テラーノベル
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羊と亀のお遊戯会
23
奏音•*¨*•.¸¸♬︎💙
10
映え無し
1
【短歌】
目覚めれば隣に君の寝顔あり夢ではないと頬つねる朝
【短歌をテーマにした物語】
目覚めれば、隣に君がいた。
カーテンの隙間から、柔らかな朝日が差し込んでいる。
見慣れない天井。昨日運び込んだ段ボール箱。床に置かれたままの旅行鞄。
そして、すぐ隣で眠る君。
「……うそ」
私は思わず、小さな声を漏らした。
黒い髪が少しだけ乱れて、いつもはきりっとしている眉も、今は力が抜けている。規則正しい寝息を立てるその顔は、会社で見る姿とも、デートのときの姿とも違っていた。
無防備で、穏やかで。
何より、こんなに近い。
「本当に……一緒に暮らしてるんだ」
昨日、私たちは同棲を始めた。
付き合って二年。
休日に出かけたり、仕事帰りに待ち合わせて食事をしたり。そんな時間を重ねてきた私たちが、とうとう同じ家で暮らすことになったのだ。
新しい部屋を探して、家具を選んで、食器を二人分そろえて。
昨日は荷物の整理に追われて、夕飯は買ってきたお弁当だった。
それでも、彼と向かい合って食べるだけで、いつものお弁当が特別なごちそうに思えた。
食後には、どちらが食器を洗うかで少し揉めた。
「今日は俺がやるよ」
「引っ越しの荷ほどき、ほとんど私がやったんだから、食器くらい洗わせて」
「じゃあ、半分ずつ」
「お皿を半分ずつ洗うの?」
「……それ、結構難しいな」
二人で笑った。
そんな何でもない時間が、嬉しかった。
そして夜。
同じベッドに入った私たちは、妙に緊張してしまった。
「なんか、変な感じだね」
私が言うと、彼は天井を見つめたまま頷いた。
「うん。隣にいるのに、会いに来たって感じがしない」
「当たり前でしょ。これからは、帰ってくれば会えるんだから」
「……そうだな」
その声が少しだけ優しくなった。
「毎日、おかえりって言えるんだな」
その言葉を聞いた瞬間、胸がいっぱいになった。
これからは、会いたいと思うたびに約束をしなくてもいい。
疲れた日には、同じ部屋で黙って過ごせる。
嬉しいことがあれば、帰ってきてすぐに話せる。
そんな未来が、ようやく始まったのだ。
私は彼の手を握り、いつの間にか眠っていた。
そして今、朝。
目の前には、その彼がいる。
私はそっと手を伸ばした。
頬に触れてみようとして、途中で止める。
起こしてしまうのが惜しかった。
もう少しだけ、この寝顔を見ていたい。
普段は私より早く起きて、朝食の準備を手伝ってくれる彼。私が寝坊しそうになると、優しく声をかけてくれる彼。
そんな彼が、今日はまだ眠っている。
私は小さく笑った。
「……かわいい」
口にしてから、慌てて口元を押さえた。
誰も聞いていないのに、恥ずかしくなってしまう。
そのとき、彼の眉がぴくりと動いた。
「……ん」
「!」
私は慌てて目を閉じた。
なぜか、眠ったふりをしてしまった。
彼が身じろぎする気配がする。
「……美咲?」
名前を呼ばれた。
返事をするべきか迷っていると、額にそっと何かが触れた。
「おはよう」
優しい声だった。
私は目を開けた。
「……おはよう」
「早いね」
「うん。なんか、目が覚めちゃって」
「そっか」
彼はまだ眠そうな顔で笑った。
その笑顔を見た瞬間、胸の奥がくすぐったくなる。
昨日まで、朝はそれぞれの家で迎えていた。
彼がどんな顔で目覚めるのかも、寝起きにどんな声を出すのかも、私は知らなかった。
これからは、そんな小さなことまで知っていくのだろう。
嬉しいことも、面倒なことも。
きっと、全部。
「ねえ、悠くん」
「ん?」
「私たち、本当に一緒に暮らしてるんだね」
彼は一度目を瞬かせて、それから笑った。
「昨日からずっとそうだよ」
「わかってるけど……なんか、夢みたいで」
「夢じゃないよ」
そう言って、彼は私の手を握った。
「ほら」
温かい手だった。
私はその手を握り返した。
それでも、まだ少し信じられなくて。
「……ねえ、頬つねってもいい?」
「なんで?」
「夢じゃないって、確かめたいから」
彼は呆れたように笑った。
「自分の頬にしてよ」
「それもそうだね」
私は自分の頬を、きゅっとつねった。
「いたっ」
「ほら、夢じゃない」
彼が笑う。
私も笑った。
こんなふうに、くだらないことで笑い合える朝が、これから何度もやってくる。
窓の外では、小鳥がさえずっていた。
「朝ごはん、どうする?」
私が尋ねると、彼は少し考えてから答えた。
「昨日買ったパン、残ってたよね?」
「あるよ。あと、卵も」
「じゃあ、卵焼き作ろうか」
「朝から?」
「美咲、好きだろ?」
覚えていてくれたことが、嬉しかった。
「……うん。好き」
そう答えると、彼は布団から出ようとして、ふと動きを止めた。
「でも、あと五分だけ」
「え?」
「こうしてたい」
彼は私の手を握ったまま、もう一度枕に頭を預けた。
私は驚いて、それから笑った。
「卵焼きは?」
「五分後」
「冷めちゃうよ」
「まだ作ってないだろ」
「それもそうだね」
私たちは顔を見合わせて笑った。
朝食は、きっと少し遅くなる。
洗濯物も、片づけも、まだまだ残っている。
新しい暮らしは、思い描いていたようなことばかりではないのかもしれない。
それでも。
目覚めれば、隣に君がいる。
それだけで、今日という日が少し特別になる。
私は握った手を見つめ、そっと彼の肩に頭を預けた。
「ねえ、悠くん」
「ん?」
「明日も、隣にいてね」
彼は眠そうに目を細めた。
「明日も、その次も。ずっといるよ」
その言葉を聞いて、私はようやく安心した。
頬をつねらなくても、もう大丈夫。
夢ではないと確かめる方法を、私は知っている。
隣にいる君の手を握ること。
そして、明日の朝も、その温もりを感じること。
新しい暮らしの最初の朝。
私は、世界でいちばん幸せな寝坊をしていた。
コメント
1件
いやー、水曜さんのこういうのめっちゃ好きだわ……! 同棲初日の朝の、まだちょっと現実感がない感じとか、寝顔を見つめて「かわいい」って思わず漏らしちゃうのとか、もう尊すぎて胸がきゅうってなった。「頬つねる」って行為が夢オチじゃない確かめ方としてしっかり機能してて、しかもラストで「彼の手を握ること」に変わるところでグッとくる。朝食の卵焼きの話も、覚えててくれた嬉しさがじんわり来た。日常の細やかさを切り取るの、ほんと上手いな〜😊