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「えっ……?なに?」
私の目には何も映らない。
「よく見て見ろ!」
側溝を覗き込むと、私の長い髪の毛が数本絡まっていた。
「あっ……。ごめんなさい」
今朝慌ててシャワーを浴びたから。
見逃してしまった。
「ふざけるなよ!お前、専業主婦だろ!何もすることないだろ!?美和さんがいないと何もできないのか?夫が疲れて帰ってきてるのに、汚い風呂に入れってバカにしてるのか!?」
「ごめんなさい。バカにしているわけじゃ……」
「早く片付けろ!!」
ドンっと思いっきり、突き飛ばされた。
反動で、洗面台のシンクに腰が当たった。
「痛っ……」
顔を歪ませている私に
「早くしろって言ってんだろ!」
手首を掴まれ、強引に引っ張られる。
態勢が悪く、タイルに向かって転倒してしまった。
「いた……い」
これって、DVだよね。
「もういい」
彼はその場からいなくなった。
混乱、動揺、痛さでその場から動けなかった。涙も出ている。
髪の毛、数本落ちてたくらいでここまでやる人っている?
それとも、落ちてたくらいって思っちゃダメなの。
彼の価値観に考え方を合わすことができない。
しばらくすると<ガチャン>と玄関が開く音がした。
また孝介、出て行ったの?
膝を確認すると、うっすら血が滲んでいた。
手の甲も赤くなっている。腰にも痛みを感じた。
もう……。イヤ。こんなところに居たら、いつか殺されちゃう。
立ち上がり、リビングへ戻る。
誰もいない。
玄関に行き、孝介の靴を確認すると、やはり出かけたようだった。
寝不足もあってか、精神的に不安定になっていた。
「助けて……」
携帯で母に電話をかける。
<もしもし?>
元気そうな母の声がした。
「もしもし?お母さん?今、ちょっと良い?」
<大丈夫よ。どうしたの?美月、元気ないわね?>
「も……。無理。孝介と離婚したい」
私がそう伝えると
<えっ?急にどうしたの?ケンカでもした?>
「ケンカ……じゃない。実は……」
私は孝介が浮気をしていること、暴力を受けたことを母に話した。
我慢すれば良いと思っていたけど、家族の今後を考えられず「離婚」という言葉を口にしてしまうほど、私は追い詰められていた。
<ちょっと待っててね……。お父さん、今日ちょうどお休みで今居るから。代わるね?>
お母さん、やっぱり帰ってきなさいとか、そんな人とは離婚しなさいとか、言ってくれないんだ。
お母さんがお父さんに私の話を伝えている声が電話越しに聞こえてきた。
<美月……。申し訳ない……。今すぐ孝介くんと離婚とか……。考え直してほしい。お前が辛いのはよくわかる。お父さんもお母さんもお前が帰ってきても大丈夫なように、準備をしておくから?今すぐは……。本当にすまない。九条さんに何て言われるか……>
お父さんは申し訳ないと言いながらも、離婚してほしくないみたいだった。
そうだよね。
私が離婚したら、お父さんの会社も大変なことになるし。
仕事もなくなっちゃうもんね。
予想していた通りだった。
「わかった」
とだけ伝え、電話を切る。
私、ここに居る意味あるの?
孝介だってとっくに私のことなんて、愛してない。
もしかしたら最初から恋愛感情なんかなかったかもしれない。
これからの夫婦生活なんて一切考えられない。
ずっと私が我慢してれば良いの?
自問自答していても何も変わらないのに。
その時――。
加賀宮さんの顔が浮かんだ。
どうしてだろう。彼の声が聞きたくなった。
携帯の画面をタップし、初めて自分から加賀宮さんに電話をかける。
<プルルルル……。プルルルル……>
呼び出し音が鳴るも、何も返答がない。
仕事中、だよね。
電話を切ろうとした時だった。
<……もしもし?>
彼が電話に出てくれた。
「あの……。ごめんなさい」
<……。美月の方から電話してくるなんて、初めてだな。どうした?>
ただ声が聞きたかったなんて言えない。
内容は全然考えていなかった。
「やっぱりなんでもない……。すみま……」
<なんかあったんだろ?素直に言えよ?」
どうしてわかるの?
その時電話越しに
<社長。お客様から電話です>
亜蘭さんの声が聞こえた。
<わかった……。保留にしておいて>
<……美月、《《後で》》話を聞く。《《待ってて》》?>
「うん」
返事をすると電話が切れた。
忙しそうだったな。
あっ、後でって言われても孝介が居る時は電話できない。
私、加賀宮さんに何を伝えたかったんだろう。
夕方になっても孝介は帰って来なかった。
こっちから連絡するつもりはない。
美和さんが来なかったから、自宅《ここ》に帰って来ることもないんだろうな。
夕食も食べる気にならない。
見たい番組もなかったが気分転換になればと思い、ずっとテレビを見ていた時だった。
携帯電話が鳴っている。
もしかして加賀宮さん?
着信相手を見ると、孝介だった。
「もしもし?」
<もしもし?急だけど、家に客人を連れて行くから。大切なお客さんだから、粗相のないように。良い妻を演じろよ。愛想は良くしろ?俺の進退がかかってるんだからな>
「どういうこと?今日、休みじゃなかったの?」
<休みだったよ。だけど、父さんから呼び出されて……。お前に説明してもわからないよ。とにかくこれから帰るから>
孝介は慌てているようだった。
部屋は綺麗だし、お茶の準備とかしておけばいいよね。
あっ、お酒の方が良いか。もう二十時近くだし……。
おつまみとか何もないけど、良いのかな。
買い物に行きたいけど、孝介からお金もらってないし……。
再度確認しようと、電話をするも出なかった。
念のため、LIEEを送っておこう。
文章を打って送信する。
けれど、返事が来ることはなかった。
キッチンや冷蔵庫を見て、何か作れるものがあるか考えている時だった。
<ガチャン>
玄関の扉が開く音がした。
孝介が誰かと話している。出迎えなきゃ。
「お疲れ様です。お帰りなさい」
深く一礼をする。
「ただいま。急遽、ここで仕事の話をすることになって。あっ、どうぞ。汚いところですが、上がってください」
孝介が「ただいま」だなんて。いつもなら絶対言わないのに。
余所行き用の声と態度に、お客様がお偉いさんだと言うことを理解する。
私は頭を上げ
「こんばんは。初めまして。妻の美月です。どうぞ――」
どうぞお上がり下さいと声をかけようとしたが――。
「こんばんは。《《初めまして》》。《《加賀宮》》と申します。急にすみません」
その声と顔に驚きを隠せなかった。
「加賀宮さん……?」
えええええっ!?
どうして加賀宮さんがここに居るの!?