ゼリアは、鋭く煌めく雷神剣を手に、八体のシルバースケルトンと対峙していた。
無数の白骨の刃が、怒涛の勢いで襲いかかる。だが、ゼリアはそのすべてを余裕でかわしていく。神速の動きに、骨の切っ先が追いつけない。
剣を振るうたび、稲妻がほとばしる。電撃が駆け抜け、スケルトンたちの身体へと連鎖していく。雷を喰らったスケルトンは痙攣し、その場で身動きが取れなくなる。
ゼリアは動きを止めた個体を一体ずつ、確実に、容赦なく叩き潰していく。
「ゼリアー!その調子だー!」
遠くからカイルの声が飛んできたが、ゼリアはいちべつすらせず、集中を切らさない。
だがその足取りに、違和感が走った。
靴の速度が、明らかに増している。
歩くたび、跳ねるたび、爆発するような加速が生まれ、地面が悲鳴を上げる。
「チッ!」
制御を失いかけたゼリアは、痺れたスケルトンに向けて一瞬で距離を詰め、勢いのままドロップキックを叩き込む。
バギンッ!
鈍い衝撃音と共に、スケルトンは壁に激突し、砕けた骨が光の粒子となって消えていった。
「この靴は魔力を使わなくても速くなるのか。」
ゼリアの眉がわずかにひそむ。
装備は魔力を込めないと能力は発揮できないのが普通だ。この靴に膨大な魔力を感じないのに、勝手に速くなる。まるで靴が、自ら動きたがっているかのようだ。
「今はそんなこと気にしてる場合じゃないな。」
彼女が呟いたその時、残ったスケルトンたちがカイルの方へと向かっていく。
「ゼリアー!助けてくれー!」
さっきまでラシアの前で腕を組み、気取っていたカイルが、今やラシアの太ももに隠れてガタガタ震えていた。
「ファイアーボール!」
ラシアが杖を振り、火球を放つ。しかし、骨の軍勢は怯まず前進を続ける。
「魅了魔法を使えばええですやん!」
「シルバースケルトンには効きませんよ!」
「じゃあ上にいる魔物を呼び寄せて使えばいいじゃん!!」
「確かに、それもいいかもしれません。」
ラシアの目が鋭くなった。魅了魔法なら詠唱の手間も少ない。あとは、呼び寄せる魔物さえいれば——
「ゼリアさん!私は上の階に行きます!」
ゼリアは一瞬だけ何かを言いかけたが、ラシアの真剣な眼差しを見て、そっと頷く。
「分かりました!」
だが、横からカイルがずいと割り込んできた。
「俺も連れて行ってよ!」
彼の態度にラシアの堪忍袋が音を立てて切れた。
指を突きつけ、火を噴く勢いで叫ぶ。
「お前は!早く!私たちに少しでも貢献しろ!!」
「すいません。調子乗ってました。」
カイルはしゅんとしながら、地面に落ちていた剣を拾い、見つけた装備をいそいそと身に着け始めた。
「俺もやる時はやるんだー!!」
叫びながらも、動きは小動物のように小刻みだ。スケルトンから逃げつつ、なんとか剣を振るって抗おうとする。
だが、逃げてるだけでは駄目だ。逃げながらも戦っている“ふり”をしないと!
その思いで剣を振るっていたカイルの耳に、鋭いツッコミが飛ぶ。
「剣を振って逃げたって誤魔化せないぞ!」
「逃げてねぇし!!」
顔を真っ赤にして怒鳴り返すカイル。あの女、俺の剣を使ってるから強いだけじゃねえか!!
怒りのままに剣を振るった、その瞬間——
ゴンッ。
「ん?」
剣が空を裂くように振り上げられたそのとき、何か硬いものに当たった感覚があった。
……今、何かに当たった?
