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夜だった。
館の廊下は静まり返っている。
ノスフェラトゥは一人で壁へ寄りかかり、浅く息をしていた。
……飢えていた。
異常なくらい。
喉が焼ける。
頭の奥が熱い。
スペクターの“ご褒美”を覚えてしまった身体は、もう普通の人間の血では満たされなくなり始めていた。
最悪だった。
完全に依存だ。
「……っ」
首輪へ触れる。
無意識に。
すると。
遠くから足音が聞こえた。
コツ、コツ。
聞き慣れた靴音。
スペクター。
赤いシルクハットが闇から現れる。
「眠れないの?」
その声を聞いた瞬間。
ノスフェラトゥの理性が切れた。
衝動だった。
気づけば床を蹴っていた。
「――ッ!!」
一瞬で距離を詰める。
スペクターの肩を掴み、そのまま首筋へ牙を突き立てようとした。
だが。
「誰が吸っていいって言った?」
低い声。
次の瞬間。
耳を掴まれ、無理やり引き剥がされる。
「ッあ……!」
とんでもない力だった。
吸血鬼のノスフェラトゥですら逆らえない。
壁へ叩きつけられる。
そのまま顎を掴まれた。
「……ッ」
スペクターの赤い目が笑っていない。
ぞくり、と背筋が冷える。
「あれほど教えたのに」
「許可なく噛むなって」
「……ぁ、ぐ……」
ノスフェラトゥは反射的に牙を剥く。
その瞬間。
スペクターの指が、牙を直接掴んだ。
「ッッ!!?」
硬い牙を無理やり押さえ込まれる。
吸血鬼にとって牙は急所に近い。
そこを掴まれる感覚に、ノスフェラトゥの身体がびくりと跳ねた。
「や、め……ッ」
「だめ」
スペクターは冷たく言う。
そのまま、ぐ、と牙を押さえつけた。
鈍い痛み。
同時に、
背骨を走る奇妙な痺れ。
ノスフェラトゥの喉から苦しそうな息が漏れる。
「ん、ぁ……ッ」
耳が完全に伏せ切る。
悔しい。
怖い。
なのに。
身体の奥が震えてしまう。
スペクターはそれを見下ろしながら、静かに囁いた。
「飢えたからって噛みつくなんて」
「躾が足りなかったね」
次の瞬間。
床へ押し倒される。
スペクターが上に跨る。
ノスフェラトゥの手首は簡単に拘束された。
「……ッ、離せ……!」
「暴れるなら、もっと苦しくなるよ」
スペクターは片手で両手首を押さえ込んだまま、もう片方の手で首輪を掴む。
カチ、と金具が鳴る。
その音だけで、
ノスフェラトゥの身体が反応した。
「ほら」
「もう覚えてる」
「……ちが、う……」
「違わない」
スペクターはゆっくり首輪を引く。
呼吸が詰まる程度。
絶妙な力加減。
ノスフェラトゥは耐えきれず喉を震わせた。
「っ、ぁ……」
視界が滲む。
吸血衝動と、
支配される感覚が混ざる。
スペクターはそんな彼を見下ろし、静かに微笑んだ。
「罰をあげる」
「私が許可するまで、吸血禁止」
その言葉に。
ノスフェラトゥの瞳が大きく揺れた。
「……ッ!」
本能が恐怖する。
飢えたまま放置される。
それがどれだけ辛いか、もう身体が知っていた。
スペクターはその反応に満足そうに目を細める。
「許可なしで噛んだら、どうなるか覚えようね」
指先が、牙を優しく撫でる。
さっきまで痛いほど掴んでいた場所を。
その落差が余計に恐ろしい。
ノスフェラトゥは唇を噛んだ。
悔しくて、
惨めで、
怖い。
なのに。
身体はスペクターへ縋るみたいに震えてしまっていた。