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夏祭りの終わりを告げるように、遠くで「ドンッ」と一発、夜空が鳴った。 「──あっ!始まった!?」
真っ先に空を仰いだのはミサだった。手にはまだ盆踊りの名残を残す扇子。隣で粧裕もぱっと目を輝かせる。
「うわ、やばい!急がないと見れなくなっちゃうよ!」
「おいおい、まさか……場所取りしてないわけないよな?」メロが不穏な声で尋ねると、誰も答えなかった。
「……おい」
「いや、でも……ねぇ?」マットが曖昧に苦笑いを浮かべる。
「これは……絶望的ですね」ニアが淡々と評すと、Bは空を見上げていた。
「……あの花火が“滑稽”と笑ってるように見えるのは、私だけでしょうか」
そして、誰もがどうしようかと視線を交わす中──
「……穴場がありますよ」
静かに声を発したのは、浴衣の裾を整えていたLだった。
「知ってるんですか?」
「はい。ここら辺は調査済みです」
「なんで花火大会で調査してんのよ……」ミサが呟くのをよそに、Lは振り返った。
「行きましょう。少し歩きますが──“誰にも邪魔されずに、綺麗に見える場所”です」
言葉の先に、少しだけ夜風が吹いた。
「ま、Lの言うことだし、行ってみようか」
まるで導かれるように、僕たちは人混みの中から裏通りへ抜けた。薄暗い石畳の道。屋台の喧騒から少し離れるだけで、蝉の声と草のにおいが際立ってくる。
途中、僕の斜め後ろから聞こえてきたのは、マットの呆れた声だった。
「……なぁメロ、それ何その袋。めっちゃかさばってるんだけど」
「見りゃ分かんだろ。くじ引きの景品だよ」
「いや、数が異常なんだけど。これ全部当たったのかよ?」
「まあ……当たったと言うより、Lの金で買い占めた」
「待って、今なんて?」
「“Lの金”で、全部、買い占めた」
……やっぱりこいつらには、常識という言葉が存在しないらしい。
「それ、全部持って帰るの?」と粧裕が聞くと、ニアが真顔で、
「はい。ワイミーズハウスに寄付します」
「寄付って、それ全部……?」
「Lがスポンサーですから」
「スポンサーっていうか、被害者……」僕は思わず口にしていた。
Lはというと、仮面ライダーの面をつけたまま静かに歩いていて、その後ろをなぜか誇らしげな顔のBがついている。
──よく分からない関係だ。多分、誰にも分からない。
狭い道を、提灯の明かりをたどるように歩きながら、僕は斜め前にいる粧裕に声をかけた。
「粧裕、それ──可愛いぬいぐるみだな」
粧裕は嬉しそうに振り返り、くまのぬいぐるみを抱えてみせる。
「えへへ。ミサさんが輪投げでとってくれたの!」
「へぇ?ミサが?すごいね。ありがとう、ミサ」
「え! いや、全然……」
ぼそっと、ミサは口元を隠すように呟いた。
「(……ズルしてとったなんて言えないな)」
──なんとなく察して、僕は苦笑した。
少し先では、マットがメロに視線を向けながら、ぼんやりとした口調で尋ねた。
「メロ、そろそろ荷物交代したら?」
ニヤニヤと相変わらずおちゃらけた口調だ。
「重そうだし、ってか、それ何キロあるの?」
「知らねぇよ。てかお前持てよ」
「嫌だよ。俺、手汗すごいから、袋ベタベタになっちゃう」
「殺すぞ」
そんなやり取りを聞きながら、ニアはピコピコとたまごっちに夢中で、Lの背中に何度もぶつかりながら歩いている。
「ニア、歩きながらは危ないよ、ふふふ」
Bの注意に、ニアはピクリと瞼を動かしただけで、手元のたまごっちから視線を離さない。
「いま大事な時なんです。進化するかもしれなくて」
──ゴスッ。
そのまま前を歩いていたLの背中に、ためらいもなく激突した。
「……ッ」
Lは無言で振り返る。
その拍子に、仮面ライダーの面がカクンとズレた。