訝しげに剣を見つめる。
「まさか、俺は空を斬れるのか!?」
その意味を悟ると、全身に雷が走るような感覚があった。
空を裂く。それは剣士にとって、夢物語だ。凡人どころか達人ですら到達できない領域。
それが今、目の前にある。
「ついに、ついに俺はこのレベルにまで到達したのか!これが俺のチートだったんだ!」
歓喜と興奮が爆発し、カイルの全身が震え出す。
目の前にいたスケルトンたちが、獰猛な敵から、ただの“獲物”に見えた。
「俺は剣聖だー!!」
雄叫びを上げながら、剣を構えスケルトンに突っ込んでいく。
「一の型 すいめん斬り!」
叫びと共に剣を振ると、青い属性石が閃き、そこから水が吹き出した。
勢いは蛇口をひねったようなレベルだが、痺れたスケルトンには十分すぎた。
雷を帯びた骨の身体に、水が触れた。
ビリビリと電撃が走り、スケルトンが動かなくなる。
「っしゃあ!!まだまだ行くぜ!!」
血が沸き立つ。
カイルはアドレナリン全開で剣を振り、スケルトンの群れに斬りかかっていく。
「二の型!すいしゃ!」
カイルは勢いよく叫ぶと、地面に転がりながらゆっくりとでんぐり返しする。まるで間の抜けた体操選手のように起き上がった。
そのままスケルトンに向けて剣を振る。斬れるはずもない胴体を狙い、ゴツンと骨に当てるように叩いた。
だが、それだけで十分だった。
骨の隙間から残っていた電流が一気に走り、スケルトンはバチバチと焦げていく。そして、ついには光の粒子となって弾け、跡形もなく消え去った。
「やったー!!ゼリア!!俺の強さを見たか!!」
カイルが誇らしげに振り返った瞬間、音速を超える勢いで飛んできたゼリアが、止まることなくドロップキックを叩き込み、残りのスケルトンを一掃する。
轟音と共に、砕けた骨が辺りに散った。
「勝負にならなかったな。」
カイルが無感情に言い捨てる。
彼は小走りでゼリアのもとへ駆け寄り、胸を張って言った。
「おつかれぇ」
渋く決めたつもりだったが、ゼリアは黙ってその顔をじっと見つめた。
コイツ、運がいいだけなんだな……
内心でそう呆れながらも、すぐに話を切り替える。
「私はエリーゼさんのサポートに行く。今の装備なら大丈夫なはずだ。」
「俺は見守っとくわ。」
「お前はこの靴をエリーゼさんに渡せ。」
「ゼリアが渡せばいいじゃん!」
「あのリザードマンに一瞬の隙でも与えてみろ!すぐに死ぬかもしれないんだぞ。」
「靴を渡すだけか……」
「エリーゼさんの装備もボロボロだ。装備を交換してる間は私があいつと戦うしかないだろ。」
ゼリアはさっと靴を脱ぎ、近くに落ちていた別のブーツを無造作に履く。
「俺はいい装備を選べばいいのか。」
「そういうことだ。お前の装備を見る目は高いからな。」
「まぁいいでしょう。その代わり尻尾触らせてーー」
言い終わる前に、ゼリアの拳がカイルの顔面に炸裂した。
吹っ飛ばされたカイルを無視し、ゼリアはエリーゼのもとへと駆けていく。
「シャアア!」
その叫びと共に、雷と炎をまとった無数の槍が、リザードマンの周囲に召喚される。
「ッ!」
飛来する槍を必死に剣で受け止めるエリーゼ。しかし、装備は限界を迎えていた。
鎧はひび割れ、剣は焦げ、手のひらもすでに裂けて血が滲んでいる。
このままじゃ……
「加勢します!」
雷鳴のような声とともに、ゼリアが地を裂く勢いで割り込んできた。
「ゼリアさん!?」
「エリーゼさんはカイルがいるところに行ってください!」
「ありがとうございます!」
エリーゼが振り返ると、そこには装備の山を目を輝かせて物色しているカイルの姿があった。
「カイルさん!早く装備をください!」
「これ靴ね。」
靴を手渡し、急いで履いた。
「ん?」
靴に刻まれている白い紋様が一瞬だけ光ったような気がした。
今のはなんだったんだろう……
気にしているエリーゼにカイルが話を続ける。
「ドロップキックする時は、「ファイアー!」って言うんだよ。そうじゃないと力入らないからね。」
「そ、そうですか……」
何を言っているのか分からない。けれど、今はそれどころではない。
「あと鎧はこれとかどうよ?」
カイルが指差したのは、まだ傷の少ない一式。エリーゼは何も躊躇わず、今の装備を脱ぎ捨てた。
「やっぱスタイルいいねぇ。怪我気をしないでよ。」
