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つきみ
62
#rutt
ガンガンと痛む頭に眉をしかめる。窓の外から聞こえる鳥の声が頭蓋骨を揺らすように響いて、ますます眉間のシワが深くなっていった。
「あ~~~……」
意味もなく喉を開けば出てきたのはガッサガサの声。もうお分かりかと思うが、二日酔いである。完全に飲み過ぎた。
昨日はOriensの皆で僕の家に集まって、唐揚げをオトモに飲んだんだった。久しぶりのオフだったから、楽しくてペースを考えずに飲んだらこのザマだ。今日が大学もヒーロー活動もない日だったから良かったものの、反省しなければならない。
ガランとした部屋は片付いていて、途中で帰ったと記憶しているマナとリトがやってくれたのかな、と考えた。酒も飲んでいないのにモテたい!と叫んでいたマナだが、こういうところはスパダリだと思う。本人には絶対に言わないけど。
リトはキリンちゃんと筋肉がいるので恋人とかは興味ないと思う。無論いいやつではあるし、女性スタッフさんからは密かにモテていたりするいいやつだ。
昨日のことと失礼なことを思い出して、少し口角があがる。うん、起き上がれそう。
頭痛が少しは和らいだ感じがしたので、腕に力をこめて上体を起こそうとした。
その手が何かに触れた。
瞬間、すっっっごい嫌な予感がして、視線を天井に固定したまま思考を巡らせる。
僕は昨日のことを途中から覚えていない。なんなら寝転がった記憶すらない。隣に人の気配。思い出されるのは帰ったか分からない一人の同期の存在。
ヒュッ、と喉が変に息を吸い込む。隣から聞こえた寝息と「ん…」という聞き覚えのある低い声に冷や汗が流れる。そんな、そんなまさか。いやいやいや。確かに僕も大学生なんていう欲にまみれたお年頃ではあるが、そんなまさか。
おそるおそる、ゆっくりと起き上がって隣をギギギと首を回し見た。目に映るは整った顔をしている男。普段はよく分からないがこうしてみれば長い睫毛をしている。あ、髪さらさら。
いや違くて、伝えたいのは同期の顔の良さではなく、そこを考えられる頭の余裕ができたというところ。そう、テツはきちんと服を着ていたし、すごいド健全な姿勢だった。流石に酔っぱらいが風呂に入れる訳もないので全くもってセーフです。まったく、早とちりなんだから僕は!焦った~~~!!!
むに、とテツの頬をつつけば「ん゛~」という唸り声と共に目がピクッと動いた。
「テツ起きて~子供じゃねんだから」
きっとテツも二日酔いだろうと考え、控えめに声を出す。すると、「う゛」という死にかけみたいな声を出してからゆっくりとテツの目が開いた。
紫色の虹彩がうっすらと顔を出す。その瞳が何度か瞬きで隠され、ようやく僕を認識したように動いた。
「……うぇんくん」
「そうだよ~おはよ~起きろ~」
「え?うん、うん…」
目を擦り、あくびと伸びをしてから僕の手を引いてテツも起き上がった。
まだ状況が理解できていないようで、テツはキョロキョロと周りを見渡している。
それを不覚にも可愛いと思ってしまったので、中々酒というものは恐ろしいらしい。
「……あれ、ここウェンくんのいえ?」
ようやく脳が動き出したようで、先程よりもしっかりとした声で聞かれる。
コップに注いだ水を渡しながら、ベッドの縁へ腰かけた。
「僕の家だけど~?今の今までガッツリ寝てたじゃん僕ら」
「う~ん?でも僕、靴を履いた記憶が…」
そこまで言って、テツはピシリと固まった。コップを持った手が中途半端に止まっている。
「え、なにどうしたの」
問いかけても返事はなく、それこそ石になったみたいに動かない。もしかしてと思い、吐きそう?と聞けばゆるゆると首をふられた。小さく口を開いて、普段より掠れた声をだす。
「……吐き気とかは、大丈夫、です。けどあの、えっと」
何でだか急にしどろもどろになって、話の続きが読めなくなった。水を口に含みつつ、テツの言葉をまつ。少し経ってやっと覚悟できたみたいに顔をあげた。
