テラーノベル
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歯切れの悪い返答に、ゼリアは深くため息を吐いた。
「まぁいい。それよりも早くラシアさんの方へ行くぞ。」
体を起こしかけたその肩を、カイルが慌てて押しとどめる。
「ちょっと待ってよ! ね! もう少し休んでいいから!!」
あんな化け物のそばになんて、いたくないんだよ!
「ならお前は来なくていいから、その剣を貸してくれないか。それをエリーゼさんに渡すだけでいい。」
「え?これ渡すの!?嫌だよ!俺のなんだぞ!」
剣を抱きしめた瞬間、バチッと鋭い音が響き、全身に電撃が走った。
「ぎゃああ!!」
「属性石で出来た剣を触るとダメージを受けるって当たり前のことなんだが……」
ゼリアは呆れきった顔で吐息を漏らす。
「でも、この剣高いでしょ!!絶対に嫌だね!!」
「そんなこと言ってる場合じゃないだろ!!」
「俺はリーズちゃんに自慢したいんだ!」
「お前……!!」
怒気をはらんだゼリアの手が胸ぐらへと伸びるのを察して、慌ててエリーゼのいる方向を指さす。
「あっち見てよ!!エリーゼの周りに大量の装備とかポーション落ちてるでしょ!!あれで十分でしょ!!」
「……まぁいい。お前はここで待っていろ。」
ゼリアは不安定な足取りで立ち上がり、わずかにふらつきながらも歩き出した。
「このポーション飲んだら?さっき落ちたやつこっそり拾ったんだよね。」
「ありがとう。」
瓶の栓を抜いて、グイと飲み干す。体内から熱が走り抜け、感覚が瞬く間に冴え渡る。
「このポーション、普通のじゃないぞ。」
「マジで? まぁええよ。そんくらい気にすんなって。あと、この靴も使っていいよ。」
置いていた靴を片手で渡した。
「すまない」
カイルは手にした剣を愛おしげに見つめ、笑みを浮かべる。ゼリアはその顔を横目にじっと見たあと、エリーゼの方へ走っていく。
「俺は素振りでもしとくわ!!」
手を振る彼の姿に、ゼリアは怒りを見せず、ただ深く呆れた目を向ける。
「なんであんな男をエリーゼさんは……」
「シャアアア!!!!」
鋭い声とともに、リザードマンが暴れながらモンスターの群れを吹き飛ばした。
深手を負いながらも、構えを崩さずエリーゼへと肉薄していく。
けれど、その鋭い視線の向かう先は戦場の奥にいる、あの男だった。
さっき落ちてきた、謎の存在。モンスターと装備を引き連れて、場をめちゃくちゃにしておきながら、今は剣を振って遊んでいる。
雷をまとう奇妙な剣を、裸足のまま振り回し、まるで子供のように走り回る。
あの剣には、魔力石も属性石もはめられていない。なのに、振るたびに魔法が炸裂する。
あり得ない。
この場で笑っていられる神経。余裕というにはあまりに異常なその態度。
――恐ろしい。
あの男は、ただの厄介者ではない。今、ここで倒さなければならない。
リザードマンの呼吸が乱れ、瞳が血のように赤く染まる。
奴はこちらを見ていない。
今ならいける。
今しかない。
奴が気を逸らしている、この一手で仕留める!
視線を下げ、足元に落ちた剣に手を伸ばした、そのとき。
「させません!」
エリーゼの刃が、鋭く閃いてリザードマンの腕に食い込む。
肉が裂け、血が弾けた。だが、それでも動きは止まらない。
立風の奇襲にも、もう順応していた。目元に狂気の笑みを浮かべ、剣を振り上げたエリーゼを挑発する。
「二式・断獄」
上段からの構え。それに槍を突き上げようとしたところ、エリーゼは直感で回避される。
だが、それで良かった。
ニヤリと口元を歪め、ぼろぼろの剣に飛びついたリザードマンは、それを一直線にカイルへと放つ。
「危ない!」
ゼリアとエリーゼの声が重なる。
しかし、カイルはまったく気づいていなかった。
「この剣かっこいいじゃん!」
雷が弾けるような音が、何度もホールにこだまする。跳ねるように剣を振り、振るたびに笑っている。
「名前はどうしようかねぇ……」
周りを見て考えていた彼の目に、異様な気配が映る。
飛んでくる剣。
尋常ではない速度。逃げ場などない。
「ヤッベェ!!」
彼の目つきが変わった。迫り来る鋼の軌跡を正面から睨みつける。
カイルは心の中で念じる。
見なかったことにしよう!!