「すみません」
ニアは一応謝るが、たまごっちから目は離さない。どこか申し訳なさそうな口調なのに、足は止まらない。
「……進化しそうなんです」
小声で、真剣に。
「……ニア。これで3回目です。私のストレスゲージが進化する前に自重してください」
「……大丈夫です。仮面ライダーは耐久性がありますから」
「そういう問題ではなく──」
その時、またもやニアの足がLの踵を狙うように踏みかけ──
「おいニア、危ないって!」
月がすっと歩み寄り、たまらずニアを後ろから抱き上げた。まるで弟を抱きとめる兄のように、器用に腕の中へおさめる。
「……!?私は荷物じゃありませんよ」
「分かってるよ。でも、お前がLの踵を粉砕しないか心配なんだよ」
「ありがとうございます。夜神くん」
腕の中のニアは、たまごっちで遊びながら、しっかりと月に身を預けていた。
すぐ後ろでは、Bが笑いをこらえながらLにそっと囁く。
「よかったですね、L。背中、無事で」
「……背後にBがいたら、傷つかなくて済んだが……」
「盾にするつもりですか」
「ええ。あなた、頑丈そうですから」
「ひどい言い草ですね。私が後ろにいたらLなんて踏み潰してますよ」
Lは前を向いたまま仮面の奥でニヤッと笑う。
隣を歩くBもまた、誰にも気づかれないように、声を立てずに笑っていた。
──そして、草の匂いが濃くなり、花火台の影が近づいてくる。
まもなく、あの夜空が色づく時間がやってくる。
──Lの案内で辿り着いたのは、夏祭り会場から少し離れた小さな丘だった。
草の茂る斜面には、ちらほらと人の姿もある。だが、混雑とは無縁で、視界を遮るものもない。空を見上げれば、大きな夜空が丸ごと手に入るような、そんな場所だった。
「……ここ、すごいな。まさかこんな穴場を知ってたなんて」
「まぁ……こうなると思ってましたから」
皆でレジャーシートを広げ、草を払って腰を落ち着けていく。
メロはニアの頭を小突きながら、さっそく粧裕とマットはどこに座るかで揉め始めたが、最終的には四人で仲良く一つの塊になった。
その隣で──。
「……あれ?ルエは?」
振り返ると、もういない。Bは集団行動をすでに放棄し、丘の端の木の陰にひょっこり腰を下ろしていた。こちらの視線に気づくと、ぴらっと手を払って「気にするな」と言わんばかりの仕草をする。
「ほんっと、あいつは……」
呆れながらも、誰もBを責める者はいなかった。
左端には弥海砂。真ん中に月。右側にはLが座って、もう既に上がり始めている夜空を見上げた。
「綺麗だな」
誰に向けた言葉でもない。ただ、こらえきれず零れた。
弥海砂はぱっと振り向き、にこっと笑った。
「でしょ?ね、月、来てよかったでしょ?」
「……ああ」
自然と返事が出た。誰かの手を握っているわけじゃない。でも、隣にいる温もりが、心をやわらかくしていた。
右隣のLは、無言のまま、夜空を見つめている。
その視線の先、広がる黒い瞳に、赤や金、蒼が次々と咲き、散っていく。
「花火って綺麗ですね……何も考えなくて良くなる……」
Lの声だった。
まるで独り言のような、息のような、そんな言葉だった。
僕は隣でその言葉を聞いていたけれど、返事ができなかった。
ただ静かに、同じ空を見上げていた。
あのLが──何も考えなくていいと思う時間が、存在するのだとしたら。
それはきっと、ほんの一瞬の奇跡だ。
花火の音が夜空を満たし、身体の奥まで震わせてくる。
だけど心は不思議と、すうっと静かだった。
僕は、そっとLの肩に寄り添いながら言った。
「……だったら、今だけは、何も考えなくていい。僕もそうするから」
Lは少しだけ目を伏せ、うなずいた。
──だけど。
それでも、どうしても伝えたかった。
僕は、少しずつ言葉を選びながら、静かに口を開いた。
