シルフが剣を構えると、昨晩までの暗い雰囲気が消え、真剣にシルフを捉えるヒノト、リゲル、ユスの三人は、それぞれの剣を持って相対する。
「さあ、来なさい!!」
ボン!!
いつもの様に、ヒノトは駆け抜ける。
「その戦法、もう見飽きたよ!!」
“水牢・霧雨”
そして、毎回繰り返されるシルフの霧雨により、シルフの周囲には目を眩ませる霧が放出される。
しかし ――――――――
ボン!! ボン!! ボン!!
(ヒノトくんが直線で攻めて来ない…………? 音が何度も鳴っている…………軌道を変えている…………? 僕のことを探し回っているのか…………?)
ボン!! ボン!! ボン!!
「違う…………!! そうか…………!!」
「オラァ!!」
“陽飛剣・魔力乱弾”
ヒノトは霧の周囲を飛び回り、その暴発により、霧を晴らしていた。
いつもであれば、リゲルの炎魔剣で効率よくシルフを見つけ出し、炎を目印にヒノトとユスの追撃を狙う作戦だったが、シルフには全く通用しなかった。
「君は最早、陽動すら止めて霧を晴らすだけ…………戦いに参加することすら諦めた笑いだったのかい…………?」
(違う…………そんな単純なことを、強くなりたい彼らがするはずがない…………。読めない……。彼らは何を考えているんだ…………?)
そして、シルフは不思議と、昔の修行のような、『相手の読めない動き』に、自然と高揚していた。
“炎魔剣・業火”
“陽飛剣・魔力弾”
ゴゥッ!! と、燃え盛る火炎がシルフの背後に現れ、そのタイミングに合わせて、ヒノトも飛び掛かる。
「ただ順番が変わっただけじゃないか! 二手からの攻撃でも、僕に死角はないよ…………!」
“水牢・五月雨”
ガァン!!
そして、二人の剣は同時に砕かれる。
“水魔法・水刃”
ザン!!
ヒノトの背後からユスが現れると、水の斬撃を放つ。
キィン!!
「そうか…………ヒノトくんの霧払いで僕に警戒をさせつつ、リゲルくんとヒノトくんの同時攻撃で僕が応戦する。それに合わせて、ずっと撹乱で動いていたヒノトくんの影に隠れてユスくんの不意を突いた攻撃…………考えたね。確かに、昨日までとは違うようだ…………だが…………!」
ギリギリのところで、シルフの瞬足の反射神経により、ユスの斬撃は防がれた。
「これだけじゃ僕には届かない…………!」
「いや…………」
“陽飛剣・魔力弾”
「届く…………!!」
ボン!!
昨日まで、剣が砕けてそのまま戦えなかったヒノトは、折れた剣を構え、魔力暴発を放つ。
シルフの胴体に命中し、生きた英雄二人との鍛錬が始まって初めて、生きた英雄は吹き飛ばされた。
「うおおおお!!」
その瞬間、Aチームも全員が声を上げた。
「一本…………だな!」
腰に手を添え、ニタリと、ルギアは笑った。
――
昨晩。
「なあ、ユス先輩」
全員で食事中、ヒノトは口を聞いてくれなくなったユスに、面と向かって声を掛けた。
「おいおい、ヒノト。やめとけって…………」
流石のキラも仲裁に入るが、ヒノトは動かない。
「俺たち、三人しかいないし。俺、魔法使えないし。相手は生きた英雄だし、勝てるはずないです」
そんなことは分かっている。
でも、そんな弱音は、誰も聞きたくはなかった。
その言葉に、ユスは舌打ちを鳴らした。
「でも…………そんなの言い訳だって分かってます。俺たちは強くなる為にここにいるから…………」
そんなことも当たり前だ。
誰しもがヒノトの言葉に、何を今更、と感じた。
ユスも、ヒノトを見向きすらしなくなった。
しかし、次の言葉で全員の顔は変わる。
「だから、強くなれるの、すげぇ楽しいっすね!!」
「は…………?」
その笑顔に、全員は呆然とヒノトを見遣る。
「俺、灰人で改造人間で……って色々急に聞かされて、怖くなかったかって聞かれると、そういうのもあったんですけど、魔法が使えない理由も分かったし、もっと戦えるんだって知れたことが、嬉しかったんです。相手も生きた英雄たちだし、これから戦うのも魔族だし……やられてばっかだけど、少しずつ何か掴めそうって言うか……」
その言葉に、ユスは、バン!! と箸を置くと、ヒノトに向かい合った。
「お前!! 倭国には魔族軍の指揮官が来るんだぞ!! 死ぬかも知れない……全滅だって有り得る!! 何をそんな呑気なことが言っていられるんだ!!」
そして、再び静寂が訪れ、皆が周知しつつも、向き合いたくなかった現実を言葉にされ、空気は重くなる。
しかし ――――
「でも、生きた英雄ぶっ飛ばさないと、何も始まらない現状って、変わらないですよね?」
「お前…………何度も挫かれて、凹んでたんじゃなかったのか…………?」
何度か励ましに声を掛けていたキラも、呆然とヒノトの言葉に言及する。
「凹むさ!! 何度も何度も折られたんだぜ!! でもさでもさ、相手は生きた英雄で、強くなれるチャンスなのにさ、考えないわけないじゃんか!」
そう言うと、ヒノトはキラにニカっと笑った。
「お前ずっと…………考え続けてたのか…………!」
「さっきから綺麗事ばかり…………! 結局、剣を折られて何も変わってないだろ!!」
すると、自慢気にヒノトは指を立てる。
「一つ、思い付いたんっすよ! ぶっ飛ばす方法!」
そう言うと、ヒノトの髪は灰色に変わる。
「お前…………髪が灰色になってるぞ…………?」
「あぁ、なんか魔族が来てから定期的に灰色になるんですよね。かと言って能力は使えないんですけど……。でも、もし灰人の能力が使えても、今はこの力だけでシルフさんのことぶっ飛ばしたいです! だから、ユス先輩! 力を貸してください!」
――
今まで、自分が試合で上手く起用できるよう、自然と、中衛として立ち回っていたユスを前衛に、逆に、ずっと前衛だったヒノトとリゲルを、中衛として起用させ、最後の一撃を、起点の効くユスに託す戦術だった。
でも…………それでもシルフには通じない。
「もう一歩…………俺は魔法が使えないから、剣が折られても、関係なく魔力暴発ができる!!」
最後のもう一手、誰しもが、剣が砕かれた時点で負けを認めざるを得ない世界で、もう一歩を踏み出す、負けたくないと言う意志。
「ふふ、それがラス殿の教育…………。恐れ入りました。まさか剣を砕かれても攻撃に転じるとは……」
それが、ヒノトを強くする一手だった。
「俺たちも負けてらんねぇぜー!!」
それから、数本に一本は、バーン、シルフから取れるようになり、全員が考えて動くようになっていた。
時には有り得ない程の失敗もあるが、それでも着実に、今までとは違う戦い方を個々が身に付けていく。
そして、遂にその日は訪れる。
「さあ、倭国へ行こう!」
生きた英雄、キルロンド王国 国家騎士 シルフ・レイスを筆頭に、ヒノト・グレイマン、リゲル・スコーン、ユス・アクス、キラ・ドラゴレオ、キース・グランデ、アイク・ランド、凪クロリエ、リリム・サトゥヌシア、グラム・ディオール、ロス・アドミネ、キルロンド王国 医療班長 ルギア・スティア、以上十二名を乗せた三騎の馬車は、異邦人の国、倭国へと向けて出発した。
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