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ステラは本日、リシャール殿下からの呼び出しで王宮へ上がっていたらしい。きっと殿下とバージル様の間で予め打ち合わせされていたのだろう。捜査に関わる話を公爵邸でするにあたり、ステラが在宅していては都合が悪い。彼女が当日に外出するよう仕組まれていたのだ。
「ずいぶん早かったな。予定では帰宅は昼過ぎになると聞いていたが……」
「なんだか急に胸騒ぎが致しまして……殿下には謝罪をして早めに帰らせて頂いたのです」
バージル様が小さく舌打ちをしている。ステラの帰宅が想定していたよりも早まってしまい、予定が狂ってしまったのだろう。一応私が捜査でやるべき事は説明済みなので良かったけど、バージル様のこの様子……まだ話の続きがあったのかもしれない。
「それはそうと……どうしたの、リナ。今日うちに来るなんて聞いてなかったのに」
「えーと……ごめんね。色々あって連絡しそびれちゃったの」
捜査に関することは他言無用。いくらリナが気の置けない友人でも、殿下との約束を破るわけにはいかなかった。
「リナを呼び出したのは俺だからな。彼女は俺に用があってうちに来たんだ。よって、お前にわざわざ知らせる必要はない」
「バージル様、そんな風に言わなくても……」
極秘の捜査とはいえ、もう少しこう……穏便な対応をしてはくれないだろうか。ステラを巻き込まないようにするためだと分かってはいる。しかし、彼女は怒りの沸点があまり高くはない。こんなことで兄妹喧嘩が勃発してしまっては困るのだ。
「えっ!? そうなの!!」
バージル様の素気無い物言いにステラが気分を害するのではと心配したけど、意外にも彼女は気にした風でもなく……なんならどことなく嬉しそうに見えた。
「ふたり共いつの間に……そっか、そっか」
よく分からないが、ステラが妙な勘違いをしているのは伝わってくる。バージル様も誤魔化しが不得手そうなので、ここは私が上手く場を収めるしかなさそうだ。
「あのね……ステラ。実は、私とマルクの諍いにバージル様を巻き込んでしまったの。それで、今後の対策と謝罪をするためにお邪魔したんだよ」
実際にマルクと揉めたし、バージル様にも迷惑をかけてしまった。公爵邸に来た本来の目的は違うけど、間違った事を言っているわけじゃない。こういう時に下手に嘘を吐くのは悪手である。ステラは鋭いから簡単に見破られてしまうだろう。
「えっ……あのクズ野郎、またリナになんかしたの?」
楽しそうだったステラの表情が一気に歪んだ。私の訪問理由を変に勘繰られる心配は無くなったけど……その代わり、マルクとのいざこざを深く追求されるハメになってしまったのである。
「はぁ……その場に自分がいなかったのが心底悔やまれるわ。いたら一発殴ってやったのに」
バージル様に続いてステラにもマルクとの一件を説明した。案の定、彼女は我が事のように怒りを露わにした。もし、あの時彼女が居合わせていたとしたら……マルクは顔面に強烈な一発をお見舞いされていたかもしれない。
「お兄様、本当に私たちにできる事はないのですか? このままではあまりにもリナが不憫です」
一通り怒りを発散させた後、ステラは酷く悔しそうに肩を落とした。私のために怒ってくれて、更に現状を変えられないかと頭を悩ませている。本当にこれまで何度思ったか知れない……彼女のような友人を持てて、私は幸せだ。厳しい顔をしているステラとは対照的に、私の表情は弛んでしまう。当事者である自分が呑気過ぎると怒られてしまいそうだ。
「このままでいいとは俺も思っていない。前にも言ったが物事には順序がある。今はまだ我々が口出しできる段階に至っていない。腹は立つし、悔しいだろうがもうしばらく我慢していてくれ」
バージル様はステラを宥めると、私の方へ目線を向けた。『しばらく待て』か……どうやら彼はマルクとアニータに関することで、私やステラの知らない情報を握っているようだ。しかし、それを私たちに伝えるには時期尚早だと……
一体どのような情報だろうか。捜査に支障が出るとも言っていたので、それが明らかになるのはもうしばらく後になりそうである。マルクとアニータが付き合ってるとかなら、私に遠慮はいらないからさっさと言ってくれてもいいのに。
「……分かりました。リナのためならなんでも協力するから、私に出来ることがあったら言って下さいね」
「ああ、分かった」
「……ステラ。それに、バージル様もありがとうございます」
ふたりの気遣いには心から感謝するが、もうマルクとの関係修繕は不可能ではないかと思う。ずいぶんと前から名ばかりの婚約者ではあったけど、私がここまではっきりと奴に反発したのは初めてのこと。もしかしたら婚約が破棄になるかもしれない。それは個人的には大歓迎だけど、やはり家門に与える影響などを考えると、両手を挙げて喜ぶことは出来なかった。
マルクと完全に対立してしまったとお父様に報告しないといけないな……
この後家に帰ってからのことを考えると、私は頭が痛くなってきてしまうのだった。