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バージル様のことは常々凄い方だと思ってはいたが、まさか予知能力なんて超常的な力まで持ち合わせていたというのだろうか——————
ジョゼット公爵家を後にし、私は自宅へと帰ってきた。そこで私を待ち受けていた展開……もし、バージル様にあらかじめ話を聞いていなかったら、頭の中がパニックになっていたに違いない。
「リナリア、久しぶりだね。君の帰りを待っていたんだよ」
「外出中でいつ戻ってくるか分からないと伝えたのだが、どうしてもお前と直接話をしたいと仰るのでな。すまない……」
「お父様……それに、レシュー伯爵も……」
帰宅した途端、執事のブレントから応接室へ行くように促されたので、まさかとは思ったけど……
レシュー家の当主『ネイサン・レシュー』がそこにいたのだった。ブレントが言うには、なんと私が公爵邸へ向かってからそう時間も経たないうちに訪問されたという。そして、いつ帰るかも分からない私の帰宅をずっと待ち続けていたらしい。お父様はそんな伯爵の対応をして下さっていたそうだ。申し訳なさすぎる……後で謝ろう。
「大丈夫ですよ、お父様。……ご機嫌よう、レシュー伯爵。リナリア・アルメーズがご挨拶申し上げます」
お父様に促され、私も応接室のソファに腰を下ろした。すると、伯爵の隣にいたもうひとりの人物と一瞬だけ目が合った。
「マルク……」
伯爵はともかく、まさかマルクまでいるとは……
伯爵の存在に気を取られて気づくのが遅れたが、マルクも一緒にいたのだ。おおかた伯爵に無理やり連れてこられたのだろう。あの不貞腐れた顔を見れば一目瞭然。まあ、私にあれだけ冷たく追い出されたのだから、こんな短期間で再び顔を合わせるのが気まずいのは仕方ない。
うっかり溜息を溢しそうになってしまう。ウザい事この上ない。しかし、私はすでにマルクには何の期待もしていない。いてもいなくてもどうでもいいか。問題は伯爵である。
「私にお話しがあるとの事ですが……」
マルクを引き連れてこのタイミングでする話……内容ななど分かりきっているくせに、あえて質問する自分を白々しいと思わなくもない。それでも相手がどのようなスタンスで私に接しようとしているのか確認しなくてはならなかった。本当にバージル様の言った通りなのかどうか……
「リナリア、君は誤解をしているんだ」
「……誤解と仰いますと?」
「息子とアニータの事だよ。勘違いをさせるような行動を取っていた息子に非があるのは当然として……今はこうやって反省しているし、水に流してやってはくれないだろうか」
伯爵は私とマルクが衝突したとの知らせを受け、慌てて弁明をしにきたということらしい。一応マルクの方に非があるということは認めているようで、私が彼に対して放った暴言についてのお咎めはなさそうだ。そこに関してはちょっとだけ安心してしまった。しかしである。こいつ……マルクよ。この野郎……反省してるだと? どの辺が?
仏頂面で座っているだけの男のどこをどう見れば反省してるように見えるというのか。伯爵の方も下手に出ているようで、適当に私を宥めてこの場を収めようという魂胆が見え見えである。
結論。バージル様の予想は全て当たっていた。
家同士の関係悪化を危惧していた私に対して、バージル様は今後の展開を予想してアドバイスをしてくれたのだ。
バージル様の見解は、今回の事で私が責められることはまずない。近いうちにレシュー家の方から謝ってくるというもの。マルクと私の婚約が白紙になって困るのはアルメーズ家ではなく、レシュー家なのだと————
そのため、私が多少暴言を吐こうがどうってことない。今朝のマルクにしたように強気な態度でぶつかって行け。バージル様はそう言って笑顔で私を見送ってくれたのだった。
私はバージル様の言葉を半信半疑で聞いていたので本当に驚いた。いくらなんでもこんなに早く、彼の予想が当たるところを目の当たりにするなんて思わなかったから。
こちらを舐めているようなレシュー家の態度はいただけないが、一応謝る姿勢らしきものは感じる。少なくとも私を叱責するような雰囲気は全くないのだ。
ちなみにお父様は今の状態をどのように思っているのだろうか。私の口から説明したかったのに、先に伯爵から経緯を聞かされてしまったようだ。マルク側が被害者に見えるような伝え方をされていたら、私の立場が悪くなってしまうのではないだろうか。不安な気持ちを抱きつつ、お父様の方へ視線を向けた。すると、意外なことにお父様はとても穏やかな顔をしていた。レシュー家との問題など、なんてことないとでもいうように……
「レシュー伯爵。お話しに割り込んで申し訳ないのですが、貴方の仰る娘のしていた『誤解』も含めて、今回の騒動をもう少し具体的に説明して頂けないでしょうか。娘とそちらのご子息の間に認識の齟齬があったからこそ、今回のような衝突が発生したのでしょう。反省したからとそれで終わりにするのではなく、二度と同じことを繰り返さないためにも、何がいけなかったのかを明確にして話し合うべきです」
『そうですよね、マルク殿』と、お父様はマルクへ話を振った。まさかお父様から追及が飛んでくるとは思わず、油断していたのだろう。マルクはしどろもどろしながら『はい』と頷いてしまったのだ。
「リナリア側の話もしっかり聞きたいしね」
説明してくれるかと問われ、私は勢いよく頷いた。どうしたんだ……お父様がすごく頼もしいぞ。この間バージル様と話をしてからなんか覚醒してるんじゃないか。
これはひょっとすると……ひょっとするかもしれない。穏便に婚約解消できるのではという期待が私の中で高まっていく。お父様の提案で流れが変わった。適当な謝罪でなあなあにされるのを防いだのだ。これで伯爵は予定を狂わされた形になる。
お父様の勢いに押され、安易に返事をしたマルクに嘆いているのか……伯爵は目元を片手で覆いながら深い溜息を吐いていた。