目を細めて見つめるカイルだったが、エリーゼは無言で新しい鎧に腕を通していく。
「あと剣ね。」
「ありがとうございます!」
緑の属性石が埋め込まれた剣を受け取り、エリーゼはすぐにゼリアのもとへ走る。
「一式・立風!」
ゼリアが雷光をまとった斬撃を放ち、リザードマンの胸に直撃する。
体が痺れ、動きが止まったリザードマン。
だが、背後から地鳴りのような足音が迫る。
「ゼリアさん、避けてください!」
「え?」
「ファ、ファイアー!!」
顔を真っ赤に染めたエリーゼが、稲妻のごときスピードでリザードマンにドロップキックを炸裂させる。
リザードマンの巨体がよろけ、地面に激突する。
「エリーゼさん?急にどうしたんですか?」
「今のは無かったことにしてください。」
「は、はい……」
恥じらいに顔を隠すエリーゼだったが、すぐに気を持ち直して叫ぶ。
「ゼリアさん、ここからは二人でいきましょう!」
「はい!」
焦ったリザードマンは両腕を広げ、大量の魔術式を空間に刻む。
紅く輝く魔石に、音を立ててヒビが走る。
「私は左の方を対処します!ゼリアさんは右を!」
「了解です」
数十本もの槍が空間に生まれ、雷光と炎を纏って降り注ぐ。
「三式・滅輪!」
「一式・立風!」
衝撃波と共に槍が霧散する。しかし——
リザードマンは不敵な笑みを浮かべ、上を指差す。
ゼリアとエリーゼが上を見上げると、巨大な魔術式がカイルの真上に出現していた。
「カイル!!」
「カイルさん!!」
二人が叫ぶと、そこには、装備やポーションを両手いっぱいに抱え、服やポケットに詰め込むカイルの姿。
「なんや?」
「早く離れろー!!」
ゼリアの叫びにも、カイルはまだ必死に装備を漁っている。
「俺ただ装備集めてるだけだから!悪いことなんてしてないぞ!!」
カイルの頭上に、炎の槍が生まれた。巨大で鋭く、真っ直ぐに落ちてくる。
「なんで、なんでまた!!」
エリーゼが必死に走る。だが、強化された靴の力でも間に合いそうにない。
「さっきみたいなことは、もう嫌なのに……!カイルさんのバカ!!」
涙ぐみながら、叫ぶエリーゼ。
「え!?そんな言わんでもええですやん!!」
必死でポケットから装備を投げ出すカイル。その頭上に、ついに槍が落ちようとしたその瞬間。
ゴウッ!!
一陣の風が走り、炎の槍が跡形もなく掻き消える。残ったのは鋭い風だけ。
カイルは、無傷だった。
「「え?」」
エリーゼとゼリアが同時に声を漏らす。
まただ。さっきと同じように、理不尽な事が起こった。
「シャアアア!!!!」
リザードマンは恐怖で震え、身をよじって後ろへと逃げ出す。
もう勝てる気がしない。敵わない。ただ弄ばれ、殺されるのを待つだけだ。
体を抱えてしゃがみ込み、震え出す。
その時、頭の中に誰かの姿が浮かんだ。
……誰なんだ、こいつは……
脳裏にチラつくリザードマンの姿。そしてもう一匹の影。
なんなんだ……なんなんだ一体!!
「あ……り…….が……と……う……」
誰かの声が脳内で再生される。
名前も顔も思い出せない。だが急に怒りが湧き上がってきた。
「シャアア!!!!」
怒りが恐怖を押しのけ、身体が再び立ち上がる。
目の前には、群れを成したモンスターたちが迫っていた。
騎士も、あの男の姿ももうなかった。
リザードマンは最後の力を振り絞り、傷ついた体を引きずるようにして魔術式を構築する。地に落ちた紅の魔石は激しく脈動し、ついには砕け散って消滅した。
「シャアア!!!」
咆哮と同時に放たれた無数の槍が、眼前のモンスターたちを貫き、次々に爆ぜる。爆風が砂煙を巻き上げ、一帯は混沌とした戦場と化す。
しかし、なおもその奥には、うごめく敵の群れが残っていた。
呼吸が荒くなる。力が出ない。魔力はすでに底をついていた。
無理やり魔力を引き出した代償に、身体の奥から重さと痛みが襲いかかる。膝を折り、リザードマンは崩れ落ちた。
激しく叩きつけるような複数の魔法にさらされ、意識が遠のいていく。
倒れたその耳に、ざっ、ざっ、と地を踏む無数の足音が届いた。
ここまでか……
心が折れそうになる。かつての自分では想像もしなかった、惨めな終わり方だった。
死を覚悟すると、走馬灯のように過去の記憶が蘇る。
雲ひとつない空、どこまでも広がる緑の草原。
そこにいる二人のリザードマン。自分を優しく見守る、どこか懐かしい存在。
こいつらは……誰だ……?
