テラーノベル
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#都道府県ヒューマンズ
やけに蝉が煩い、8月のある日。
俺は仕事の都合で日本国に1週間ほど滞在する事になっていた。その、ちょうど真ん中の日だ。
ミーンミンミンミンミー
ジージージリジリジリジリ
ミーンミンミンミンミー
ジージージリジリジリジリ
ギラギラと照りつける夏の太陽と、俺の国ではありえない湿度によって来る、体感温度の高さに、足が重かった。
「アメリカ様、生きてます?」
ちょっとだけイタズラっぽく笑う俺のドール・炎利が顔を覗いてきた。
「この状態で生きてなかったら、ホラーだろ」
「確かに、ゾンビになりますね」
軽口を叩く炎利と、笑いながらコンクリートで固められた道を歩く。
蝉の声と、熱に揺れる道と。
あまりの暑さに汗が頬を伝った。
「なぁ、炎利。ここからJapanの家近いし、寄らね?」
俺のその1言が全ての発端であり、あまりの暑さに耐えかねた結果だった。
ちょっとした竹林の中央にあるJapanの家は、本人曰く、「昔からある、古き良き趣のある日本屋敷なんです!」との事らしい。
「ここはちょっと涼しくて良いですね」
道中コンビニで買ったうちわで扇ぎながら、炎利がポツリと言葉をこぼす。
「日陰ってだけで、ちょっとはましになるんだな。アチィけど」
「言わないでください。より暑く感じます」
互いに暑い暑いなんて言いながら、ペットボトルの水を飲み干す。
この辺にゴミ箱はないから、仕方なく空のペットボトルを持ち歩く。
風鈴の甲高くて__、フゼイノカンジラレル、音が聞こえる外門に付けられたインターホンを押す。
「Hey,Japan!入れてくれー!」
チャイムを2度か3度か押すと、ドタドタとあわてた音と同時にガラガラと音を立てて引き戸を開ける。
「アメリカさんと、炎利さん?どうしたんですか、こんな急に来て……」
急いで走ってきたのだろう。額は汗ばんで、運動不足なのも相まって息が切れている。
「アチィから、夕方まで涼もうと思って」
なんのへったくれもない笑顔で言ってみせると、Japanはため息をつきながらも折れる。チョロい。
後ろで炎利が「ふてぶてしいのでは……?」なんて呟いてるのは無視しといた。
玄関で革靴を脱ぎ捨てて、ネクタイをグッと掴んでさらに緩める。
後から入って来た炎利がキビキビと靴を揃えて、服をはだけさせる俺に小さく小言を言うのはいつもの事。
最近クーラーの取り付けられた和室に通されると、早速胡座をかいて座る俺に、炎利が本日何度目かの呆れ声で言った。
「ちょうど今、愛華さんが買い物に行っててよかったですね?」
これは立派な脅迫だ。日本のドール・愛華はマジで怖いんだよ。何回殺されるかと思ったか……。
「炎利、怖い事言うなよ……。出てくるだろ?」
「誰が悪霊の如く出て来ると??」
「うわっ!!」
ビビった…。真後ろにエコバッグを片手に口元だけ笑わせてる愛華がいるんだもん、みんなビビるだろ。
「五月蝿いぞ…。…炎利、茶を入れてやるから、手伝え」
「あ、はい!」
はぁ、とため息をつきながら、なんだかんだ歓迎もしてくれるのは愛華にもほんのちょっとの慈悲の心があるからだな。当にA drop in the bucket.なんて言えるくらいにな。
これからこき使われるであろう、炎利は愛華に連れられて、2人揃って奥の方に行く。
今日初めて、俺は一人になった。
「あ〜、涼し〜」
そう言って畳の上に大の字で寝転ぶ俺に、影が落ちた。Japanじゃない。だって、「これから大仕事が……」なんて社畜しだしてたから。
“彼”は何も言わなかったが、ただ俺を見下ろしていた。「何やってるんだ」と言いたげな視線を送りながら。
「日帝ちゃん?!」
暫く驚いて固まっていたが、それでも我に返った俺は声を思いっきり裏返しちまった。
「いや、でも、日帝ちゃんは、確かにあの日……!」
俺が急に飛び上がって叫ぶと、ダッシュで炎利が帰ってきた。
「どうかしましたか?!」
何十年ぶりかに、炎利の叫び声を聞いたなぁ、なんてなぜか呑気に考えている俺を見て、「なんだ、寝言でも言って起きたんですね」なんて冷たい視線を浴びせながら去っていく炎利のなんと冷たい事か。
