4
「んで、話って?」
クルルは腕を組んで顎を引いた。サーフィーは見たこともないほど冷静な表情で、真剣にクルルの目を見る。
「お前がこっち側に来るとは思わなかった。何されたんだよ」
低い声で訊く。クルルは表情を変えなかった。
「グルさんの情報買ったんだよ。心配になって探ってたら軽々とデータ頂けて。……こっちの業界に来ないかって言われたんだ」
はい、とサーフィーに紙を渡す。それは驚きの成績であった。Sがズラッと並んでいて表彰の欄がほぼ詰め詰め。目を凝らさないと見えないような成績表に度肝を抜かれた。
「クルルはこれ見て楽しいの?」
「まぁな。グルさんの写真を見るだけで幸せな気分になる」
うっとりとした表情を浮かべるクルルにサーフィーはドン引きしていた。
そして紙を引き裂く。
「こんなの要らないから仕事に集中してよ。それと、吉木浦について何か分かった?」
ペンを口で咥えてメモ帳を取り出す。クルルは名残惜しそうに裂かれた紙を拾っていた。
「な〜んにも。グルさんに執着してたとは聞いたけどな」
紙を拾い終えて立ち上がると、サーフィーにUSBメモリを握らせてこう言う。
「グルさんには何も言うなよ。死ぬまで黙らないと気がすまないからな」
「……Yes Sir」
USBメモリをしっかりと握り、クルルを見送ると視線を感じて構えた。
すぐに気配は消えたものの、安心はできないため中へ入る。
吉木はナイフを片手にサーフィーを覗き込んでいた。どうにかメモリを……と考えてふと気がつく。──グルが居ない。
グルはライラを気絶させて本部の一番上まで急いだ。コープスの名前を使えばすぐに最上階まで行ける。本当に一番上のボスなのかと思いながら部屋に入った。かなり殺風景で何も無い。
これがバレたら終わりだと思いながら、部屋の箇所に数字を書いた紙を貼り付ける。
扉の向こうからは走ってくるような大きな音が聴こえた。グルは迷わずベッドの下に隠れると、入ってきたのはサーフィーだった。息を殺してその姿を眺めていると、サーフィーは吉木のパソコンを開いてUSBメモリを差し込む。何かを見ていた。
「…………クソ……あの野郎……ホントに悪質じゃんか」
独り言をブツブツ言いながらメモリを取る。そして逃げるように部屋から出た。
よく考えたら監視カメラもなく、この部屋も使われている様子がない。
グルはひやりとした。早く自分も出よう、と思い身を乗り出すと足を捕まれ壁の向こうへと引きずり込まれた。
「悪い子だね本当に……。こんなところで何してるのかなぁ、グル君」
訊かれても答えられない。ああ、そうか侵入禁止の部屋がこいつの部屋だったのかとグルは納得した。
「ベッドの下に隠し扉でも? お前こそヤバイ奴じゃないか。退けよ」
覆いかぶさるなと抵抗する。しかし、左腕が痛んであまり暴れることが出来ない。
「折っててよかった……。部屋に戻ろう? きっと早まったんだよね。君が変なことするはずないからさ」
「そんなの……現実逃避だろう?!」
右手で吉木を殴ろうとしたが、受け止められた。そして真顔でこう言われる。
「君と僕は等しい。これは定式さ」
わざと痛い方の左腕を強く掴んで、エレベーターまで向かう。その間に、窓から航空機やロケット弾が並んでいるものが目に入った。吉木はグルの腕から手を離して頭に銃を当てる。
「ごめんね、二回目は許さないから」
「……」
「返事は?」
「はい」
気を悪くしてイライラしていたのか、冷淡に答えた。吉木も機嫌が悪かったために本気で人を殺めそうだと思えるほどだ。
グルは機嫌を取ろうと、こんな話をする。
「お前の部屋に数字隠しておいたから」
吉木は目の色を変えて声を上げた。
「えっ、何の数字?! 暗号とか?」
「さあな」
ふ、と鼻で笑いエレベーターを降りた。そこで知らない男らと鉢合わせて目で挨拶をする。
そのまま自分の部屋へと戻るとライラが不機嫌そうに睨んできた。
グルはソーリーソーリーと謝ってそこら辺の席につく。クルルとサーフィーが居ないことに気が付いた。
「おい、吉……コープス。サーフィーたちは? 帰ってきていない。遅すぎないか」
吉木の肩を揺さぶって訊く。吉木は馬鹿にするように笑った。
「あんな奴らどうでもいいでしょ」
「何をした?」
鋭く吉木を睨む。吉木はそんな目ができるのかと感心した。
「罰を下しただけさ。今頃何をされているか……是非ともこの目で拝みたいね」
