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「そうだよ。食事中にとろーんとなって、眠たそうだったから用意していたパジャマに着替えてもらって、お風呂の準備していたら、先生がそのままベッドで寝ちゃったんだ」
ひぃぃ。新婚初夜にまさかの寝落ち!
色気もなく最悪ですね。ごめんなさい、家事(洗い物や片づけ類)も放棄して妻失格です(泣)
働いていないから、昨日の分はお給料には入らないですよね……。
「昨日は先生のかわいい寝顔を見ながら一緒に眠れてサイコーだったよ」
「言わないでッ」
いたたまれなくなる。
「先生。もう僕たちは夫婦になったんだから、そんなに恥ずかしがらなくてもいいよ。これからはプライベートを見せ合う仲になったんだからさ」
「でも……私はできれば別居希望よ。偽装婚なんだし、睦月君の将来を縛りたくないの。恋愛も自由にしてもらって構わないから」
「僕はほかの女性と恋愛する気はないよ。いつまでも愛妻家で通したいし、浮気なんてしたらイメージダウンに繋がるからね」
「でも……」
「でもじゃない。先生は僕をふしだらな男にしたいわけ?」
じろっと睨まれた。うう……そういうつもりじゃないんだけど……。
「違うわ。そうじゃない。でも……」
「先生、僕のことは心配しなくていいから。もう朝ごはんにしよう?」
「そうね。ごめんなさい。なにか用意するわ」
「いいよ、先生。いつも朝仕込みがあったり、いろいろ大変でしょう。眠ってて。起こしにくるから」
「だめよちゃんと働かなきゃ! あなたの身の回りのお世話をするパート契約したんだもの。2000万円ぶん、きっちり働くから。朝食、なにがいい?」
「ふふ。ありがとう」睦月君が嬉しそうに笑った。「じゃあ、いちごジャムのトーストとハムステーキをお願い。材料は買ってあるから」
小学生のとき、お腹を空かせていた睦月君にしょっちゅう食べさせていた朝食じゃない。こんなタワマンで食べる食事じゃない……。
しかしリクエストをもらった手前、作らないわけにはいかない。あと、睦月君がよく食べていたチーズオムレツを作ろう。小学生のわりに、明太子を少し入れた大人の味付けが好きだったのよね。
準備の前にまずは着替えだ。昨日着ていた服はシワひとつないくらい美しくクリーニングされていた。きっと睦月君がやってくれたのね。初日から迷惑かけちゃうなんて……。もうお酒は飲まないようにしよう。
お洒落なタワーマンションのアイランドキッチンに、なんとも言えぬ庶民の手料理が並んだ。開放的でゆったりとした設計のダイニングは、手狭な家とは大違いだ。それにしても立派になったのね、睦月君。私なんかと偽装結婚しなきゃいけないくらいモテるのも、うなずける。
顔もよくてスタイルもよくて、投資会社のCEO。目標もあってお金持ちで、ハイスペックな人だからこそ、女性は放っておかないわよね。
そんな彼に私の庶民手料理を食べさせてもいいのかな……。
「おいしそうな匂いだ。嬉しい」
着替えを済ませた睦月君が現れた。パリッとした白いシャツに斜めストライプのネクタイ。若いイケメンのスーツ姿まぶしいッ! いつもお店ではくたびれたおじさんしか見ていないから、ドキドキしちゃうなぁ。
「もうできた?」
「ええ。食べましょうか」
「あっ! プレーンオムレツがある!!」
睦月君の顔が輝いた。しっかり者に見えてもまだ子供だなぁ。かわいい笑顔に癒される。
「睦月君は昔と変わらないね」
「どこが。先生よりも背が高くなったし、先生にプロポーズして結婚までできたのに! 子ども扱いしないで!!」
ぷっとふくれる睦月君は、幼い頃によく知っている彼そのものだ。とにかく子ども扱いを嫌がった。「早く大人になりたい」と、呪文のように呟いていたんだったと思いだす。
「早く食べたいなぁ」
待ちきれない子供のような顔で嬉しそうに微笑む睦月君。
イケメンだからドキっとしてしまう。子供みたいなのに、もう子供じゃなくなったのだと思い直す。こんな調子で私、大丈夫なのかな。
「ね、先生。食べよう」
「そうね」
揃って席に着いた。彼が用意してくれた珈琲が鼻孔をくすぐる。いい香りだ。
「先生とまた一緒に朝ごはん食べられるなんてね」
「そんな風に思ってくれて嬉しいよ」
「ずっと、今日という日を待ち望んでいたんだ」
「大げさだよ……」
真剣に見つめられて、私は恥ずかしくなった。子ども扱いしたから全力で大人感出してきている気がする。
「大げさなことはないよ。ほんとうのことだから。それよりせっかくのトーストが冷めちゃう。さ、食べよう。いただきまーす」
言うが早いか、睦月君はトーストにジャムを塗り、まずはそれを一口かじる。サクッと小気味よい音がキッチンに響き、続けていちごジャムの甘い香りが漂った。しかも高級ないちごジャムではなく、マルヨーさんで売っている特売の大ビンジャム。
「うん、やっぱり先生が作ると特別においしいや」
彼が柔らかく笑う。その笑顔は昔と変わらない…けれど、どこか違う。幼い頃の愛嬌に、大人の余裕が混ざり合ったような、そんな感じだ。
「こんなの、ただのトーストよ。しかもマルヨーさんのジャム使っているから、味はジャム味だし……」
私は照れ隠しにそう答えたけれど、心臓がドキドキしているのが自分でもわかる。睦月君の様子がおかしいのが原因だ。
この子はいつからこんなに人を惑わすような笑顔をするようになったのだろう。8年も経てば変わるとはいえ、こんな急に再会して……しかもその当日に入籍しちゃうとか、いったいどうなっているの?
偽装婚とはいえ、睦月君が解放された時にバツが付くのが申しわけなく思える。やっぱりいくら借金のためとはいえ、彼の美しい経歴に傷をつけてしまったことには変わりない。
だからせめて豪華な食事でも作りたいのに。
なぜいちごジャムトースト? セレブに似つかわしくないよ。
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