「お、覚えてる?その、昨日のこと」
向けられた瞳は潤んでいて、なんだか真剣そうな態度に答えられるよう必死に頭をまわす。昨日?昨日?なんかあったっけ…
「えごめん。なんも覚えてない」
ダメでした。何一つ思い出せなかった。酔っぱらいに記憶の保持の有無を聞くのは酷ではないでしょうか。
それでもなんとか思い出そうと、リトが筋肉のうた歌いだしたこと?なんて聞いてみる。するとテツは笑ってもう大丈夫、あれは面白かったよねと言った。
その顔が酷く安堵したような少しだけ不服そうな表情に見えてなにも言えず口をつぐんだ。
「じゃあ、僕帰るね。泊まっちゃってごめん、唐揚げごちそうさまでした!!!」
その空気に耐えられなくなったようにテツが捲し立てた。あっ、と思う頃には荷物を小さいバッグに詰めてすごい勢いで玄関まで進んでいた。しかし、靴を履きかけたところで不自然にその体が止まる。やっと勢いに脳が追い付いて声をかけた。
「テツ!またね!」
ベッドから立ち上がることももできないままに 、かけた言葉に小さく「またね」と聞こえた。ゆっくりと丁寧に閉められるドアの音と、遠くなる足音が昨日の夜と比べてずいぶんと寂しくなった部屋に響く。
「……なんだったんだろ」
未だ状況を理解できていない僕の声だけが残されていた。
そんな朝から、テツが妙によそよそしくなった。目が合えばバッと離され、話すときは間にリトかマナか机を挟んでくる。
マナに「なんや喧嘩してもうたん?」と保護者みたいな声色で聞かれたが全くもって心当たりがなかった。「はやく仲直りしろよな」とリトに言われたが心当たりがないのならそれもできない。
「なんか、懐いてた猫に関係リセットされた気分~」
呟いてみたそれが思ったよりも今の気持ちにピッタリでちょっぴり悲しくなる。
テツも自分の態度を自覚しているようで、申し訳なさそうにしていた。頑張ってテツから近付こうとして、また無意識に一歩下がっていく。そんなテツを見て僕も上手く笑えなくなる、正直まじで気まずい。
やはり原因と思われるのは飲んだくれたあの日のことで、きっと僕が何かしてしまったんだと思う。羽目を外しすぎたことに対する深い後悔。神様、僕は友達を失うくらいなら二度と酒なんて飲みません。
そう胸に誓いをたてて、コンビニの冷蔵庫を開ける。ハイボール用に炭酸水を手にとってレジへ向かった。酒は酒でもやけ酒である。
「お会計160円です。」
確か小銭が貯まっていたはず、と思い財布の口をあける。しかし百円玉を探し当てたところで、ふと思った。そういえば、今家におつまみがない。最近は料理する気になれなくて、買ってきたものだけの少々不健康な生活を送っていた。
そこで目に入るは陳列された唐揚げ。すみません、と一言言って会計は五百円玉で支払った。
家に帰り、慣れた手つきでハイボールを作る。取り敢えずジョッキいっぱいに注いで、机へ運ぶ最中に一口飲んだ。
唐揚げ、ハイボール。
こんなに素敵な光景なのにどうしても気分が上がらない。騒がしい彼らと遊んだあの日が遠い昔のようだ。
ぐすん、と涙を滲ませながら乾いた喉にハイボールを流し込む。
その時、ふとあの日のことを唐突に思い出した。忘れていた記憶の続きが映画のスクリーンみたいに脳内に映し出される。
マナがモテたいしか言わない機械みたいになって、唐突にモテるためのファッションショーが始まって、リトがキリンちゃんを寝かせるための子守唄に筋肉のうた(作詞作曲宇佐美リト)を歌って、それにテツと笑って…
マナとリトが帰ってから、二人でもう少しだけ飲んで、いい時間だからテツも帰るって言い出して……
玄関で靴を履くテツの腕を僕が引いた。
思い出す。強引に顔をあげさせて、驚いた表情をしたテツの小さい唇へ___。
「っうわあああああ!!!!!」
待って、待って待って待って待って!!した!してたじゃん!何がセーフだくそやろう!!!!