◾️◾️◾️
その意志が形を持ったかのように、剣がパッと一瞬で消えた。
「良かったぁ!! うまく行ったぜ!!」
笑顔で歓声を上げたカイルだったが、すぐに怒りを爆発させる。
「ていうか、なんで俺を狙うんだよ!エリーゼと戦ってるんだから、俺にかまわないでくれ!!」
その怒鳴り声に、リザードマンの体が硬直する。
なにが起きた?
どうして、剣が消えた?
何もしていない。奴はただ叫んだだけ。
いや、違う。
見えないほどの速さで砕いたのか?
塵に変えた?
理解が追いつかない。考えるほどに、頭が混乱する。
恐怖が喉元を締めつけ、脚が自然と後退する。
目の前の女もまた、驚きに目を見開いていた。
あれは何者だ?
強さを感じないが、確実に“異質”だ。
自分を殺そうとしているのか? それとも、ただ弄んでいるのか?
答えは出ない。
震えているゼリアの脳裏に、見知らぬリザードマンの影がちらついた。
誰だ。こんな奴は知らない。
けれど、心の奥から何かが噴き上がる。
怒り。恐怖。屈辱。絶望。そして狂気。
「シャアアアアアアアア!!!!!!」
怒号のような咆哮が空気を震わせた。リザードマンは狂ったように暴れ出し、燃え上がる炎に包まれたまま、エリーゼに向かって槍を突きまくる。
焦点の合っていない目。だが動きに一切の迷いはなかった。
殺意だけがその体を突き動かしている。
早く、あいつを殺さねば。あの恐怖は終わらない。
そう思った瞬間、体が別の“力”を感知した。
リザードマンの肌が総毛立つ。
背後に強い魔力を感じた。
二人の女の一人がさっきと同じ魔法を再び詠唱しようとしているのが、魔力の波からはっきりと分かる。
剣士、魔法使い、そしてふざけた男
誰を優先するべきか。判断がつかず、苛立ちが積もり上がっていく。
「……ッ!」
リザードマンは唸り、エリーゼを押し返すと、槍の先端に魔術式を展開した。
「エリーゼさん!」
ゼリアの声が鋭く響き、エリーゼが直感的に飛び退く。
リザードマンの目の前には巨大な魔術式が浮かび上がっていた。
「ファイアーソード!」
ラシアの叫びと共に、空間を裂いて現れた巨大な炎の剣が一直線に突き進む。
「シャアア!!」
咆哮を上げるが、体はすでに限界だった。押し寄せる灼熱の質量。防御も回避も間に合わない。全身を覆う炎。肉が焼ける音。叫びはやがて絶叫に変わっていった。
「ようやく終わりましたね!」
ラシアが嬉しそうに跳ねながら、ゼリアへと笑顔を向けた。
だが、ゼリアの表情は変わらない。笑ってなどいない。
「まだ油断はできません。ラシアさんはすぐにポーションを飲んで回復してください」
「分かりました。」
ラシアは慌ててポーチからポーションを取り出し、蓋を開けた。
場に静寂が訪れる。
一拍遅れて、鋭い声が響いた。
「今すぐ離れてください!」
エリーゼの叫びが、切迫した空気を裂いた。ラシアとゼリアが炎の奥を見つめる。
黒煙の中、ちらつく炎の影に、無数の動く影が浮かび上がる。
「え?」
ラシアは呆然と立ち尽くす。目の前の光景が信じられない。
シルバースケルトンたちが何体も立ち並んでいた。その中心にいたのは異形のリザードマン。
ゼリアは即座に靴を履き直し、ラシアの腕を引っ張った。
「カイルのところへ!」
「……え、戻ってきたの? なんで?」
呑気な声とともに、カイルが首をかしげる。
ゼリアは炎の奥を指差して叫んだ。
「あれを見て分からないのか!!」
