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浜辺の端の方で、俺と🌸は並んで座っていた。
🌸は時折立ち上がって、引く波を追いかけては迫ってくる波に逃げ、一人でわいわい楽しんでいる。
「堅治もおいでよ!海気持ちいいよ!」
無邪気に微笑んで、水滴が滴る手で己の元へ招く🌸に「おう」と返し、海に足を入れた。
「うわ、きもちい。海ってこんなだったっけ」
「ハハ、本当に六年ぶりに海入った人の感想だ」
「すげ、全身浸かりてぇ…」
足元で揺れる水面を見ながら感動していると、「堅治!」と呼んだ🌸が海水を俺の顔めがけて飛ばしてきた。
「うわ!なにすんだよ!」
「全身浸かりたいって言ってたから!」
いたずらを思いついた子供のように笑った🌸は、やれるもんならやってみろと、人差し指をちょいちょいと動かした。
「痛ってぇ、やべ、なんか変なの踏んだかも」
「え!?まじで!?絆創膏とかあるかな…ちょっと足見せて」
そう言って俺の足を見ようと前屈みになった🌸に、手で作った水鉄砲から海水を飛ばす。
「ぬぅわ!しょっぱ!」
そう言って、ぎゅっと中央に顔パーツを寄せながら口を覆う🌸を見て、俺は片方の口角をあげた。
「ざまあみろ!俺には勝てないよー」
「堅治の嘘つき!鼻伸びろ!泥棒始まれ!」
「はいはい、負け惜しみですか?」
「も〜〜〜!!」
🌸はその後、激しく水面を揺らしながら飛沫を飛ばして反撃をしては、水鉄砲を顔面に喰らって顔を窄めるのを繰り返していた。
海ではしゃぐなんて、まるで高校生に戻った気分だ。
トラウマだったし、入るつもりもなかったし。
でもどうしてか、現に全身がビッシャリ濡れているし、さっきから心臓が高鳴っていて仕方がない。
本当、🌸が来てから楽しいことばかりだ。
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俺らは陽が落ちるまでひとしきり海ではしゃいで、🌸のグゥゥという腹の音を合図に遅めの昼食を取ることにした。
スマホで”近くのご飯”と調べて1番レビューの高かったしらす丼をテイクアウトして。
人通りが少なくなった海岸沿いの端に並んで座った。
「美味っ…!流石星4.0のお店だぁ」
「だな、もう普通のしらす食えねぇかも」
「あははっ、ほんとにそれ!今日の帰りスーパーでしらす買って食べ比べてみようよ」
「あー、有りだな。買ってみるか」
極限まで空腹を我慢していたのと、しらす丼が頬が落ちるほど美味かったのが重なって、食べ始めて数分で器からしらす丼が半分消えている。
🌸は口いっぱいに頬張ったどんぶりを一気に飲み込んで、しらす丼と俺を交互に見てからニッと歯を見せた。
「ずっと堅治と行きたかった場所で美味しいもの食べれて幸せ!」
「ハハッ、なんだそれ……まぁ俺もだけど」
🌸はそう言った俺をみて満足そうに笑った。
そんで、まだ少しだけ残っているしらす丼を置いて、何か思いついたように手のひらをパチンと合わせた。
「お盆が終わったら良い思い出全部持ち帰って、一人でも寂しく無いようにするんだ!
あ、ちなみに堅治に拒否権ないんで!」
そう言って、俺の顔の前に人差し指を立てて器用に瞼を片方閉じながら、🌸はニンマリと笑って己の頬を盛り上げた。
「はいはい…じゃあ、あと一日で持ち帰りきれないくらい良い思い出作ってやろー」
「えぇ!?それは意地悪のつもり?私嬉しくなっちゃうけどいいの?」
「帰りたく無いって思わせるための意地悪でーす」
笑ってそう言う俺に、🌸は口を尖らせて「そう言うことかー」なんて目を細めて拗ねている。
…良い思い出、か。
すでに夜空に侵食されて西に追いやられそうな斜陽を眺めながら、俺はお盆を振り返っていた。
🌸の命日の日は必ず悪夢を見ていたのに、🌸が来て動揺していたのか、逆に安心したのか…今年は悪夢を見なかったな、とか。
🌸の手料理めっちゃ美味かったなとか、静まってた部屋が一気に明るくなったなとか。
本当、太陽みたいな奴だな、とか。
そんな🌸を見れば、斜陽に照らされて少し儚さを増した横顔が、大口を開けてどんぶりにがっついていた。
「折角の美しい顔が台無しですよ、🌸さん」
「…んぇ、なにが?褒めたの?」
「なんでもねーよ。てか、米ついてる」
きょとんとして俺の顔を見つめる🌸は、頬に米粒をつけていた。それを取って食べれば、恥ずかしそうに頬を赤らめてくしゃりと笑う姿が俺の幸せそのもので。
俺の中で蠢いていた愛おしさが胸を掻きむしった。
それがどうにもくすぐったくて、表に出さないと治らない気がして。
「あのさ、🌸」
「んー、何?」
気持ちが先走って声として外に漏れ出た。
もう、今までの事も今1番伝えたかったことも。
本当に全部、声と共に外に出た。
「俺、実はお前が死んだ時からずっと、🌸の命日に悪夢を見るんだよ。周りからすごい罵声を浴びせられる夢とか…あと、🌸がどっか遠くに消えていく夢。
ずっとそれにうなされてて、でも悪夢を見なくなったら🌸を忘れてしまうんじゃ無いかって怖くて。」
🌸は「うん」と一言だけ頷いた。
本当は🌸の目を見て話すべきだったけど、🌸を見たら途中で泣いてしまいそうで。徐々に海に沈む夕日を見ながら言葉を紡いだ。
「でも、今年は🌸が来てさ、動揺してたのか嬉しかったのか、悪夢見なかったんだよ。
次の日も、悪夢を見なかったからって🌸を忘れることは無かったし。
🌸と同棲して、たわいも無い会話で笑って、夕飯一緒に作って、一緒に風呂入って。
好きって言えて付き合って、キスもしてさ」
夕日を見ていたからか、涙は出なかった。
ただ、🌸への愛おしさと感謝と、夢が叶った幸せを伝えたくて、早足になった心臓の鼓動が波の音に乗って響いていた。
「俺、🌸が来てから超幸せ!俺の方が良い思い出ばっか貰ってるよ」
柄にもない発言に恥ずかしくなって、思わず足元へと目線を下げた。
「…えへへ、来て良かったなぁ」
照れ臭そうな、嬉しそうにも思える🌸の笑い声はいつもよりやけに透き通って聞こえて、潮風と共に俺の耳を撫でる。
「本当、ありがとうな」
感謝を伝える時だけは、泣いてもいいから目を見て伝えよう。
そう思って、🌸の照れて少しぎこちなくなった笑顔を想像して隣を見た。
きっと、「何それ」って言って笑ってくれると思い込んで。
「…🌸?」
なのに、目の前には海岸沿いが広がる景色だけが広がっていて。
あれ。
ねぇ、🌸。
「🌸、おい🌸…どこ、行ったの」
西の海を泳いでいた夕日は、跡形もなく姿を消した。
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