だが、どれだけ思い出そうとしても、顔も名前も曖昧だった。
「この腕輪にはね、すごい力が宿ってるって言われてるのよ。」
またあの声が響く。耳を塞ぎたくなるほど、うるさい。
うるさい……黙れ……もう……死なせてくれ……
頭の中で声が反響し、混乱が巻き起こる。ふと上げた片腕には、紫色の薄く光る腕輪が巻かれていた。
だが、それを見ても何も思い出せない。ただ、目の前に迫るモンスターの姿だけが鮮明だった。
……もう、どうでもいい……全部……
迫りくる魔術式の光に包まれ、終わりを感じて目を閉じる。
だが──
「……」
何も起きない。
鼓動はまだある。痛みも、呼吸も、残っていた。
おそるおそる目を開けると、敵の影はなく、そこには黒いフードを被った男がひとり、静かに立っていた。目元は隠れていて見えない。
男はなにかを呟いている。
「しかし、カイルという男は恐ろしいな。まさか、世界の法則をねじ曲げるとは。」
なんだ急に!?
「弱いフリをしながら、姿が見えないはずの私を弄ぶほどの力を持っている。間違いなく、彼こそが私たちの悲願を叶えてくれる存在だ。だが、どうやって味方につければいいのか……」
男の言葉が遠く響く。ここは現実か、幻か。思考が揺らぐ。
……なんだ、お前は……ここはどこだ……
その瞬間、全てが繋がった。
かつて共に過ごした二人──ザリシャ、リュロ。
安らぎと愛があった、あの記憶が流れ込んでくる。
そして、それを破壊したのは、目の前のこの男だった。
なぜ涙が止まらなかったのか。その理由を、ようやく思い出した。
すまない……すまなかった……ザリシャ……リュロ……
怒りが、憎しみが、全身を駆け巡る。
こいつだったんだ……すべてを壊したのは……!
許さない。絶対に許さない。殺す……殺してやる!!
怒りが臨界を超えた瞬間、胸の奥から黒い力が噴き出す。解き放たれたそれは、男の目の奥に興奮の色を浮かばせた。
「……呪力か。まさか、こんなところで手に入るとは。さすが、リザードマンの中でも特殊な個体だ。研究の価値はあったか。」
男は黒い箱を取り出し、呪力が込められた腕輪を箱の中に入れた。
「彼を味方につければ王国はすぐに滅ぼせるな。」
そう吐き捨てるように言って、闇に溶けるように去っていった。
───
「マジで危なかったんだよ!」
カイルの声が、ギルドの職員たちの間に響いていた。すっかり日常へと戻った空気の中で、彼だけが興奮した様子で身振り手振りを交えながら話している。
「巨大なリザードマンがいて、それを俺がバシュッって剣を振って倒したのよ!怖かったけど、冒険者が後ろに引くなんてありえないからねぇ。」
職員は苦笑いを浮かべながら、形ばかりの相槌を打っていた。
「すごいですね……」
「そうだろ!俺にかかれば、こんなのへっちゃらだわ!大量のモンスターだって倒したんだぜ!」
そのとき、横から伸びてきた拳がカイルの頭にクリーンヒットした。
「ぐへっ」
ゼリアだった。
「困らせてすいません。すぐに帰らせますから。」
「な、困ってないだろ!本当のことを言っただけだ!!」
抵抗しながらも、彼女にずるずると引きずられていくカイル。その視界に、ラシアの姿が入る。
「ラシアちゃん!」
一瞬で抜け出し、彼女のもとへと駆け寄った。そして耳元でささやく。
「マッサージよろしくね。楽しみに待ってるからさ。」
にやりと笑い、頬を吊り上げると──
「……!」
ラシアの杖が躊躇なくカイルの急所に突き刺さった。
「俺の……息子が……」
膝から崩れ落ちるカイルに、ラシアは吐き捨てるように叫ぶ。
「お前は運がいいだけのクソ男だろ!早く目の前から消えろ!!!」
ギルドが支援してくれた馬車の扉がバタンと閉まり、ラシアは王国に向けて出発してしまった。
「キャラ……変わってますやん……」
うずくまるカイルのもとに、今度はエリーゼが近づいてくる。
「この靴返しますね。」
「ありがとう……」
未だに悶絶しながらも、カイルはゆっくりと受け取り、痛みを堪えて立ち上がった。
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意外にもあっけない終わり方でしたが、次は何が待ち受けているんでしょうかねぇ
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