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ホテルを出てコユキは上野動物園まで続く、湖畔を一人歩いていた。
不忍池(しのばずのいけ)の中には、色取り取りのスワンボートが浮かんで、お客さんの訪れを待っていたが、今のコユキには白鳥ちゃん達に応える事は出来ないのだ。
思わずコユキの口を吐いて出た言葉は、
「もう、よしおちゃんも来れれば良かったのにな~ ……ちぇっ! つまんないのぉ~」
であった。
本人が目の前にいない時には、存外に素直なコユキの姿を再発見の瞬間であった。
まぁ、面倒臭い事には違いが無い、小娘でもあるまいに面倒な事この上ないデブチンである。
そんな甘酸っぱい酸味を帯びたコユキでも、歩き続けていれば、普通の人と同じ様に上野動物園へと辿り着く事が出来た、良かった良かった。
コユキは徐(おもむろ)にスマホを取り出して善悪に定時連絡を入れる。
”アタシコユキ、今上野動物園の正門前にいるの”
慌てていたのだろうか、時を置かずに続けざまに、もう一度ラインを送ってしまった。
”アタシコユキ、今あなたの後ろに、いるのおおおおぉぉぉ!!”
間も何も考えずに、一回だけ突然送った偽メリーさんは、当然の様に何の驚きも与える事は無く、
『はいね、がんばってね』
という、定型文以下の超塩い返信を、善悪に送らせてしまったのであった。
スマホで時刻を確認すると、出発前にオルクスが特定した顕現時刻まで、まだ一時間以上の余裕があった。
コユキは東園の動物達を流し見しながら、目的の西園カバ舎へと向かうことに決めた。
ゆっくりと向かってもかなり早めに着いてしまう事になるが、顕現と同時に祓う(はらう)に越した事は無い。
三十九歳にもなって、今更物珍しい動物など見当たらなかったが、健気で純粋な彼等の姿に癒されつつ、歩を進めるのであった。
『ふぅ、俺の方は終わったようだ…… ユイはどうだ?』
『うん、うちも終わった? かな…… 力が溢れ出してきたよ』
『そうか、なら、早速救世(ぐぜ)をはじめよう、早いに越した事は無い』
『だね♪ 急いては事を仕損じるっていうもんね♪』
『……いや、それは、ま、まあ良い! 下がっていろよ』
そう言うとジローは昨日と同様に、後ろ足で立ち上がった後、両足でコンクリートの壁に向かって倒れこむのだった。
「「「キャーっ!」」」
「た、たすけてー!」
「バケモノだぁ――――!」
「!!」
ゾウ舎の向いで、腕を組んで物思いに耽(ふけ)っていたコユキは、人々の叫び声で我に返った。
ここにあるリボンを模した、動物達の鎮魂碑、その横に掲げられた、過去の悲劇に思いを馳せている間に、随分時間が経過してしまっていたようだった。
スマホを取り出して時刻を確認すると、案の定、顕現の予定時刻を越えた所であった。
「くっ、しまった、罠だったのか!」
どんなパラノイアか知れないが、コユキは本気で口惜しそうにしている、困ったものだ。
とは言え、
「こうしちゃいられん! 急げ――――! アヴォイダンス」
辛うじてまともな思考が残っていたようである、一安心だ。
カバ舎の方向から、入園客が傾(なだ)れをうって逃げてきていた。
その人の波を縫う様に、残像を残しつつ、グングン進んだコユキは、二体の巨大生物の目の前も、音も無く通り過ぎていく。
通り過ぎた先の細い通路を左に入り、周りに人影が無い事を確認すると、徐(おもむろ)にツナギを脱ぎ始めた。
脱いだツナギを丁寧に畳んで、アライグマのキャップをその上に重ね、スマホと財布をツナギの折り目に隠してから、植え込みの中に潜ませた。
それはそうだろう、都会は恐い! これは全田舎者共通の認識なのだから……