炎利の冷たい視線のおかげ……、とは言いたくないが、実際にそのおかげで、俺は随分冷静さを取り戻したらしい。
「なぁ、日帝ちゃん。もしかして、化けて出ちまった?」
何おかしな事を言ってるんだ。
自分でもそう思うよ。けど、実際にあの炎利に見えて無かったんだ。きっと、そう考えるのが普通であって、目の前にいる日帝ちゃんを否定する事は出来なかった。
日帝ちゃんからの返事は皆無。ただ、窓の向こうを眺めていた。
あの日、あの時。ベッドの上で、俺の目の前で、腕のなかで…。冷たくなって動かなくなった日帝ちゃんが、窓の向こうを眺めていた。
促されるように俺も外を見てみるが、あるのはライトブルーの風鈴と、鎮座する竹林。それと、後少しで真上に来そうな太陽だった。
クーラーの無機質な音が響く。あまりの暑さに蝉も鳴き止んだ。
「なぁ、日帝ちゃん。俺に、なんかしてほしいの?」
基本は鈍感だ。なんて言われるが、炎利にも、親父にも、「変な所で鋭いんですから」なんて褒められる。
俺は分かった。日帝ちゃんは、きっと何かあって、俺に何か言いたくて、俺の前に化けて出ちまったんだって。
また、日帝ちゃんからの返事はない。なんなら、こっちを見もしない。
そう言えば__
「日帝ちゃんのドール、いねぇな?」
この部屋をぐるりと一周見渡しても、上を見ても下を見ても、どこにもいない。
思わず口をついて出た言葉が、日帝ちゃんに届いたらしく、日帝ちゃんはスーと音もなく動いて外に出ていく。
「あ、おい、待って!」
気がつけば俺は、日帝ちゃんを追いかけるために走り出していた。ついでで雑用もさせられている炎利に「行ってくる」とだけ伝えて。
勢いだけで靴を履いて、玄関を飛び出したら、そこにいた。日帝ちゃんが。
日帝ちゃんがどこに行こうとしていたのか、俺にはさっぱり見当もつかない。が、俺の足はなぜか動き出した。誰かに、背中でも押されてるみたいに。
竹林の中は、日陰になってて、まだ涼しい方。だが、水も何も持ってこなかったのは間違いだったな。
そんな事を考えながらも、足は進む。なぜか進む。俺の隣を日帝ちゃんは滑るようにして歩いている。
2人(?)で足並み揃えて(?)進んで行くと、竹林のすぐ外に青々と葉を付けた桜の木が1本だけ生えてる崖があった。
そこにポツンと石が__いや、墓石が置かれていた。
つい最近手入れされたばかりなのか、苔も葉も付いていない。
そして墓石の前に正座をした薄い赤の髪の、緑の軍服を着た1人の青年。
青年は静かに立ち上がって俺に1礼すると、日帝には敬礼を1つ。
何か話しているのか、2人、と言うよりか2霊が口を開けたり閉じたりしている。
これはただの勘だが、この青年が__いや、日帝のドール・炎帝が、俺をここに呼んだんじゃないかな。日帝ちゃんが来なかったから。
そんな事を考えつつ、俺は墓石に彫られた文字を覗き込む。
『日本国家之墓』
堅苦しい漢字だけで彫られたその文字に、俺の勘は、なんとなく確信に変わった。
この墓には、炎帝だけじゃない。他の兄弟、海軍とか、航空隊とかも埋まってる。勿論、そのドール達も。なんなら、そのずっと前。江戸とかもこの下に居るんだろう。
少ししてから、こっちを見て笑った炎帝と、なんだか気まずそうな顔の日帝ちゃんが一斉に敬礼をした。……俺に向けて。
ちょうどその時に少し強い風が吹いて、カラカラと乾いた音と共に笹の葉が飛んでくる。
うっすらと開けた目の奥に、2人だけじゃなくて、海軍やら、航空隊やら、江戸やら、なんだかいっぱい見えた気がしたが、風が止む頃には俺しかいなかった。
清々しいくらいのスカイブルーに登った太陽を見上げて、俺は少しだけ黙祷を捧げるくらいしかできなかった。
コメント
1件
読み終えました。夏の暑さと静けさの中で、日帝ちゃんの霊が現れる場面の空気感がとても印象的でした。風鈴や蝉の音が、不思議と物語の冷たさと温かさを両方感じさせてくれて…。最後の墓石の前で黙祷するアメリカさんの姿に、静かな敬意が伝わってきました。国擬人化と歴史の重みが、さりげなくも深く絡んでいて、伏線の張り方も上手いなと感じました。