1組目…一ノ瀬、皇后崎、屏風ヶ浦の鬼ごっこが始まった。
無陀野が掛け声と共に森に続く入口を開ければ、皇后崎が我先にと飛び出して行く。
その後を追うようにすぐさま一ノ瀬が中に入り、最後にだいぶゆっくりしたペースで屏風ヶ浦も森へと向かった。
第6話 血触解放/殺しちゃうので
3人が森の中へと入り、残りの2組はしばらく待機のため、入口付近には鳴海と無陀野だけが残った。
自分も15分後にスタートだと思っていた鳴海は、何を準備するのかと首を傾げる。
傍に駆け寄って来た鳴海に、無陀野はスッとあるものを渡した。
「あ、俺の靴!持ってきてくれたの?」
「あぁ。スニーカーで挑む阿呆の為に持ってきたんだ」
「あは、バレてた?」
「ん。ほら、片足。手動かしながら聞け。お前はこれ履いたらすぐに四季を追ってくれ。」
「四季ちゃんを?見守る意味で?」
「そうだ。あいつは未熟が故に、血を使い過ぎる危険性がある。その場合の応急処置を頼む。」
「了解了解〜」
「ただし、暴走状態に入った時お前の方で抑えろ。無理なら俺が行くまで待機。いいな?」
「はーい」
紐を結んでいた手を取られたかと思えば、至近距離で顔を覗き込まれ、鳴海は不意の出来事にドキドキしてしまう。
それに気づかない無陀野は”15分後に俺もすぐ合流する”と言って、彼の頬にキスを落とした
「んじゃお先」
「あぁ。頼む」
無陀野に送り出された鳴海は、軽い身のこなしで木々の間を渡って行った。
見た目の割には戦闘能力、身体能力共にかなり高い鳴海。
無陀野との付き合いが長いこともあり、トップスピードを維持した状態でも、器用に木の間を渡って行く。そして数分後、彼の耳に生徒の会話が聞こえてきた。
「取り消せ、糞野郎…!」
「(おっ、四季ちゃんの声だ!早速迅ちゃんとやり合ってるのかな…?)」
「はぁ…まぁ確かにボールの数は限られてるんだ。物理的に潰し合っても構わないよな。」
「なんだ…?その傷。」
「(これはまた…凄い傷跡)」
マスクを外した皇后崎の口元は何ヵ所も裂けており、そのすべてに縫合したような痕があった。
彼の切れ長で整った目元が印象に残っていた鳴海は、マスクの下の傷とのギャップに思わず息を呑む。
あれだけの傷が自然につくことはあり得ない。過去に何かツラく苦しいことがあったことは間違いなかった。
「(あの子いいなぁ。うちに欲しい。今のうちからスカウトしちゃおうかな?)」
「古傷見せびらかす奴は大体ザコだぜ。」
「じゃあザコに負けるお前はカスだな。」
鳴海の穏やかな想いとは裏腹に、男子2人は一触即発の雰囲気だ。
静かに腕まくりをした皇后崎は、自身の右腕にある無数の傷に指を入れて血を流し始める。
驚く一ノ瀬の目の前で血触解放をした彼は、その血を見事な回転刃へと変えた。
一ノ瀬と皇后崎が向かい合う場所から少し離れた位置にある木の枝に腰かけ、鳴海は2人の様子を見守っていた。
いとも簡単に血を扱う同期の姿に、一ノ瀬は驚きを隠せない。
「!? なんで普通に出せんだよ…!?」
「逆になんでできないんだ?」
「(四季ちゃんは覚醒したばっかりだもんね…迅ちゃんとはレベルが違い過ぎる。)」
「ビビったなら逃げてもいいぞ。」
「ふざけんな…!このままお前から逃げたら…死んだ親父がくらだねぇことになんだよ!!」
「(!迅ちゃんの表情が変わった…?)」
「父親の仇でここに来たのか…?」
「だったらなんだよ!」
「…そうか。ならお前とは一生わかり合えないな。」
さっきまでの表情が穏やかに見える程、今の皇后崎は暗く恐ろしい顔をしていた。
彼の過去に何があったのかは分からないが、どうやら父親絡みなのだろうと、彼らの会話を聞きながら鳴海は想像する。
父親との関係性が深い2人だが、その内容は天と地ほどの差があった。
「んなつもりハナからねぇよ!俺だってできんだよ!」
「…」
