私、天野 花千夢(あまの かちゅ)は、私立星泉学園に入学したばかりの1年生。新しい制服に袖を通すたびに「うわーぁ!」って毎日が楽しみになるっ!
周りのみんなは私のことを、尾を引いて夜空を派手に横切っていく彗星みたいだって言う。どこの遺伝子か不思議なクリーム色で光にあたると毛先がややピンクがかるような髪は、いつもポニーテールを高い位置で結んでいる。大体昼には解けるけれど。誰かを見つけると「わーっ!○○ちゃーんっ!」ってダッシュで駆け寄るから、よく廊下の角で曲がりきれずに壁にぶつかる。でも、ぶつかった壁に向かって「ごめんね、壁さん!結構石頭だねっ」って謝っちゃうくらい、頭の中がお花畑なのは自覚してる、…うん、自覚…してる。クラスの人気者? うん、たぶんそう。だって、私が何かやらかすたびに、みんなすっごく笑ってくれるし、かちゅがいないと意味ないって言ってくれるもん。
だけど、私の隣には、真逆の存在がいる。
私の双子の妹、天野 輝夜乃(あまの かぐや)。
かぐやは、まるで夜空の中心で動かない北極星みたい。 いつもサラサラで綺麗な黑髪を少し巻いていて、制服はいつ見てもシワ一つない。教室でも廊下でも、彼女の周りだけ時間がゆっくり流れているみたいに静かで、いつも穏やかで優雅な微笑みを浮かべている。委員長とか、部活の部長とか、そういう“ちゃんとした役”は全部かぐやの席だ。先生たちもクラスメイトも、彼女には「尊敬」と「憧れ」の目線を向ける。みんな、「お姫様」って呼ぶんだ。
私は、その「お姫様」の隣にいる、騒がしいおまけ。昔は髪色を除いて瓜二つ。けれど今は学園の「お姫様」の家族、しかも双子の「姉」だなんてみんなびっくり、「お姫様のお屋敷でどんな暮らししてきたの?大丈夫?」だとか、「どんな育ち方したらこんな真逆になるんだよ」だとか。
「うわぁぁぁ!花千夢、それはまずいよ、裏表逆!」
「え!?うそ!ここが裏!?なんでなんで、私には全部同じ布に見えるのにー!どうしよどうしよ!」
今日の家庭科の授業は、フェルトで星形のキーホルダー作り。私の席の周りには、もう悲鳴と笑い声があふれていた。ボンドをつけすぎて指が全部くっついて離れなくなったり、裁縫針をポケットにしまおうとしてポケットの布を縫い付けてしまったり。私らしいといえば私らしい失敗のフルコースだ。
「かちゅはほんと見てて飽きないなぁ。天才的なドジだわ」 隣で笑っているのは、私の幼馴染でクラスのムードメーカーでもある男子、星野 陽太(ようた)。陽太は、私がどんな失敗をしても、笑って許してくれる太陽みたいな人だ。
「もう!陽太まで笑わないでよ!ってか見て!これ!星にならずに、ナメクジみたいになったんだけど!」
「なにそれキモ、先生に見せてきたら」私が自作のナメクジ星形キーホルダーを差し出すと、陽太は腹を抱えて笑った。
「でも陽太のだって…なんか…酷いね!!」「酷くねーし!!頑張ったんに!!」
「ごめんごめん、」「でもやっぱり、…なんか、酷いね…?」
こいつ…みたいな顔。なんかヤバいことしたかな? 「…二回言うな!!俺に問いかけるな!!!」
その騒ぎの向こう側。窓際で、かぐやが静かに作業しているのが見えた。
彼女は、青いフェルトの上に、銀色のビーズと糸で、本物のオリオン座の形を忠実に再現していた。ビーズの位置は定規で測ったかのように正確で、糸の張り具合も完璧。彼女の指先は、私たちとは別次元で動いているみたいだ。
陽太も笑いと怒りを止めて、かぐやの作品に目を奪われた。
「う、美しい……。同じ人間が作ったとは思えない」 「ね。あれが本物だよね。私のは……ナメクジ星人だ」
私は、自分の作ったものが可笑しくて笑うふりをしながら、胸の奥でズキンとした痛みを感じていた。
(私もかぐやみたいに、優雅に、静かに、誰にも迷惑をかけずに完璧にできたらいいのに。)
かぐやは、いつもそうだ。何をしてもスマートで、静かで、品がある。クラスの男子たちが私の周りでワチャワチャ騒ぐのとは違い、かぐやの周りにいるのは、落ち着いた雰囲気の女子や、真面目な委員会の先輩ばかりだ。彼女は常に完璧な月として、皆に理想の光を与えている。
放課後。私は陽太と、もう一人の友人、月森 泉( いずみ)と三人で、購買で買ったパンを頬張っていた。泉は冷静沈着で、かぐやと少し似た知的な雰囲気を持つ女の子だ。
「かちゅはさ、かぐやのこと意識しすぎだと思うよ」と、泉が言った。
「えー?意識してないよ!かぐやはかぐや、私は私だもん!」
私は急いで否定したが、泉はため息をついた。
「嘘つかないで。さっきも、かぐやが廊下で先生と話しているのを見て、急に姿勢を正して静かに歩こうとしてたでしょ。5秒で諦めてスキップしてたけど」
「う、うるさいなー!あれは急にスキップしたくなっただけ!」
陽太は笑いながら言った。「でもさ、かちゅがそんなお姫様みたいに静かになったら、面白くねえだろ。かちゅは、そのままの方が絶対愛されてるって」
陽太はそう言ってくれるけど、私には理解できない。
愛される、ってなんだろう?
失敗ばかりして、笑いのネタになることが、本当に愛されているってことなのかな?
私にとって、かぐやの優雅さや完璧さこそが、本当の「愛され方」なんだ。
みんなに尊敬されて、憧れの目で見られて、静かに大切にされる。それがお姫様なんだ。
その夜、私は自室で、かぐやの真似をして、本を静かに開いてみた。
一文字一文字を丁寧に追おうと頑張るけど、次の瞬間にはもう瞼が重くなって、本は床に落ちていた。
(無理だ。私には、かぐやの真似なんてできない。)
私はベッドに潜り込むと、布団の中で叫んだ。
「かぐやのばかー!お姫様めー!」
そう叫んだ後、私は少しだけ泣きたくなった。
その夜の空は、満月だった。静かに輝く月は、私の不器用な星たちを、優しく、そして容赦なく照らし続けていた。その光の届かない場所で、かぐやは一体何を考えているのだろう。その時の私には、知る由もなかった。
【第1話 終了】
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