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ミッシェリーナの血族は

代々女のみによって継がれてきた。


その血脈は始祖の時代より一貫して

〝女〟にしか宿らず

数千年を超えてなお

例外という言葉を知らなかった。


それは偶然などではない。


宿命であり、天命であり、祝福であり──


そして、時として

逃れられぬ〝呪い〟でもあった。


光の神、不死鳥。

それは、女の身にしか宿らぬ神である。


故に、ミッシェリーナの女皇帝は

常に〝娘〟へと力を継承し続けてきた。


母から娘へ。


肉体の奥深く、命と共に神を繋ぐ血の鎖は

時に愛の名を持ち

また時に悲しみの名をもって紡がれた。


その鎖は決して切れてはならぬ。


それを知る者たちの前で

アリア・ミッシェリーナは

戴冠式を迎えていた。


儀式の後半、玉座の間に再び沈黙が落ちる。


長らく続いた祝辞が終わり

今度は〝告知〟の刻が訪れた。


列席した魔女一族の中から

老いた声が厳かに響く。


「次の女皇帝の伴侶となるべき者は──

植物を身に宿す、緑の一族より現れん⋯⋯

その時は五百年の節目。

女皇帝の傍らに立ち

不死鳥の産まれ直しに、再び世を繋ぐ」


アリアのまなざしは、一瞬だけ揺れた。


その声に

会場が再び粛然とした空気に包まれる。


女皇帝の伴侶──


それは、五百年ごとに転生してくる

他の魔女一族の

長たる者たちの中から選ばれる。


不死鳥を禊ぐ〝産まれ直し〟の儀は

ただ討たれるだけでは成立しない。


次代へと継がせる為

宿主となる女皇帝は、必ず〝伴侶〟を得て

子を──次なる宿主を、産まねばならない。


アリアは静かに視線を伏せた。

目元に、かすかな翳りが差す。


(どうせ⋯⋯不死鳥を継がせるため

子供を産むための⋯⋯

まだ産まれてもいない

顔も知らない〝殿方〟が相手……)


