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翌日。
ノスフェラトゥは大広間の隅で、一人静かに立っていた。
昨夜の熱が、まだ身体に残っている。
……最悪だった。
スペクターの膝の上で、
撫でられて、
褒められて。
思い出すだけで耳が熱くなる。
その時。
無意識だった。
指先が、喉元へ伸びる。
黒い革。
首輪。
そこをそっと撫でてしまった瞬間――。
「見た?」
「見た」
最悪の声がした。
ノスフェラトゥが振り向く。
アズールとホスフォラスが、にやにや笑いながらこちらを見ていた。
ホスフォラスの淡い紫色の尾が愉快そうに揺れる。
「うわぁ」
「完全に馴染んでる」
「違う」
即答。
だが説得力がない。
なぜならノスフェラトゥの指は、まだ首輪へ触れたままだった。
アズールが吹き出す。
「無意識で触ってるのかわい〜!」
「スペクター様のペットじゃん」
「黙れ……!」
ノスフェラトゥが睨む。
だが耳がぺたりと伏せているせいで、迫力が半減していた。
ホスフォラスは面白がるように近づいてくる。
「ねぇ、それスペクター様が選んだの?」
「趣味出てるよねぇ」
「黒革に銀金具とか、めちゃくちゃ“所有物”感ある」
「……殺すぞ」
「でも外してないじゃん?」
ぐ、と言葉に詰まる。
外そうとはした。
何度も。
なのに。
金具に触れるたび、
スペクターの声が蘇る。
『いい子』
『噛んでいいよ』
『かわいい』
身体が熱を思い出してしまう。
ノスフェラトゥは舌打ちした。
その反応だけで、二人はさらに笑う。
「図星だ」
「完全に飼い慣らされてる」
「違うッ!!」
珍しく声を荒げる。
その瞬間。
広間の奥から、ゆっくり拍手が響いた。
ぱち、ぱち、ぱち。
スペクター。
赤いシルクハットを被り、楽しそうにこちらを眺めている。
ノスフェラトゥの身体がぴくりと反応した。
それを見て、
アズールとホスフォラスがさらに笑いを堪える。
スペクターは近づいてくると、ノスフェラトゥの顎へ指を添えた。
「そんなに騒がなくてもいいのに」
「……」
「似合ってるよ」
その一言だけで、
ノスフェラトゥの呼吸がわずかに乱れる。
スペクターはそのまま、首輪の金具へ触れた。
カチ、と小さな音。
「首輪は、それだけでもいいんだけど」
低い声。
わざと全員に聞かせるように。
ノスフェラトゥの背筋に嫌な予感が走る。
スペクターは笑った。
「本当の使い方は、“リードをつけるため”」
沈黙。
次の瞬間。
アズールが盛大に吹き出した。
「リード!?」
ホスフォラスは腹を抱えて笑っている。
「スペクター様それ最高」
「完全にペット扱いじゃん!」
ノスフェラトゥの顔が一気に赤くなる。
「……っ、ふざけるな」
「ふざけてないよ」
スペクターはさらりと言った。
そのまま金具へ指を引っ掛ける。
「君、逃げ癖あるから」
「必要だと思わない?」
ぞくり。
背筋が粟立つ。
ノスフェラトゥは睨み返した。
だが。
想像してしまった。
首輪。
鎖。
スペクターに引かれる感覚。
その瞬間、耳がぺたりと伏せる。
アズールが即座に反応した。
「あ、想像した顔」
「うわほんとだ」
「してない!!」
ノスフェラトゥは反射的に後退る。
だがスペクターは逃がさない。
首輪を軽く引かれただけで、
身体が止まった。
「……ッ」
悔しい。
完全に条件反射だった。
スペクターはそれを見て、満足そうに微笑む。
「ほら」
「もう覚えてる」
その声は甘かった。
逃げ道を塞ぐみたいに。
ノスフェラトゥは唇を噛み、
悔しそうに睨みながら。
それでも、
首輪を外すことはできなかった。