ある日、元貴が失踪した。
朝、いつも通り仕事へ向けての
支度をしていた時にマネージャーからの
電話でその事を知った。
朝、マネージャーが元貴の家へ
迎えに行った時に連絡をしても
返信がなかったらしい。
不審に思ったマネージャーが
チャイムを押したが、
元貴は出てこなかった。
家の鍵は空いていたため、家に入ったところ
家に元貴の姿はなかったらしい。
リビングのテーブルには
メモなのか手紙なのか、または遺書なのか
ちぎった紙切れが置いてあった。
『少し疲れた またいつか。』
とだけ書かれていたらしい。
元貴が失踪してから3年。
世間の注目も逸れてきた頃だった。
いつものように街を歩いていた時だった。
見覚えのある人影が見えた。
背の高さ。体格。服装。
なんだか元貴のような気がした。
俺はその人の手を掴み、話しかけた。
「あの…!!」
その時、男が振り向いた時だった。
男は懐かしい瞳をしていた。
元貴だ。
「ッ!!!元貴…?」
俺が名前を呼ぶと、男は驚いたように
目を見開いた。
次の瞬間、男が俺の手を振り払った。
「っ!ぁ…!!待って!!!」
男は逃げるように走っていく。
俺は男を追いかけた。
今ここで手を離してしまったら、
もう会えないかもしれないから。
男は人気のない路地裏へと逃げて行った。
俺はその背中を必死に追いかける。
すると男は、もう潰れた
スナック店のビルへと入っていった。
俺も迷わずそのビルへと入っていく。
階段を走って登ると、ゴンッという
鉄の音が よく響く。
ずっと階段を走っている。
これだけ走ったら疲れるはずなのに、
何故だろう、 疲れは感じない。
男を追いかける事に必死で
疲れを感じる暇などないのだろうか。
「はぁはぁッ…もう逃げられないぞ…」
「はぁはぁッ…なんでッ…」
いつの間にかビルの屋上まで来ていた。
逃げ場を失った男は、
俺の方をじっと見つめる。
その瞳、やっぱり見覚えがある。
「…もういいや、…久しぶり、若井」
そう言うと男は被っていた
帽子やマスク、メガネを全て外した。
「ッ!!!…元貴ッ…泣」
久しぶりに聞く声に、
久しぶに見る元貴の顔に涙が溢れる。
そんな俺を見て、元貴は優しく笑いかける。
その表情はどこか暗くて、
苦しそうに見えた。
「元貴ッ…帰ろうッ…?泣 戻って来てよッ…泣」
「…帰れないよ。もう終わらせよう。」
そう言うと元貴はビルの段差に立つ。
このビルの屋上には、柵がない。
段差の下には夜の街の景色が見える。
「ダメだってッ!!!!元貴ッ!!!」
必死に叫び止める俺を見て
元貴は困ったような顔で笑った。
「…じゃあ若井も一緒に飛ぼう?そしたら俺も怖くないからッ!」
元貴は明るい笑顔で俺に言う。
なんでだろう。
なんでこんな言葉に乗ったんだろう。
もう全て終わらせたいと思った。
俺は元貴の隣に立ち、街を見下ろす。
人は少なく、街の光が美しい。
俺は元貴を抱きしめる。
久しぶりに貴方を抱きしめた。
あぁ。幸せだ。後悔などない。
この温もりをまた感じられて幸せだ。
俺と元貴は抱き合いながら
宙を舞った。
初めて見る角度での夜の街は
これまでにないぐらい美しくて、
一瞬だった。
元貴が目を瞑る。
俺もそれに合わせて目を瞑る。
握っていた手の力が強くなる。
またいつか、またいつかちゃんと 生きよう。
その時、必ず俺が君を幸せにするから。
幸せに出来なくてごめんね。
来世も一緒に居てね。
さよなら世界。
コメント
2件
心中大好きなんです私… 一緒にしのう?って言葉に乗ってしまった若井さんはほんと元貴さんのこと大好きだったんだなぁって… 言葉も全部儚くて雰囲気大好きです…ありがとうございます…🙏🏻💖