「ん?」
カイルがようやく炎の向こうを注視する。
揺らめく火の向こう、スケルトンたちが並び立ち、中心には異様な姿へと進化したリザードマンが静かに立っていた。
「なんか姿変わってね?」
その通りだった。
リザードマンの両肩から新たな腕が生え、四本の腕が不気味に動いていた。
その筋肉は隆起し、重厚な魔力をまとっている。
槍の姿はない。代わりに、額の中央には紅い石が深く埋め込まれていた。
「まさか、槍を飲み込んだの?」
ラシアの杖を持つ手が小刻みに震える。カタカタと音が鳴る中、声には明確な恐怖がにじんでいた。
「あのスケルトンだけでも私たちで倒さないと……!」
ゼリアが自分に言い聞かせるようにそう言うが、体は震えていた。
リザードマンから放たれる魔力の圧が、さっきとは比べ物にならなかったのだ。
「俺は帰ってもいいですか?靴返してください。」
カイルがぼそりと呟いた瞬間、ゼリアが振り返り、食い気味に怒鳴る。
「ダメだ。お前も手伝え!その剣でスケルトンを倒すしかないだろ!!」
「ちょっと!さっきも言ったでしょ!」
「お前は、リーズさんに逃げた報告をしたいのか!」
「いやいやいや。そういうことじゃない!俺を誘導するな!」
「逃げた自分を誤魔化したいから、その剣で自慢したいんだろ!」
「なんだと!いいよ、分かったよ!やってやるよ!!」
カイルが剣を構え、戦場へと突進する構えを見せる。
「見てろよ! 俺の雷神剣で全部ぶっ飛ばしてやる!!
「待て!そんな装備で大丈夫なのか!」
「大丈夫だ。問題ない。」
裸足のまま突撃するカイルだったが、スケルトンたちが彼へと一直線に迫ってきた。
「やっぱなしで。」
ぴたりと止まり、すぐゼリアの背後へ戻る。
「一番いい装備を頼みます。」
「そんなこと言ってる場合か!早くその剣を貸せ!!」
ゼリアが無理やり剣を奪い取る。輝く刃に一瞬見惚れたが、すぐに視線をスケルトンへと戻す。
「ちょ、ちょっと!俺の雷神剣と最強ブーツどっちも奪うなよ!せめて靴は返してくれよ!」
「なら、ここでの活躍はお前がしたことにするから、それでいいだろ。」
「オッケー。頑張ってくれ!!!」
手を振って見送り、ラシアと二人きりになる。
ラシアは眉をひそめた。口には出さず、ただ心の中で静かに思った。
このクズ、挑発にも誘いにも、ほんとちょろいんだな。
「ラシアちゃんは、どうすんの?」
「私もあの戦いに参加しますよ。まだ諦めたくないので。」
「マジで?あんなのギルドの人に任せればええですやん!!」
「これはそういう問題ではありません。むかついたまま帰りたくないんですよ!」
言い返され、どうすればいいか悩むカイルに、ラシアがそっと耳元へ口を寄せた。
「協力してくれたら……特別なマッサージ、してあげますよ?」
「詳しく。」
「ここでは言えません。家に帰ってからのお楽しみです。」
そう言って、彼女は太ももを撫でるように触ってきた。
「なるほどねぇ。でもなぁ!」
ニヤけながらもっとねだろうとするカイル。すぐにでもビンタしたかった。だが、囮になってもらうため、ラシアは必死にこらえた。
「カイルさんだけには初めての事してみたいんですよね。想像しただけで……ッ……」
吐息がふっと耳にかかると、カイルの目に火が灯った。
「行くぞー!!!」
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