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#シリアス
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「……はぁ、はぁ……っ」
昨夜の「昇格試験」の熱気が冷めやらぬまま、私は知恵熱を出して寝込んでしまった。
慣れない帝都での緊張と
伊織様から注がれるあまりに強すぎる熱情に、身体が追いつかなかったのかもしれない。
「……紬、しっかりしろ。水を持ってこい。氷が足りない、もっとだ」
ぼんやりとした視界の中で、伊織様が叫んでいるのが聞こえる。
使用人の方々に任せればいいものを、彼は上着を脱ぎ捨て、自ら濡れタオルを私の額に当ててくれた。
「……伊織、様……お仕事は……」
「そんなもの、どうでもいい。君がこんなに熱を出して……俺のせいだ。俺が無理をさせたから……」
伊織様の顔を覗くと、帝都随一の美男子の名が泣くほど
眉間に皺を寄せ、ひどく狼狽した顔をしていた。
かつて「愛は遊戯」と笑っていた余裕はどこへやら
今の彼は、宝物を壊してしまった子供のように今にも泣き出しそうだ。
「……凄いです、伊織様」
「……っ、こんな時まで……! 何が凄いんだ、俺は君を病人にさせたダメな男だぞ」
「……だって、こんなに……手が震えていらっしゃる。……私のために、なりふり構わず、必死になってくださって…そんなに、私のことを……想ってくださっているのですね……」
私は力なく笑い、彼の大きな手に自分の手を重ねた。
「……伊織様の素直じゃないところ…好きです……優しくて…」
「……っ!!」
伊織様は、言葉を失って絶句した。
いつもなら「尊敬なんて言葉を使うな」と怒るはずの彼が
今はただ、溢れそうな涙を堪えるように視線を彷徨わせている。
「……紬。……君は、本当に……」
伊織様は私の手を握りしめ、そのまま自分の頬を押し当てた。
「……俺はただ、君がいない世界が怖くてたまらないだけだ。君に何かあったら……」
その時、私の胸の奥が、熱とは違う疼きで満たされた。
ああ、そうか。
私はこの方の「立派なところ」を尊敬していたけれど
それ以上に……この「弱さ」を、この「余裕のなさ」を、愛おしいと感じている。
(……これが、恋……?)
初めて、私は自分の感情に名前をつけた。
「尊敬」という高い壁の向こう側にあった
もっと熱くて、もっと自分勝手な、彼を独り占めしたいという想い。
「……伊織様。……私……」
「喋るな。今は休め。……ずっと、ここにいるから」
伊織様は、私の額にそっと、誓いを立てるような優しい口づけを落とした。
その耳が、看病の疲れも忘れて真っ赤に染まっているのを見ながら、私は心地よい眠りへと誘われていった。
目が覚めたら、今度は「尊敬」ではない言葉を伝えてもいいだろうか。
少しだけ勇気を出して、彼の余裕を
もっと奪ってしまいたいと思ってしまったのだ。