冷えた意識の内に、言葉が落ちていく。


それは自嘲でも、怒りでもなかった。


ただ、この一族に生まれ落ちた者だけが知る

諦観──それだけだった。


彼女の母、シルヴィアは

かつての女皇帝として

すでにそのすべてを経験している。


代々の女皇帝は、神を継がせた後でも

子を授かることができる。


それゆえ

長きにわたって

複数の子を成す者も珍しくなかった。


だが、シルヴィアは違った。


彼女は、娘──

アリアただ一人にすべてを注いだ。


不死鳥をアリアに継がせたのちも

再び子を産むことはなかった。


それは、 選べなかったのではない。


──選ばなかったのだ。


シルヴィアには、三人の妹がいた。


しかし、神を宿さぬ身である彼女たちは

皆、不老不死ではなかった。


外見も、精神も

何ひとつ衰えない自分を傍らに置いたまま

妹たちは次々に老い、皺を刻み

そして──逝った。


その孤独と喪失を

彼女は決して口にしなかったが

その寂しさを、誰よりも理解していたのが

母としてのシルヴィアだった。


だからこそ、娘アリアだけを産み

愛のすべてを、彼女一人に注ぎ続けた。


玉座の横、静かに微笑む老いた女の手が

アリアの手に触れる。


「お母様⋯⋯?」


その瞳は、すでに視えぬはずなのに

娘の瞳に浮かぶ陰りを

まるで見透かすかのようだった。


「⋯⋯あぁ。

あの人が生きていたら⋯⋯

今のあなたを見て

誰よりも喜んだことでしょうね」


柔らかく、切ない声だった。


アリアの父は、記憶を司る魔女一族──


いわば教皇的立場を担う

知と理性の一族の出身であった。


その穏やかで、静かな存在は

激情に燃える不死鳥を宿す

シルヴィアにとって

唯一無二の〝静〟であり

離れず寄り添う影であった。


けれど彼もまた、不老不死ではなかった。


光の神を宿さぬ限り

全ての魔女は〝人〟として老いていく。


彼は数年前、病に伏せ

そのまま静かにこの世を去った。


アリアの戴冠式を見ることは

叶わなかった。


「ええ⋯⋯

後で、お父様の肖像画にも

この姿をお見せしてきますわ。お母様」


アリアの声は

毅然としていたが、どこか優しかった。


肩に羽織った王衣が静かに揺れる。


血の鎖はまた、一つ輪を締め

新たな歴史へと

ゆるやかに、その歩みを始めていた。



それから──


アリア・ミッシェリーナが

戴冠の冠を戴いてより

すでに百年の歳月が流れていた。


だが、その美しさは

寸分たりとも衰えることなく

あの日

聖域の光を浴びながら不死鳥の翼を広げた

女皇帝の姿のまま

今もなお、光の神をその身に宿す者として

君臨し続けていた。


今宵、月は澄み渡り

森の梢は白銀の吐息に包まれていた。


奥深くにひっそりと佇む宮殿の広間では

燭台の灯が揺れ

壁一面に飾られた歴代女皇帝たちの肖像が

静かにその空間を見守っていた。


その中でもひときわ大きな

そして精緻な装飾が施された額縁の内──


そこには、老いた穏やかな笑みを湛えた

前代女皇帝シルヴィアの姿があった。


銀の髪に、灰を思わせる薄紅の瞳。


王衣を纏いながらも

どこか母としての温もりを宿したその姿は

かつての宮殿を導いた

威厳と慈愛の象徴でもあった。


アリアは

その肖像の前に静かに立ち尽くしていた。


白の長衣は空気を含むように柔らかく揺れ

背にある炎の両翼は

穏やかな燐光を灯していた。


彼女の指先が、ゆるやかに額の縁を撫でる。


「⋯⋯お母様。

今日もまた、新しい命が

この森に生まれました」


その声は、時間を超えた静謐を纏いながら

空間に溶けてゆく。


彼女の姿はまさに〝時の止まった〟美であり

その佇まいは神話の中の女王を思わせた。


アリアの周囲には

数多の者たちが集っていた。


それは歴代の女皇帝の

〝妹〟たちが紡いだ血族──


不死鳥を宿すことはなかったが

確かに〝光の一族〟として

生を繋いできた者たち。


老いた者もいれば、若き者もいた。


幾代にもわたる命の織り重なりが

静かにその場を満たしていた。


アリアは知っていた。


自身が、常に〝見送る側〟であることを。


どれだけ愛しくとも

どれだけ傍に在っても

時が巡るたび、別れは必ず訪れる。


あの日、戴冠式に居た者のすべてが

彼女を残し、すでに皆老いて逝った。


今、こうして共に生きる子孫たちも

やがて

記憶の中でのみ語られる存在となることを

彼女は知っていた。


──けれど、それでもなお。


それだけではないのだと

アリアは理解していた。


見送ることだけが

永遠の者の宿命ではない。


見守り、支え、そして受け継がせるという〝光〟の役目があるのだと。


その瞬間、広間の扉が静かに開かれた。


月の光を背に

一人の若い女が赤子を抱えて歩み寄ってくる


その顔は緊張に強ばっていたが

腕に抱く小さな命の温もりに満ちていた。


広間の空気が一段と清らかになる。


アリアは微笑んで、彼女のもとへと近付く。


赤子は

生まれて間もないとは思えぬほどに

しっかりと目を開き

その澄んだ瞳で

炎の女皇帝をまっすぐに見上げていた。


アリアは、その額にそっと指を当てる。


「⋯⋯ようこそ。

ミッシェリーナの血を継ぐ、祝福の子よ」


その声と共に

指先からほんのわずかに燐光が灯る。


祝福の証。


不死鳥を宿す者だけが許された

命への聖なる接吻。


赤子はそれを恐れることなく

まるで応えるかのように

小さく声をあげた。


それは、柔らかく

この広間の静けさを照らすような産声だった


アリアの微笑は、ゆるやかに深くなる。


彼女はこの子が

やがて誰かに愛され、誰かを愛し

また新たな命を繋いでゆくことを信じていた


たとえ、その未来に自らの姿が残らずとも。


──それで、よいのだ。


彼女の背の炎が、ゆらりと揺れた。


それは暖炉の火のように

優しく、永久を照らす光。


アリア・ミッシェリーナは

今日もまた

女皇帝としての務めを果たしていた。


祝福を授け、未来を見守る者として──


百年の時を超えて

ただ一つの〝不動〟で在り続けていた。

紅蓮の嚮後 〜桜の鎮魂歌〜

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