ずるずると力が抜けて、机に頭を押し付けた。脳裏に鮮明に蘇る、玄関の冷たい空気。テツの少し震えていた指先。
酒の味がした舌を絡めた口づけ。
「あ、あぁ……」
思い出した。そのあとテツをベッドまで引きずって、押し倒して…何もしないで寝たんだった。
「最低すぎる…」
あまりに最悪最低な行動。テツが優しかったから僕はまだ檻の外にいるだけで、とんでもないド畜生である。
テツは覚えていたんだ。あの朝から、今までずっと。それでいて、僕に何も言わないでくれた。
あのとき聞いてきた「覚えてる?」という言葉は僕を試したんじゃなくて、僕が忘れていることに賭けて一人で抱え込もうとしたんだろう。僕が覚えていないと答えた時の、テツの顔が脳裏に浮かぶ。
「バカじゃないの…」
情けなく眉を下げて、安堵したように笑っていたテツは何を思っていたんだろうか。
あんな顔をさせておいて、「ごめん、やっぱり思い出しました」なんてどの面さげて言えばいいんだ。
うああ、と声にならない声をあげる。
頭の中では重ねた時の少しかさついた唇の感触や、ぐちゅと厭らしい音をたてて何度も繰り返したキスの感覚が残っている。
テツが飲んでいたお酒の甘酸っぱい味が蘇って、ごくりと唾を飲み込んだ。
あれから、僕も考えた。
同僚として、仲間として、友達として。
関係を壊さないためには、せっかくテツが隠してくれたように僕も忘れたフリを続ければいいのだと思う。何事もなかったかのように振る舞って、少しずつ距離を戻していけばいい。全部なかったことにしてしまえば、僕はまだテツと友達でいられる。
それが賢い選択なのだと頭では分かっていた。 それでも、あのテツの顔を思い出してしまえば、隠し通すなんていう選択肢は消える。僕のせいでテツを困らせたのだから、テツの優しさに甘えてばかりではもう二度と目を合わせられないだろうと本能が告げていた。
息を整えて、喫煙所にいるであろうテツのところへ足を進めた。
曲がり角を曲がれば、予想通りテツはそこにいた。「テツ」と声をかければ、火をつけかけた煙草をしまって、こちらへ駆けてくる。
「吸ってからでも良かったのに」
「いやいや、流石にね…」
テツがブンブンと手をふって返す、相変わらず動きが大きいなと思った。けれど、やっぱり空いている隙間の距離に視線が落ちる。
「テツ」
もう一度呼べば、紫色の虹彩がしっかりとこちらを向いた。久しぶりに合った瞳に本音が届くよう、僕も目をそらさず続ける。
「ごめん、全部思い出したよ」
そう伝えれば、テツの動きは凍りついたように固まった。手に持ったままだった煙草の箱がカサッと音をたてる。
「……え~何を?リトくんの筋肉のうたの話?それならもういいって」
固まったのを誤魔化すように、ニコッと笑ってふさげたように話題を反らそうとした。一瞬、またテツの優しさに甘えそうになった自分の逃げ道を塞ぐように言い直す。
「違くて……玄関でしたやつ。全部、思い出したよ。」
テツの顔から血の気が引いて真っ青になったかと思えば、今度は首まで見るからに真っ赤に染まっていった。
「…覚えてないって、いってたじゃん」
「本当にごめん、思い出すのが遅くなって」
「あんなの、酔った勢いだし」
「でも、テツのこと傷つけたよ」
本当にごめん、と頭を下げると上から焦った声とわたわたと大袈裟に動く気配がした。
「あのっ、ウェンくん!マジで頭あげて!」
これ以上は逆に迷惑かと思い、顔をあげる。真っ赤な顔と涙が溢れそうな顔のテツが眉を八の字にして目を泳がせていた。
「……僕は、その…本当に怒ってないし、なんなら変に意識しちゃってマナ君たちにも迷惑かけちゃったから僕も悪かったと思う。抵抗しなかったのも僕だし、本当にウェンくんは悪くないから…」