「……L。僕が“キラ”になったとき、世界がものすごく単純に見えたんだ」
花火の明かりが、Lの瞳をほんの少し照らす。
「悪人が死ぬ。善人が救われる。……それで、正義になる。そう信じてた」
遠くで大きな音がして、光が空を裂いた。
「でも、それって……すごく傲慢だった。誰かを裁くことに、理由をつけていただけだった。自分だけは、特別なんだって。僕が誰より正しいんだって」
僕の手が、そっと震える。
けれど、それでも語るのをやめたくなかった。
「本当は怖かったんだ。最初の時からずっと、止まるのが。……でも、止まる勇気がなかった」
隣に座るLが、ゆっくりと僕の方へ顔を向けた。
その視線に耐えるように、僕は空を見上げたまま続ける。
「──そんな僕を、お前は見捨てなかった」
「……」
「追ってくれて、捕まえてくれて、最後には……許してくれた」
花火の光の中で、視界が少し滲んだ。
「だから、L。ありがとう。僕を、見捨てないでくれて──見ていてくれて──」
涙が、音もなくこぼれ落ちた。
あの裁きの日々を経てなお、こうして隣にいてくれるその存在に、僕は初めて“救い”という言葉を知った気がした。
隣にいたLは、ただ静かに頷いた。
何も言わなかった。でも、それで充分だった。
ミサも、言葉を失い、唇を噛んでいた。
僕は二人の肩に手を伸ばした。
そのぬくもりが、今の僕には、全てだった。
仰いだ空に、金と紅が弾ける。
そして──
「みんな……みんな……」
──ドン。
空を切り裂くような音がして、バン、と。大輪の金色が、夜空いっぱいに咲いた。
まるで祝福するような、その閃光が──
僕の顔を、静かに、そして鮮やかに照らした。
涙が頬を伝っているのが、自分でも分かった。
でも、もう隠そうとは思わなかった。
罪を知り、過ちを知り、それでも「生きていい」と言われた今の僕を。
震える声で、でも、確かに伝えた。
「──僕を、生かしてくれて……ありがとう」
僕は静かに、Lの肩へと手をまわし、反対側のミサもそっと抱き寄せた。
そして、ふたりの温もりを、胸の奥に刻み込むようにして──
「──でも、もしも」
僕はふたりの肩に手を添えたまま、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「この先、もし……また、僕の心がキラに傾いたら」
耳元で命令するように響く“正義”の声。
死神が再び僕を包み込むような時が来たなら──
「……そのときは、迷わず裁いてくれ」
その言葉は、静かな風のように夜空へ溶けていった。
だが、Lは──まばたきすらせず、じっと月を見つめていた。
そして、仮面も、仮初めの距離も、すべてを脱ぎ捨てるように、言葉よりも先に、Lはそっと月の肩に自分の頭を委ねた。
「夜神月。お前が罪を犯すその時まで、私はきっと、そばにいます。──あなたを最後に裁くのは他でもない私ですから」
「……L……」
その瞬間、左から柔らかく月に抱きついたミサの腕が回される。
「ミサは、どんな月でも受け入れるよ。月がキラに戻ったら、ミサもキラに戻して……一緒に悪を裁いて──最後は法に裁かれよう」
月の胸元に顔をうずめたミサの瞳にも、涙が光っていた。
それでも笑って言った。
「──月は月だよ。ミサの、大好きな人なんだから」
「……ミサ……」
右手にLの冷静な決意を、左手にミサの盲目的な愛を。
そのどちらも、今の僕には必要だった。
僕は力を込めて、二人の肩を引き寄せる。
この腕の中に、光と闇が共存していた。
「ずっと、友達だ──」
──バンッ。
空に大輪の白い光が咲いた。
そのまばゆさが、3人を包み、夜を照らしていた。
Lがそっと顔を上げると、夜空に浮かぶ満月に言った。
「今日の月は──本当に綺麗だ」