テラーノベル

テラーノベル

テレビCM放送中!!
テラーノベル(Teller Novel)

タイトル、作家名、タグで検索

ストーリーを書く

シェアするシェアする
報告する

ホテルを出てコユキは上野動物園まで続く、湖畔を一人歩いていた。

不忍池(しのばずのいけ)の中には、色取り取りのスワンボートが浮かんで、お客さんの訪れを待っていたが、今のコユキには白鳥ちゃん達に応える事は出来ないのだ。


思わずコユキの口を吐いて出た言葉は、


「もう、よしおちゃんも来れれば良かったのにな~ ……ちぇっ! つまんないのぉ~」


であった。


本人が目の前にいない時には、存外に素直なコユキの姿を再発見の瞬間であった。

まぁ、面倒臭い事には違いが無い、小娘でもあるまいに面倒な事この上ないデブチンである。


そんな甘酸っぱい酸味を帯びたコユキでも、歩き続けていれば、普通の人と同じ様に上野動物園へと辿り着く事が出来た、良かった良かった。

コユキは徐(おもむろ)にスマホを取り出して善悪に定時連絡を入れる。


”アタシコユキ、今上野動物園の正門前にいるの”


慌てていたのだろうか、時を置かずに続けざまに、もう一度ラインを送ってしまった。


”アタシコユキ、今あなたの後ろに、いるのおおおおぉぉぉ!!”


間も何も考えずに、一回だけ突然送った偽メリーさんは、当然の様に何の驚きも与える事は無く、


『はいね、がんばってね』


という、定型文以下の超塩い返信を、善悪に送らせてしまったのであった。


スマホで時刻を確認すると、出発前にオルクスが特定した顕現時刻まで、まだ一時間以上の余裕があった。

コユキは東園の動物達を流し見しながら、目的の西園カバ舎へと向かうことに決めた。

ゆっくりと向かってもかなり早めに着いてしまう事になるが、顕現と同時に祓う(はらう)に越した事は無い。

三十九歳にもなって、今更物珍しい動物など見当たらなかったが、健気で純粋な彼等の姿に癒されつつ、歩を進めるのであった。





『ふぅ、俺の方は終わったようだ…… ユイはどうだ?』


『うん、うちも終わった? かな…… 力が溢れ出してきたよ』


『そうか、なら、早速救世(ぐぜ)をはじめよう、早いに越した事は無い』


『だね♪ 急いては事を仕損じるっていうもんね♪』


『……いや、それは、ま、まあ良い! 下がっていろよ』


そう言うとジローは昨日と同様に、後ろ足で立ち上がった後、両足でコンクリートの壁に向かって倒れこむのだった。





「「「キャーっ!」」」


「た、たすけてー!」


「バケモノだぁ――――!」


「!!」


ゾウ舎の向いで、腕を組んで物思いに耽(ふけ)っていたコユキは、人々の叫び声で我に返った。

ここにあるリボンを模した、動物達の鎮魂碑、その横に掲げられた、過去の悲劇に思いを馳せている間に、随分時間が経過してしまっていたようだった。


スマホを取り出して時刻を確認すると、案の定、顕現の予定時刻を越えた所であった。


「くっ、しまった、罠だったのか!」


どんなパラノイアか知れないが、コユキは本気で口惜しそうにしている、困ったものだ。

とは言え、


「こうしちゃいられん! 急げ――――! アヴォイダンス」


辛うじてまともな思考が残っていたようである、一安心だ。


カバ舎の方向から、入園客が傾(なだ)れをうって逃げてきていた。

その人の波を縫う様に、残像を残しつつ、グングン進んだコユキは、二体の巨大生物の目の前も、音も無く通り過ぎていく。


通り過ぎた先の細い通路を左に入り、周りに人影が無い事を確認すると、徐(おもむろ)にツナギを脱ぎ始めた。

脱いだツナギを丁寧に畳んで、アライグマのキャップをその上に重ね、スマホと財布をツナギの折り目に隠してから、植え込みの中に潜ませた。

それはそうだろう、都会は恐い! これは全田舎者共通の認識なのだから……

堕肉の果て ~令和に奏でる創造の序曲(プレリュード)~

作品ページ作品ページ
次の話を読む

この作品はいかがでしたか?

0

コメント

0

👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!

チャット小説はテラーノベルアプリをインストール
テラーノベルのスクリーンショット
テラーノベル

電車の中でも寝る前のベッドの中でもサクサク快適に。
もっと読みたい!がどんどんみつかる。
「読んで」「書いて」毎日が楽しくなる小説アプリをダウンロードしよう。

Apple StoreGoogle Play Store
本棚

ホーム

本棚

検索

ストーリーを書く
本棚

通知

本棚

本棚