喋る隙を与えないように話す。そして、最後だと伝えるように少し息を吸ってから、テツはいう。
「だから、もう二人で忘れちゃおう。酒の過ち、笑い話ってことで」
あの朝と同じように下手くそに笑う。それに心臓が引き潰されるような思いになって、思わず前へ出た。テツの手を自分の手で覆う。
「それは、いやだ」
口から出たのは自分勝手な子供みたいな主張だった。
「テツだけ嫌な思いして、忘れたから終わりなんてやだよ」
視界が歪む。あ~、一番傷付いてるのはテツなのに、本当に自分勝手だ。情けない顔を見られたくなくて、どんどんと視線が下へ落ちていく。ほら、きっとテツも困ってる。この空気をどうにかしなくちゃいけないのに。結局、僕は何がしたかったんだろ
自己嫌悪で重くなる息を吐き出すように、もう一度ごめんと謝れば、テツの手がピクリと動いた。
「顔、あげて」
そう言われて顔をあげる。テツは泣き笑いのような酷く複雑な表情で僕を見つめていた。重ねられた僕の手を壊れ物を扱うように優しく、それでもしっかりと握り返す。
「……ウェンくんがそう言ってくれるなら、分かった。もう忘れようとは言わない。」
テツは半歩前に出て、僕との距離を縮めた。
「その代わり。…なら絶対忘れないでね。玄関でのことも、僕がこんなになってることも」
そう言って僕を覗きこむテツの瞳は吸い込まれそうなほどに深い紫で。
そこには、今まで見たことのない色の熱くてひどく切実ななにかが宿っていた。
心臓が、変な音をたてて跳ねた。
酒のせいでもなんでもない。もっと体の奥のほうからぶち破ってくるような、経験したことのない衝撃。
「……わ、かった。忘れない。絶対。」
なんとかそう返したけれど、握られた手から伝わってくるテツの体温が、やけに意識の邪魔をする。あれ?何で僕こんなに緊張してるの?もう、話は終わりのはずなのに。
僕の返事を聞くと、手をパッと離された。いつもの明るいトーンでテツがいう。
「よし!じゃあこの話おしまい!仲直りってことで! 」
今度ご飯でも奢ってよね!といいながら、足早に去っていく。
去り際にチラリと見えた照れを隠すような赤い耳と、してやったりとでも言うような表情がやけに脳裏にこびりついて離れなかった。
「今度はウェンが避けるんかいな!!!」
マナの呆れたような絶叫が拠点に響く。仲直りおめでとう、とリトと一緒にからかってきたのは、ついさっきの事であるのに。
まあ、そんな絶叫に不服を感じながらも僕は「いやぁ…ね~」と曖昧な返事を返すことしか出来ないでいた。
だって、テツと会うたび玄関のときよりも衝撃をかっさらった言葉を思い出すのだ。声がでなくなって、ぶわっと体温があがる感覚に困惑して中々近付けないでいる。
忘れない、とは言ったがこんなに四六時中思い出すなんて想定外。だってなんかキラキラしてるし、可愛いし、優しすぎるのは困ったところだけど…。
「まあまあ、マナも勘弁してやれって」
リトがマナの肩に手を置いた。そんな態度に噛みつけないほど、頭がぐるぐると回っている。
おかしい、明らかにおかしい。お酒なんて今日は飲んでないのに、テツと目が合うたび目眩がするみたいにクラクラする。
「や~っと自覚しはじめたところなんだからさ」
テツのことで頭がいっぱいで文字通り頭を抱える僕をやれやれ、というように同期が見守っていた。
コメント
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今回の作品もむっちゃ良かったです🥹💕 あらすじの文も含めて全部最高です🫶🏻︎ これからも応援させていただきます💕︎︎
あらすじに読了後推奨のお話があります🙌 タイトル別案「三日後には付き合ってる」 お読みいただきありがとうございました。💞🍀