コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
『じゃあ、いつか芳乃さんが満足いくキャリアを歩んで落ち着いた頃、もう一度告白してもいい?』
諦めの悪い俺の言葉を聞き、芳乃は呆れたように笑った。
『いつになるか分からないよ? 悠人くんならそうなる前に素敵な彼女を作っていそう』
『それはあり得ない。俺はあなたじゃないと嫌だ。だからいつまでも待つ』
ガキの情熱を前にした芳乃は困ったように笑ってから、『好きになってくれてありがとう』と礼を言った。
『俺はフラれた訳じゃないし、贈り物も突き返されない……、と思っていい?』
そう言うと、芳乃は苦笑いして『確かにそうなるね』と同意する。
『でもこんなに高価な物……』
いずれ枯れて捨てられる花ならともかく、ハイジュエリーはやり過ぎだという自覚はある。
でも俺はこうなる事を予想した上で、彼女の手元に残る物を贈りたかった。
しかも嫌われていないなら、受け取ってもらえるだろうという打算で、アクセサリーを選んだのだ。
『返品できないし、嫌じゃなかったら受け取ってほしい」
『……じゃあ、いただきます。ありがとう』
芳乃はニコッと微笑んだあと、水を一口飲み、溶けかかったアイスクリーム食べ始めた。
『ん、おいし』
微笑んだ彼女は、桃のコンポートも食べていく。
『私、今までちゃんとお付き合いした人がいなかったの』
彼女は聞いても教えてくれなかったプライベートを語り出し、芳乃の事なら元彼情報でも聞きたいと思った俺は耳を傾けた。
『〝みんな〟がそうしているなら、一通りの事を経験してもいいのかも……と思ったけど、身を委ねられる相手を見つけられなくて、〝時間が勿体ないな〟って感じたの』
デザートを食べ終えた彼女は、コーヒーを飲んで笑う。
『でも〝何にもないのは寂しいな〟なんて自分勝手な事も考えた。本当は私もデートしたり、愛し愛されて……って関係に憧れてた』
なら……、と言おうと思ったが、彼女の答えはもう聞いている。
『だから悠人くんの告白が嬉しかった。今日のデートも楽しかったよ。お姫様みたいに扱ってくれて、凄く幸せだった。……でも私は二つの事を同時にできるほど器用じゃない。悠人くんと付き合いながら仕事をして、海外に行く夢も追いかけて……ってやっていたら、いつか破綻する』
『分かります』
芳乃の事はほしいけれど、彼女の夢を奪ってまで自分のもとに引き留めたい訳じゃない。
――今は送りだす。
――でも、いつか……。
『思い出をありがとう』
芳乃にまっすぐで綺麗な笑みを向けられ、俺は敗北を覚えた。
俺の若くて焦りに満ちた恋心は、彼女の夢を追う情熱に完敗したのだ。
最後まで『好きだな』と思ったのは、ガキの告白を決して笑わず、茶化さず、しっかり受け止めてくれた事だ。
だから、俺も今は次のステップに行こうと思えた。
(拒絶はされていない)
心の底には、いまだ希望が宿っている。
俺はその光を胸の奥にしまい、店を出ると彼女にタクシー代を渡してデートを終えた。
T大の一年生になった時、『芳乃とはキャンパスが同じだから、どこかで会えるかもしれない』と淡い期待を抱いていた。
……が、それは見事に打ち砕かれた。
芳乃は皆勤賞で講義に出席していたらしく、四年時にはほぼ講義がない上、早々に内々定を勝ち取っていた。
自由時間、彼女は資金を貯めるためにアルバイトに明け暮れていたらしい。
だからすれ違いを期待してキュンとする、少女漫画のようなキャンパスライフにはならなかった。
そして俺もそれなりに充実した大学生活を送り、無事に卒業した。
社会人になった俺は神楽坂グループ本社勤務となり、役員業に身を入れた。
十七歳の時に運命の女性と出会ってから八年が経ち、中途採用の履歴書で彼女の名前と写真を見た時は、思わず三分ぐらい固まった。
三峯芳乃という名前に、ナチュラルな美しさは変わっていない。いや、記憶にあるよりもっと綺麗になっていた。
写真では髪を纏めているが、あのロングヘアはもっと長くなっているのだろうか。
胸を高鳴らせて面接日を迎えた俺は、八年ぶりの彼女を前にして、必死に動揺を押し隠していた。
前職ではNYの高級ホテルで勤務していたと知り、彼女が夢を叶えた事に内心で拍手を送った。
しかし有名ホテルでフロントを務めていたのに、中途半端に帰国したのが気になった。