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岐路を辿る車は、やけにラジオが響いていた。
時折、道路に沿った街頭が車内をうるさく照らす度に現実へと戻される。
あの後、遊泳時間ギリギリまで🌸を探した。
海岸沿い、浜辺、海の中。
きっとまた悪戯だろうと思っていたし、そう思いたかった。
でも、結局どこにもいなくて。
行きではとても賑やかで明るく彩られていた助手席は、絶えず暗い影をおとしているばかりだった。
《__明日でお盆も最終日ですね。皆さんはお墓参り行かれましたか?
僕ね、小さい時はたかが石に手を合わせて何の意味があるんだー!なんて、思ってたんですけどもね。…妻を亡くしてからは、そんな事思わなくなってましたね。
ここに妻が居て、手を合わせる事で妻に自分の声が届いている様な気がして。
記憶の中でずっと二人は生きていけるって、なんの歌詞でしたっけ?
なんか、そういう感じなんですよ。お墓に行けば妻に会える様な感覚があって、まぁそれは無意識に妻との記憶を辿っているだけだと思うんですけど、でも、それだけでも幸せなんです。
故人が残してくれた幸せって、あまりに大きいですよね。》
「…残して居なくなるくらいなら、ずっと居てくれよ」
一方的に喋るラジオのパーソナリティに向かって、ボソリと呟く。
残された方が、また存在が大きくなって辛くなるだけだ。なんて不機嫌に眉を寄せる。
見慣れた街並みが車窓を流れ始めて数十分、行きつけのスーパーの駐車場に車を停めた。
店内は長居すれば少し寒くなりそうな程涼しくなっていて、額に留まっていた汗はそのまま乾き始めていた。
“今日の帰りスーパーでしらす買って食べ比べてみようよ”
数時間前まで居た🌸の事を思い出して、しらすを買いに来たのだ。
約束を果たせばまた来てくれるかな、なんて叶いそうにない想像をしながら。一人で食べるには多いしらすを一パックだけ買って、また家路を辿った。
いつかの様に、アパートの階段を力なく登って家の鍵を開ける。
玄関を開ければきっと、家の中が冷房で冷えていて、ケロッとしながら🌸がおかえりって言ってくれて。
それでまた、一緒に暮らせるはず。
「ただいまー」
俺の淡い期待を蝕む様な湿気が部屋に充満していて、電気すらついていない事に初めて残念に思いながらリビングへ向かう。
物音ひとつしない静けさが鼓膜を刺激して、心臓の鼓動ばかりをうるさくしていた。
「…おーい、🌸ー。スーパーでしらす買ってきたんだけど。海で言ってたじゃん、食べ比べたいって。
……だから、いっしょに食べようと思って、買ってきて、さ」
鼻筋がツンと熱くなっていく。
何の物音もしない空間で一つ、俺の声だけが響いていた。
部屋は湿気が溜まっているのに、オアシスを失った砂漠みたく乾いている様だった。
「出てこいよ、🌸。先に一人で食べてんぞー!
…うわ、美味!意外とスーパーのしらすも引けを取らない美味さだわ」
俺はパックに入ったしらすを食べては🌸を呼んで、また食べてを繰り返した。
部屋の静けさに目が回って、喋っていないと気が狂いそうだったから。
絶えず姿の見えない🌸に向かって話しかけた。
🌸が俺の前から居なくなってしまった事実を受け入れたくなくて。
「早く食いに来ないと俺全部食っちゃうよ?
…あーあ、もう最後の一口でーす」
誰も居ない空間に向かって震える声で戯ける様に笑いながら、スプーンを口元まで持っていく。
スプーンは口のすぐ側にあったが、そこで止まったまま小刻みに震えて、そのまま力なくローテーブルの上に落ちた。
鼻筋の熱は目頭まで浸食して、そのまま視界が歪み始めた。
下瞼にだんだん積もっていく涙は、重さに絶えきれずに床に溢れてシミを作っていく。
鼻を啜る音だけが響く部屋で、🌸と一緒に並んで食べた食事を思い出していた。
テレビ見て笑って、頬いっぱいにご飯を詰める🌸が居て。
本当、美味しかったなぁ。
「……不味い」
食べ比べたけど、スーパーのしらすは美味しくなかったよ。
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