリカと渡り歩き最終的にはマレーシアで落ち着いた。
「やっと会えたね」
ニヤニヤと薄気味悪く微笑みながら、
鼻息を荒くしていた。
吐き気がするほどに気持ち悪い。
それと同時に僕は気づいた。
(この視線は⋯深瀬さんとハグした時に感じたものと同じだ)
犯人はこいつだったのだ。
でも分からない。
公園で感じた視線は見守っているような感じだった。
つまりそこまでの敵意はなかった。
じゃあもう一人の方がストーカーなのだろうか。
「ご用件は?」
「君を愛人にするための誘いだよ」
は?
何このケダモノ?
愛人って何?
性奴隷ってこと?
全く意味がわからない。
はたしてこれが日本語なのか?と、
疑いたくなるほど頭が痛い。
それよりもどうやら元副社長は、
僕のことをまだ諦めてはいなかったようだ。
「その誘いに僕が乗るとでも?」
「きっと乗るはずだよ?」
そう言って懐から、
片手に乗るくらいの分厚い封筒を出してきた。
中を見ると写真のようだった。
その全てがカメラと視線が合わない、
一目見て盗撮されたものだと分かるものであった。
僕と大森さん、
深瀬さん、
優里さんらと過ごしている写真ばかりで、
オフの時や仕事の合間に撮られていた。
もちろんその中には、
音楽番組の本番で緊張して、
深瀬さんとハグした時の写真も含まれていた。
「盗撮ですか。
なかなかいいご趣味ですね」
嫌悪感を隠しきれないまま僕は吐き捨てた。
しかし、
ここで騒ぎを起こせば、
どこまで飛び火するか分からなかった。
そして何より、
この件に優里さんたちを巻き込みたくはなかった。
僕で解決出来るなんて思わないが、
これ以上被害書を増やす前に、
止めなければならないとは思った。
「従う気になった?
あーそうそう⋯今日は大森くんも同じ現場らしいね」
「ーーーーっ!?」
狙いは僕じゃなく大森さん?
そんなことさせてたまるか!
僕はすぐに楽屋を飛び出した。
大森さんはどこだ?
どこにいる?
あの人よりも先に見つけなければーーー
僕は廊下を必死に走り続けた。
「星崎?」
「ぁ⋯⋯⋯」
いた!
よかった。
まだ何の被害も受けていないようで安心した。
僕が大森さんに副社長を警戒するように話しかけようした。
あれ⋯待ってなんて言えばいいの?
枕営業をかけられた僕の身代わりで、
大森さんが狙われていますなんて言えない。
この状況をどう説明したらいいのだろう。
ヤバい。
条件反射で体が反応してしまったために、
大森さんを見つけて、
安全かどうかを確認するのに気を取られていて、
狙われていることをどう伝えるかまでは、
頭が回っていなかった。
その時あの下心丸出しの視線を感じて、
振り返ると副社長がこちらに向かってきているのが見えた。
大森さんといるところを見られた以上、
僕が告発したと疑われたら?
盗撮写真は深瀬さんと優里さんのものもあった。
あの二人にまで影響が出てしまうのではないかと、
想像しただけで恐ろしかった。
「お⋯⋯⋯⋯⋯る、か⋯⋯い⋯じょ⋯⋯ぶ⋯っ!」
僕はうまく言葉にならないなりに、
精一杯の想いを伝えた。
『大森さんを守るから大丈夫』
そのまま僕が離れようとするのを、
大森さん自身が腕を掴んで制した。
「何があったの?」
「いや何も⋯久しぶりにあったから話をしていただけですよ」
いつの間にか追いついていた彼が、
何も言わない僕の代わりに説明した。
副社長がおかしいって気づいて。
でも枕営業のことは気づかないで。
そんな複雑な想いを抱えたまま、
やっぱり一人では抱えきれない気がして、
誰かに頼りたくなってしまう。
僕が大森さんを守るためにしっかりしなきゃだめなのに、
乱れた呼吸がまだ整えきれておらず、
体もガタガタと大きく震えていた。
大森さんの目にはどう映っているのだろうか。
ひどく情けない姿を晒しているなと思う。
「ふ⋯⋯⋯ぅ⋯⋯⋯⋯く」
ここでみっともなく泣けないと我慢するあまり、
苦しげな声が僕の口から溢れた。
それでも副社長は話がまだ途中だからと、
強引に僕を連れて行こうとする。
「話すことは?」
「な⋯いで、
す」
「本人がそう言っている以上後にしてもらえませんか?」
守らなければならないはずの大森さんが、
やんわり僕を遠ざけようとしたため、
その行動に副社長も下手に食い下がることはしなかった。
まるで何事もなかったかのように、
きた道をそのまま引き返して行く。
彼の気配が完全に消えてから、
僕はようやく安堵の息を吐いた。
「大丈夫?」
心配そうな声で藤澤さんが彼に声をかけてくれる。
「はい。
すいません、
巻き込んでしまって⋯」
自分で収拾をつけられず情けない思いから、
僕は不自然にそこで言葉に詰まり、
後ろを振り返って、
まだ彼を警戒していていた。
僕はYouTubeで公開するファーストテイクのために、
いったん大森さんたちとは別れた。
(流石に撮影中は何もしかけてこないよね?)
