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ああ、ほら。心にずっとあったわだかまりを、知らないフリするから。
そんな夢見がちなことしたから。 心の中で自分に言い聞かせるようにして、真衣香はここに至るまでの自分を振り返っていた。
「あ、マジで? そっか、どうだった? 言ったことあったっけ?」
あっけらかんと、まるで、悪びた様子もみせず坪井は聞く。
答えなど、知っているくせに。
「……うん、言われたこと、なかった、よね」
「だね、そーゆうこと」
――痛かった。
心臓が、握り潰されてしまうのではないかと思った。
坪井が発する言葉は、鋭利な刃物のように真衣香の心を斬りつけ、重い鉛のように抑え付ける。
「あ、はは、は……、ごめんね、ごめんなさい坪井くん」
”そーゆうこと”と、短くまとめられた。要は全て真衣香の勘違いだったということ。
「立花?」
「あれ、冗談だったのに私……すぐに返事しちゃったから」
笑顔を、作っているつもりだった。
どうしてかって? よくわからないけれど、さっきから笑い声が止まってくれないからだ。
……それなのに。
「じょ、冗談、言わないで、坪井くん……って、あの日、そう返事したら正解だったのかなぁ?」
そう言うと真衣香の声は震え出し、瞬きと一緒に涙が溢れて、零れ落ちた。
すぐ目の前にいた坪井の手にも、その水滴は落ちただろうか。
わからないが、俯く真衣香の目には確かにその手がビクリと小さく揺れて、反応した様子が映った。
ここまで人を蹴落としておいて、震える手の意味がわからない。
怒りと同時に、あの日の坪井の笑顔が真衣香の頭の中を駆け巡る。
坪井にとっての正解を返すことはできなかったのかもしれないけれど。 幸せだった、あの瞬間。
嬉しかった、優しかった。 あの日から確かに真衣香の世界はキラキラと輝きを増した。
「勘違いして、舞い上がって……こうして家にまで上がり込んで、嫌なっ、思いたくさんさせてきたのかな? ご、ごめ……」
なぜ謝ってしまうのかと、もっと怒りをぶつけられないものかと情けなく思うけれど。
(でも……)
怒りよりも大きく、とても大きく。
世界を彩ってくれた、目の前の大好きな人の心を想う。
無理を、させてたのかな。
同じ会社だったから、無下にもできないで。
冗談も通じなかった馬鹿な女に、うんざりしていたのかな。
そうして考えても考えても、ただ涙が溢れて、何も見えなくなっていく。
「……っう、や、やだ。止まんな、い。どうしよ、やだ、ごめ……」
しゃくりをあげて本格的に泣き出してしまった自分をコントロールできず、焦る真衣香に坪井が「立花」と呼びかけながら手を伸ばす。
(呼ばないで、呼ばないでよ)
その声の方を、見てしまいそうになる。見てしまったらもっと涙が溢れる。
嘘だよって、言って。笑ってくれないかなと願ってしまうではないか。
そんなのは嫌で、声を振り絞る。
「ごめん、なさい。 私帰る……」
肩に触れた坪井の手を、払いのけた。
これ以上惨めになりたくない。
恥ずかしい女でいたくない。
せめて、自分から立ち去りたい。
よろよろと、立ち上がり玄関に向かう真衣香。
なけなしのプライドが身体を動かしてくれる。
「待って、立花。ごめん、駅まで送るから、まだ終電……」
「いい、ひとりで帰れる」
手首を掴もうとでもしたのか。肌に坪井の指先が当たった。
「……ごめん、でもこんな時間だし危ないから」
何が〝ごめん〟なのだろう。触らないでほしいと、心がその感触を拒絶した。
「ひとりになりたいの……!どうして心配するような言い方ができるの!?」