行くかい? と誘ってみる。勿論、グルの答えはYESであった。
サーフィーだけでも助けなければと言う思いに駆られていたのである。
「ぐ……ぐぐぐ…… 」
獣のような唸り声を上げながら、サーフィーは周囲の仲間を撃った。なにより、口を塞がれているため息がし難い。クルルは隣でデータを改ざんしたり試行錯誤していた。
やがて吉木とグルが入ってくると、パソコンや銃を仕舞って寝そべる。
絶対にバレているということは分かっていた。
「君たちがやったのか」
吉木は感情なく言う。クルルは頭を少し上げて「ええ」と返事をした。
「ねぇコープスさん。ここから出してくれませんか」
檻を掴みながら弱い声を出す。クルルはグルと目を合わせて視線を戻した。
「大丈夫ですよ……俺はメモリを上げただけだし……サーフィーは部屋に入っただけ……ええ? サーフィーを裁いてグルさんの味方をするんですかぁ? 性格悪い〜 」
「……出して何になる?」
「役に立ちますよ」
媚びるように頼み込んで頭を下げる。吉木は何かを察したものの、面白いもの見たさに鍵を開けた。
「ほうら、何もしてません。サーフィーも潔白ですし謝ってくださいよ」
煽るように言って吉木の肩を叩いた。無論、グルはぎょっとして状況を理解しようとしている。
「……何、その上から目線」
まぁ、ご立腹だ。態度に出ないタイプで目が死んでいる。サーフィーは場が和むように同業者の持っていた武器を上にある装置に当ててみせた。
和むどころか騒然としている。
「……あれは空気清浄機だから大丈夫さ」
それを聞いてグルとクルルは安心して胸を撫で下ろした。サーフィーは爆弾かと思ってたーなんて爆笑している。
多分、吉木以外なら処刑されているだろう。
「危なかった……おい、クルル。ポケットから出ている紙くずはなんだ」
「え、あ……いや〜〜」
両手の平を差し出して首を横に振る。それでも問答無用でポケットに手を突っ込むと自身の成績表が出てきて驚いた。しかもビリビリに引き裂かれている。
グルは質問したいことが多かったものの、なぜこれを持っているのかを訊いた。
「これは、その……えー、はい。安かったので買いました。日本円125円税込みでした。すいません」
「俺の成績は125円なのか」
落胆の表情を浮かべる。クルルはすぐに否定した。
「そうは思いません。貴方の成績は125億の価値です、はい。俺だけじゃなくこの場の全員がそう思ってます」
「そうだよ、兄ちゃんは全部Sなんだから自信持ちな」
「僕と同じ成績なんだから」
3人で慰めようと集る。グルは「うるさい、俺は125円(税)なんだ。もうよしてくれ」と叫んで何処かに消え去った。
何も考えずにテストをしていたものの、売られていることとその値段に絶望したのだろう。
サーフィーは何とかしてやろうと袖をめくった。
隠れることもせず静かにライラの居る部屋まで帰る。グルは逃げたところで何も解決しないと思い勉強しようと思ったのだ。
部屋はシーンとしていて音すらしない。ライラは体の入れ墨を撫でていた。
グルはノートを開いて医学のことを書く。脳の働きや病気などについて。また、循環器系のことにも触れておこうと思った。
それからの時間は40分ほど続いて、静寂に包まれている。
「グルちゃん、何されたの」
そんな静寂を引き裂いたのはライラの声だった。グルはゆっくり振り返りこう言う。
「……コープスの部屋に数字を隠して、人が来たからベッドに隠れた。そしたら引きずり込まれて、君と僕は等しいなんて言われた。馬鹿だと思わないか」
愚痴のように次々とさっきのことを話す。ライラは大変だったなあと慰めながらも真剣に聞いた。
「コープスちゃんに気に入られたら終わりだろ。もうペットかのように扱うからな」
「本当にそのとおりだ。お前から何か言ってくれないかね」
「ムリムリ、殺され……」
言葉が糸が切れたかのように止まる。部屋の扉が開き吉木たちが入ってきたのだ。その場は水を打ったように静かになった。グルはとりあえずその場から抜け出そうと立ち上がり、吉木の隣を通り過ぎようとする。
「どこ行くの?」
左肩を掴まれて軽く押される。フードの間から見えた表情は恐ろしく、目も口も笑っていなかった。
後ろに居るクルルとサーフィーは小並に震えている。
これは小さな絶望だ。
コメント
2件