しかしその嫌な所感は的中してしまう。
見学と称して撮影現場に彼が乗り込んできたのだ。
当然何も聞いていなかったスタッフは困惑していた。
「TASUKUさんそれじゃあ、
スタンバイお願いします」
「はい」
僕はなるべく静かにヘッドフォンを装着して、
用意された椅子に浅く腰かけた。
いつも通りアコギを構えた。
自分の音楽だけに集中力を研ぎ澄まして、
弾き語りをする。
何とか彼の性欲まみれな視線に耐え、
僕はかろうじて一発撮りに成功した。
動画をその場で確認しても、
特に不備はなかったため、
思わず深く溜め息を吐いた。
「お疲れ様です」
「ありがとうございました」
そう言って僕が撮影現場から撤収しようとした時だ。
案の定彼から呼び止められた。
備品庫に来いとーーーー
ガチャッ
「やっと二人きりだねぇ。
さっきは邪魔が入ったから!」
「邪魔?
何のことかわかりませんね」
あくまでも僕はシラを切った。
ここはスタッフ以外立ち入り禁止の場所だ。
滅多に人が来ることはない。
だからこそこの場所を選んだのだろう。
「僕は君のことを気に入っているんだよ。
分かるだろう?」
そう言いながら僕の手を持ちながら、
汚れに満ちた手で撫で上げられた。
こんな奴になんて触られたくもない。
いよいよ吐き気で立っていられなくなりそうなほど、
強烈な嫌悪感を抱いた。
「⋯⋯奇遇ですね。
僕もゲイです」
僕は嫌味を込めて言葉を放つ。
僕が日本を捨てて国外逃亡した理由は、
枕営業から逃げることだけではなかった。
僕自身がゲイで過去のトラウマから、
女性を愛せなかった。
そのため同性愛者に優しい国を探して逃げたのも、
その理由の一つだった。
「でも⋯⋯あなたをいいと思うほど、
趣味は悪くありません」
はっきり毅然とした態度で、
枕営業を拒否する姿勢を見せた。
だが僕が拒否したらきっと、
大森さんがこの男の餌食になるだろう。
だからこそ僕は『保険』に全てをかけることにしたのだ。
「何だと!?
君が拒否するなら大森くんがどうなってもーーーーー」
「⋯⋯⋯⋯んなよ」
彼が低く唸る。
「あの人に手を出してみろ!
死にたくなるほどお前を追い詰めてやる!!」
ドスンッ
彼が思いっきり社長を突き飛ばした。
カシャーン
その勢いでポケットに忍ばせていたであろう、
カッターが投げ出された。
こんなものまで持っているなんて、
どうするつもりかわからないが、
明らかに危害を加えてまで、
従わせるつもりだったのだと気づいた。
その時ーーーー
スタッフらしき人の、
威勢のいい声が響き渡った。
「何しているんですか!
ここはスタッフ以外は立ち入り禁止ですよ!?」
彼女の声に慌てふためきながら、
副社長が飛ぶように逃げ出していく。
その後で彼女は僕が怪我を負われていないか、
確認するために数歩歩み寄った。
しかし彼女から問い詰められる前に、
僕はいきなり走り出した。
「あれ?」
思わず視界に入ったカッターを持ったままーーーー
自分でもあの時、
どうしてカッターを手にしたのかなんて分からなかった。
ただ⋯逃げたかったんだ。
この現実から。
好きだったはずの音楽が嫌いになるくらいなら、
音楽の世界になんて飛び込まなきゃよかったと、
息苦しくなるこの世界から。
自分を苦しめる全部から、
ただ逃げたかったのだと思う。
「はぁ⋯はぁ⋯はっ!」
息が絶え絶えになるほど走って、
僕は非常階段へと辿り着いた。
ここなら誰もいない。
だから僕が消えても気づかないはず。
ズボンのポケットからスマホを出すと、
ある人物に連絡をした。
きっと情に厚い彼なら、
ーーさんの盾になってくれるはずだ。
カチカチカチッ
意を決してカッターの歯を伸ばす。
左手首に押し当てた時ーーーーー
『手はギタリストの命なんだから、
大事にしなきゃだめだろ』
不意に優里さんの声が聞こえた気がした。
そうだよなと一瞬躊躇うが、
僕は右手に持ち替えて、
左手首に冷たい刃先を突き立てると、
そのまま勢いよくスライドさせた。
「ーーーいぃっ!!!」
その瞬間に激痛がはしる。
思わず痛みに耐えかね、
手からカッターが滑り落ちた。
実際に傷をつけたのは手首だけなのに、
全身に痛みが駆け巡るような感覚すらした。
ドクドクと鮮明な血が流れ出るのをぼんやりと見つめていた。
命を削り取られるみたいに、
瞬く間に血溜まりを広げていく。
(ああ⋯そうか誰にも看取られずに、
一人で死ぬってこんな感じかな?)
などと遠のく意識の中で、
頭は冷静なままだった。
もはや床からの冷気なのか、
自分から逃げた体温なのか、
血の気がなくなり、
冷たくなっていく体に何も考えられなくなった。
「ーーーーさん、ごめんなさい」
雫騎の雑談コーナー
はーい!
とんでもない展開になりましたね。
いかがだったでしょうか?
僕はリスカ未遂しか経験がないので、
正直なところちゃんと正確に表現できている気がしないんですね。
下手クソですいません。
でもしたくなっちゃう心理は理解できます。
未遂だった奴が何言ってんだと、
あまり響かないかもしれませんが、
理不尽な目に遭うことに多分、
耐え難い苦痛を感じるのかなと思います。
俺はいじめも虐待もされた身だから。
あとブラック企業並みの事業所ね。
それはそれは死にたくなりますわ。
まあ頑張るけどさ。
それでは本編に行きます。
枕営業から逃げるために国外逃亡した星崎、
しかし逃亡した先でもまた副社長の罠にハマり、
逃げられなくなってしまったんです。
それでも尊敬する先輩方を守るために、
無謀にも一人で立ち向かうことに!
そして星崎の『保険』とは一体何なのか?
次回もお楽しみに♪
ではでは〜
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