「くそ!なんで出ねぇんだよ!」
「(んー…四季ちゃんみたいなタイプは、1回感覚が掴めれば早そうなのにな。)」
「ふっ。」
「笑ってんじゃねぇ!殺すぞ!」
「これ以上は時間の無駄だ…時間の対価は支払えよ。」
冷たい目でそう言った皇后崎は、攻撃態勢に入る。一方の一ノ瀬もまた、何とか食らいつこうと木の棒を持って構えた。
だがそんなもので、血触解放をした鬼に敵うはずもなく…
あっという間に倒された一ノ瀬は、悔しそうに天を仰いだ。
“何かアドバイスを…”と思った鳴海だったが、それはきっと無陀野の本意ではないだろうと思い留まる。
その後何とか立ち上がった一ノ瀬に対し、皇后崎はダメ押しの斬撃を放った。
と、その時…今まで聞こえていなかった女子の声が、その場にいた3人の耳に届く。
「あぁ~…お二人やっと見つけました~…」
「(うそ、帆稀ちゃん!?)」
「(あ…!)」
1組目のメンバーである屏風ヶ浦が、木々の間から不意に姿を見せる。
ちょうど一ノ瀬と皇后崎の間に入るような形で登場した彼女は、背後に迫る皇后崎の攻撃に全く気づいていない。
直撃すれば、もちろん無事ではいられない。一ノ瀬の見守り担当だった鳴海も、現場に駆け付けるために木から飛び降り走り出す。
だがそれよりも早く一ノ瀬が屏風ヶ浦の方に駆け寄り、その体を抱えて脇に転がった。
何とか攻撃を避け、押し倒されたような体勢になっている屏風ヶ浦は、突然の出来事にアタフタとしている。
「え…?」
「あっぶねー…」
「えぇえええ…!?あああ…あ…あの…!」
「四季ちゃん!帆稀ちゃん!大丈夫!?」
「鳴海!何でいんの!?」
「無人くんに言われて、皆のこと見守ってたの。帆稀ちゃん、怪我は?痛いとこない?」
「あ、私は、あの、大丈夫です…!」
「良かった…!四季ちゃんは…あ~ちょっと腕やってるね。」
「やっぱりか。いっつ…でも天使の顔見たら治った気がする!」
「気がするだけで治ってないからね。でもまぁこのぐらいならほっとけば鬼の血で治るよ。」
“あと天使呼びやめなさい!”
傷を診てくれた鳴海にそう言われながら痛くないデコピンをされた一ノ瀬は、その優しい言動に明るい笑顔を見せた。
それから表情を変えると、一ノ瀬は同期の登場に構わず攻撃を仕掛けてきた皇后崎の方へ向けて言葉を発する。
「危ねぇだろ!謝れ!」
「謝る?怪我するのがいやなら帰った方がいいだろ。まぁ、あの程度の手加減した攻撃が怖いなら、どっちみち消えた方がいいけどな。」
「(ホンットにむかつく野郎だな…!)」
「喧嘩してるとこ悪いけど状況分かってる?」
「は?図体だけでかい奴は黙ってろ」
「おい!俺の天使に向かって、その口の利き方なんだよ!」
「ストップストップ!四季ちゃんいいから!あと天使呼びやめてって言ったばっかでしょ!」
鳴海と一ノ瀬がギャーギャーと騒いでいる間、屏風ヶ浦は一切の言葉を発していなかった。
そのことにふと気づいた2人が後ろを振り返れば、そこには土下座状態でひたすら謝罪を繰り返している屏風ヶ浦の姿があった。
自分のせいで一ノ瀬が怪我をしたことに、尋常じゃないぐらいの責任を感じている彼女。
その様子に鳴海は異変を覚えた。
「(…あ、これヤバイかも。)帆稀ちゃん、落ち着いて?四季ちゃんは大丈夫だから!」
「そうだよ!これはあのバカがやったことだから!そんな謝ん…なくたっ…て…」
2人の言葉が全く耳に入らない状態の屏風ヶ浦は、一切顔を上げずに謝り続ける。
そうしている間にも、彼女の鼻からは大量の血液が外へ流れ出ていた。
そしてついに、常人の鼻血とは比べ物にならない程の量の血溜まりの中から、優に10mは超えた女性が現れた。
「(帆稀ちゃんの血触解放…!)」
「3人とも逃げてください…じゃないと……この子が殺しちゃうので…」
呆然と立ち尽くす3人を威嚇するように、血の巨人はこちらへと向かって来るのだった。