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「ふ……っ、は、は、は……。……ははははははは……」
静まりかえった豪奢な応接室内に、彼の笑い声が響く。
哄笑ではないし、嘲笑でもない。
内から生じた衝動が、口から漏れたような笑い方だった。
室内が静かになったあと、カール様は溜め息つき、挑戦的に私を見て笑った。
「やれるものならやってみろ。魔王の呪いを解く事ができたなら、結婚でも何でもするがいい。しかし聖女がアルフォンスを好いているなら、臣下たちが黙っていないだろう」
そう言われ、私はお返しとばかりに微笑んだ。
「反対されないのならそれで十分です。自分の道は、自分で切り開きますから」
上皇陛下に対して失礼な言い方かもしれないけれど、もう決意した。
レティにアルフォンス様は譲れない。
彼に選ばれた事でレティに嫌われるなら仕方がない。
私だけでなくてどんな人にも言える事だけど、みんなに好かれ、何もかも得られる人なんていない。
それなら〝ハズレ姫〟らしく、嫌われてでもふてぶてしく生きていかないと。
吹っ切れてニコニコ笑っていると、カール様は大仰に溜め息をつく。
「可愛げのない娘だ。話はもう終わったのだろう。行け」
辞するように言われた私は立ち上がり、カーテシーしてからカール様に背を向けないように後ずさる。
けれど魔石についてどうしても聞きたい事があり、尋ねた。
「指輪を継承してから魔石の影響を受けるまで、どれぐらい掛かりますか?」
尋ねられたカール様は、ソファに背中を預けて腕を組む。
「……私が指輪を嵌めたのは三十一歳の時だ。妻を亡くし、三十代後半には『気難しくなった』と言われ、四十代になると周囲から怖れられ、機嫌を窺われるようになった」
そこで彼は疲れを滲ませた溜め息をつく。
「人の心は揺れる。執務で疲れた時、一日を終えて頭も体も酷使して『もう何もしたくない』と思った時、『最期まで良い皇帝であらねば』と思っていても、まさに魔が差したように『死んで妻のもとに行きたい』『皇帝など辞めてしまいたい』と思ってしまう。口うるさい臣下に苛ついた時は『殺してやりたい』とどす黒い感情が胸を支配した」
私はかつて賢帝と呼ばれた方の本音を、まっすぐ受け止める。
「せめて夢で妻に会えたらと思っても、あの指輪をつけてから幸せな夢を見たためしがない。毎晩悪夢ばかりだ。悪夢なのか現実なのか分からない日々を送り、子供たちと話をしても上の空だ。……やがて私はアルフォンスにすべてを委ね、人生という名の道から外れてしまいたいと何度も願った」
カール様は何かを思って遠くを見て、うっすらと笑みを浮かべる。
「そのうち、苦しい、つらいという感情もなくなっていった。胸にあるのは純然たる怒り、憎しみ、苛立ち。私を心配する息子や臣下を鬱陶しいとしか思わず、周りにいる者全員が敵に思えた。アルフォンスから退位するように言われた時は、残されているたった一つの誇りを奪われると思ったほどだ」
「……今は楽になれていますか?」
尋ねると、カール様はやや表情を和らげて答えた。
「指輪を手放したあと、呪いの進行は止まった。少しずつ以前の私に戻れているが、まだ心の六割は苛立ちと怒りに満ちている。冷静な時は自分の体調、置かれた状況を鑑みて、アルフォンスに帝位を譲った事は正しい選択だと思えている。だがいまだに息子と顔を合わせると敵意を抱いてしまう。息子の前では偉大な父でいたいのに、情けない事だ」
そのあと彼は深い溜め息をつき、黙り込む。
やがて彼は何かに気づいたように顔を上げ、私を見る。
「……お前は不思議な娘だな。指輪を手にしてから、こんなに素直に自分の気持ちを打ち明けられる事はなかった。……皆、私を見るとビクビクと恐れ、怒鳴られたり無理難題を押しつけられたりしないか顔色を窺う。なのにお前は臆さない上に感情の揺れが感じられない。……まるで凪いだ湖を前にしているようだ」
「大した事はしていないのに……」と思った時、感覚魔術の存在を思いだした。
「私は他者から滲み出る、魔力の籠もった感情を遮断しているのです。同時に、自分の感情が籠もった魔力を他者に感じさせないようにしています。……何かと色々言われる身なので、少しでも落ち込む回数を減らそうとしての結果ですが……」
まさか感覚遮断が、こんな時に役立つとは思わなかった。
答えると、カール様は目の奥に少しだけ憐憫を滲ませる。
「……お前も色々あったのだな」
「はい。そして私が落ち込んだ時、心の支えとなってくださったのはアルフォンス様です」
私はカール様をまっすぐ見据え、落ち着いた声音で伝えた。
「……まず、姉の力を借りて魔石の呪いを解けないか試みます。無理だったら別の手段を講じます。……私たちは諦めません」
言い切ると、カール様は僅かに笑った。
「人の陰に隠れてオドオドしていた印象しかなかったのに、強くなったものだな」
「そう感じられるなら、すべてアルフォンス様のお陰です。陛下のご子息はとても立派な方です。きっと、偉大な方の背中を見て育たれたのだと思います」
微笑んで言ったけれど、彼は横を向いて何も返事をしなかった。
今度こそ去れと言わんばかりに片手をヒラリと振られた私は、再度カーテシーをしてから応接室を辞した。
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